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聖女の護衛は魔王です!?  作者: 蓮水 涼
第二章 魔王は転職中です
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一つ目の教会です


 魔王討伐隊とは、勇者・聖女・魔術師・剣士、そして神官からなるのが通例である。

 しかし今回は適応者なしとして、どの国からも神官は出せなかった。もちろん無理やり神官を加えることはできたのだが、そんなことをすれば足手まといになることは必至だ。

 ということで、今回の討伐隊に神官はいない。

 ただ、民がそれを知ることはないだろう。余計な不安は与えるべきではない。だから当初、三国の王たちは、神官に偽装させた者を出発時にだけつけようかと考えていた。

 けれど事態は一変する。嬉しいことに、良い方向に。

 本来なら余計なメンバーを加えない討伐隊だが、聖女がうっかり同行を許してしまった者が現れたのだ。それがアランであることは言うまでもないが、しかし三国の王はこう考えた。

 ――もしかしてこれ、ちょうどいんじゃね?

 そう、つまり。

 増えた要員であるアランを、いっそのこと神官に見立てればいいのでは、と。

 どうやらヴェステル王曰く、彼をメンバーから外すなら世界滅亡を覚悟せよとのことなので、ならば足りない神官として加えれば、一石二鳥ではないかとの結論を出したのだ。

 かくして出発時、アランはいつもの黒い団服の上に神官の白いローブを羽織るという、暑苦しい格好で現れた。


「ぶはっ。え、神官? あんたが? だってあんた、ま――」

「クラウゼ様、そのお口を二度と開かないようにしてほしいですか?」

「すみませんごめんなさい調子乗りました」


 まさに魔王降臨、といった黒い笑みに、ジルがさっと真顔に戻る。

 でもアランの正体を知っているだけに、魔王が神官の格好をするという異様さを笑わずにはいられなかった。

 ちなみに、この国の人間にはすでにアランが聖女の護衛だと認識されているので、ローブについている大きめのフードで顔はすっぽりと隠している。

 

「アラン、大丈夫? 暑くはない?」


 メルヴィナの気遣わしげな瞳がアランを映す。

 空は薄い鉛色の幕を張っているが、気温はまあまあ高い。現にアラン以外の男性陣は、二人とも袖をまくっている。

 そんな中、彼だけは長袖の上に長袖を羽織るという、二重の責め苦を味わっているのだ。袖くらい捲ればいいのにとメルヴィナは思う。


「私は大丈夫ですよ。これもメルヴィナ様と共に在るためと思えば、むしろ喜んで袖を通したほどです」


 出会った頃なら反応に困っていたこういうセリフも、今ではすっかり慣れてしまった。むしろ彼の優しい笑みに、心は勝手に安堵する。

 いつのまにかメルヴィナにとって、アランは特別な存在になっていた。

 だから本音を言えば、アランがついてきてくれることになって、メルヴィナは少しだけほっとしてもいたのだ。

 

「では参りますわよ。皆様、陣の中央にいらしてくださいな」

 

 この中で唯一転移を使えるエレーナが、王宮の庭園に描いた陣の中へと皆をいざなう。

 この魔術は、二人以上の術者が必要だ。転移元と転移先に最低一人ずつはいなければならない。つまり、送り出す者と、それを迎える者が必須となる。

 今回の送り出す者は、言わずもがなエレーナだ。そして転移先――普通に馬車で行けばひと月はかかる隣国のセトカナンで迎えてくれるのは、その国の王宮魔術師たちらしい。なんでも、エレーナの同僚だとか。他の人間がやれば複数の術者を寄せ集めなければならないこの魔術を、エレーナは一人でやってしまえる。

 やはり、世界一の称号は伊達ではない。

 しかし実は、アランも全く同じ魔術を使えてしまうのだが、自分の正体を隠している彼が使うことはないだろう。

 しかも彼の場合は、送り出す者も迎える者も必要ない。己の身一つで転移してしまえる。そんな芸当ができるのは、やはり魔族を統べる王だけなので、使うわけにはいかなかった。

 国王や王妃、そして王太子や使用人たちに見送られて、メルヴィナたち一行は陣の中から姿を消した。





 メルヴィナが兄の顔を最後に、次に視界に入れたのは、煌びやかな光が降り注ぐ教会の中だった。陽の光ではない。空はずっと曇っている。それでも中がきらきらと明るいのは、高い天井にぶらさがるシャンデリアのおかげだろう。しんと静かで、厳かな空気が肌を伝わってくる。

