第八話:彼女が望む居場所とは
「これでいいわ」
リンティアがほうっと息をついてかざすのを止めると、光がすうっと収束する。それに見入っていた三人は、リンティアの身体がゆらりと傾ぐのに気付くのが少し、遅れた。
「……あ!」
慌ててテリーがその身体を支える。その腕の中でリンティアがかすかに目を開けて「だいじょうぶ」と小さな声で呟いた。
それに反して、ローレンシアの傷はすっかり治っていた。不思議な魔法の力に彼女とヤンは瞠目して顔を見合わせる。その上リンティアが急にぐったりとしてしまったのにも驚きを隠せず、ヤンは彼女に手を伸ばしながらそっと訊ねた。
「まだ、傷が……?」
「……いいえ」
リンティアが小さく首を振る。そしてテリーの手を借りてしっかりと立つと大きく肩で呼吸を整える。テリーは彼女から手を離ず、肩をそっと支えたままだ。
「魔法を使うと、呼吸が、苦しくなるの……大丈夫、休めば、良くなるから」
「テリー、彼女をベッドに」
「……ああ、うん」
ローレンシアの指示に、テリーが華奢な身体を抱きかかえて奥の寝室へと消えた。その後ろ姿を見送ってヤンが頭を掻きながらふうと感嘆の息をつく。
「……初めて見たな」
「ああ、あたしもだ。――すっかり治ってる」
さっきまで腫れていた右足首に触れながら、ローレンシアも感心したように言った。ヤンも腫れの引いた足を興味深げに眺めていたが、ふと寝室の閉じた扉を見つめてちらりとローレンシアを見やる。
「ンで、どーする?」
「……彼女がどうしたいのかを聞こう。話はそれからだ」
「なんとなく返事が想像つくけどな……」
ヤンが軽く顎でドアを指す。その意図はローレンシアにも伝わっていて彼女はくすりと笑みを浮かべた。二人が人の機知に富んでいるだけではなく、テリーの様子はそれだけわかり易くもあった。
「戦いの場に赴くだけが反乱軍というわけでもない。あの力は貴重だ」
「でもアレじゃ、頻繁に使うわけにいかねぇだろう」
ただでさえ線が細い印象のリンティア。しかも魔法を使ったときの苦しそうな表情を思い出すと、彼女にその力を使うことを強制するのは気が進まない。それはローレンシアも同感のようで僅かに頷いた。
さて、どうするか――ローレンシアはちらりと寝室の扉を眺めて考える。テリーが彼女を気に入っているのはわかったし、彼女がもう帰る場所がないのも事実だ。助けてもらったテリーに恩義を――もしかしたらそれ以上の感情を抱いているのは明白だったし、それならばここにいたいと考えるのは当然だろう。
しかしここは反政府組織であって共同生活ではない。治癒魔法を持っているとはいえリンティアは見るからに戦いとは無縁の女性だった。
大きく深呼吸をして思考から抜け出し、ローレンシアは椅子に腰掛けながらヤンに言う。
「リンティアが落ち着いたら、二人の話を聞こう」
「二人?」
鸚鵡返しに問うヤンに、ローレンシアは「ああ」とだけ返事を返す。
「二人、ねぇ……」
ヤンが呟きながらちらりと寝室の扉を見て肩を竦めた。
二人の回答は予想通りだった。ヤンとローレンシアはそれ以上反対せず、ただリンティアに念押しをするに留めた。
「本当にいいのだな?」
リンティアが力強くこっくりと頷き、その手にテリーがそっと自分の掌を重ねる。目を合わせて微笑み合う姿は幸福そうな恋人同士そのもので、ローレンシアが苦笑を漏らすほどだった。