 どうやら転移は成功したらしい。

 確かにここは、最初の目的地であるセス・テーナ教会だ。


「皆様のご到着を心待ちにしておりました。私はこの教会の大司教を務めております、マルギスと申します」


 何人もの聖職者を従えて、そう名乗った初老の男が一歩前に出てきた。そしてそれに応えたのは、同国人であり、すでに顔見知りのエレーナである。


「ご無沙汰しておりますわ、マルギス大司教様。さっそくですが、状況はどうなっておりますの?」

「はい、相変わらず魔物の被害が増えています。王立騎士団とも力を合わせて対処しておりますが、後手に回っている状況です」

「そう……」


 ちらり、とエレーナがメルヴィナを見やる。その視線の意味を読み取ったメルヴィナは、すぐにエレーナに頷いて見せた。

 世界は、刻一刻と瘴気に包まれていっている。そのせいで新たな魔物が誕生し、人々の生活は脅かされている。

 空一面の鉛色は、実は雲ではなく、瘴気だ。ここ最近は青空なんて全く見ない。魔物を生み出すとされる瘴気のせいで、空はいつもどんよりと薄暗い。これも全ては、魔王の動きが活発になっている証拠だ。

 そしてそれを食い止めよという神からのお告げとして、勇者が世界のどこかで誕生する。

 同じ神から選ばれる聖女は、しかしこの点において違う。彼女たちは、魔王の動きに関係なく、一度も途切れることなく生まれてくる。

 だから、代によっては魔王討伐に行かなかった聖女もいるらしい。


「では、私は役目を果たして参ります。皆様もお気をつけて」


 メルヴィナが聖女として言う。メルヴィナの役目とは、瘴気の浄化であるからだ。

 三国それぞれの一番大きい教会を周り、そこで瘴気の浄化をする。これは魔王を倒す前の、応急処置だ。

 というのも、討伐隊が旅に出ている間も、元を絶たない限り瘴気は広がっていく一方である。それを少しでも抑えるために、一行はまず、三国の教会を訪れることになっていた。もちろん、ヴェステルの教会はすでに浄化済みである。

 ただ不思議なのは、浄化をした際、メルヴィナにはその手応えがあまり感じられなかったことだろう。淀んでいた空は全快とはいかないまでも、ある程度の青さを取り戻していた。瘴気が少しでも消えたのなら、それは確かに浄化が行われた証である。あれは聖女にしか祓えないのだから。

 それでも、その感覚がメルヴィナには伝わってこなかった。


(全ては私が未熟なせいね。次こそ失敗は許されないわ)

 

 気合いを入れる。そのために自分はいるのだから、と。

 

「じゃ、メルヴィナちゃんが頑張ってる間、俺たちも頑張るか」


 彼らの役目は、魔物を退治することだ。

 結局、ヴァリオはメルヴィナの呼び方を改めなかった。


「そうですわね。くれぐれも無理などなさらないでくださいませね、メルヴィナ様」


 エレーナはまるで――見た目はどうあれ――姉のようにメルヴィナを気にかけてくれる。

 

「よし。じゃあ俺は、二人から溢れた奴を」

「あら。ジル様が先頭に決まってますわよね?」

「……ヨロコンデ」


 どうやら今代の勇者は、少し面倒くさがりのようだ。ついでに長いものには巻かれるタイプらしい。

 そんな面々を見ていると、メルヴィナはつい、小さな笑みをこぼしていた。

 

(これが、旅を共にする仲間……)


 身内やアラン以外と長い時間を共有するのが初めてのメルヴィナにとって、それは少しだけ心を躍らせた。〝仲間〟という言葉に、少しの不安と期待が混じる。

 

「さ、メルヴィナ様、行きましょうか」

「ええ」


 アランに促されて歩き出す。浄化を行う場所は、教会の敷地内にある聖女専用の祈りの間(小礼拝堂)だ。

 

「って、ちょっと待て!」


 すると、ジルがアランの肩をがしりと掴んだ。


「神官様ぁ~? なんでさらりとそっち行ってんだよ」

「これは勇者殿。そう仰られても、私は戦う術を持たない神官です。戦いでは足手まといになるでしょう。ならばせめて聖女様の盾に、と思いまして」

「いやいやそんなバカな。神官様は武術にも優れていると聞いてますよ」


 訳。おまえ魔王だろうが。自分の部下(まもの)くらいどうにかしろよ。


「おかしいですね。私は武術などからっきしなのですが。どなたかと勘違いしておりませんか?」


 訳。知りません。


「そりゃねぇだろ!」

「おい、どうしたジル。そんなに暴れたいなら魔物との戦いで暴れてくれ」

「ヴァリオ様の言うとおりですわ。あなたがそんなにやる気に満ちていたとは存じ上げませんでしたわよ」

「それは俺も存じてねぇよ! いや、そんなことよりさ、アランも……」

「何を言ってますの。メルヴィナ様の護衛に一人は残さないといけないのは当然ですわ。アラン様が適任であるのは、わたくしたちが一番知っているではありませんの」


 それは、アランが本当は神官ではなく、真にメルヴィナの護衛騎士だと知っているのがエレーナたち三人であるという意味だ。そこまで言われてしまえば、ジルも反論できなくなる。

 そしてそのアランはというと、当然といった様子でメルヴィナの後ろに控えていた。

 しかしここで口を挟んだのは、ある意味中心人物のメルヴィナだ。


「いいえ。もしかしたら、クラウゼ様の言うとおりかもしれません」

「!」


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