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月下の王城  作者: 香住
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第七話:魔法の力

 しばしの沈黙を破ったのは、今度はローレンシアだった。

「テリー、少し落ち着け」

「落ち着いている! 何も考えていないわけじゃないんだ、僕は――」

 ムキになるのが落ち着いてない証拠じゃねえか、と喉元まで出かかったが、ヤンはそれを口にするのを止めておいた。

「わかった。とりあえず会ってみよう」

「……え?」

 意外にも簡単に腰を浮かせるローレンシアに、逆にテリーのほうが僅かに躊躇する。

「おい、止めとけ」

 さすがにヤンが口を挟んだ。しかし彼の意図は別にあり、彼女が怪我をした足をおして屋根裏部屋に上がるのを止めようと思ったのだった。しかし女は怪我をしているだろう。向こうが降りてくるわけにもいくまい、それなら自分が会ってその意図を確かめればいい。

 しかしその静止をローレンシアが聞くはずもなく、ひょこひょこと歩きながら上へ向かう梯子に手をかける。そうだった、彼女は幼い頃からずっと、自分が思ったことは実行に移さなければ気がすまない――オレはそいつをすっかり忘れてた、とヤンは気づかれないように溜息をつく。


「待ってくれ、ローレンシア」

 テリーが彼女の肩に手をかけてそれを止め、そして逡巡のあとに言った。

「彼女に降りてきてもらう。君のその足じゃ、上がれても降りられないよ」

 くすりと笑って言った口調は、やっといつものテリーらしい快活なものに変わっていて、ローレンシアは素直にそれを受けることにする。

 テリーが屋根裏に上がり、ぼそぼそと会話らしき声が聞こえたあと、梯子がみしりと音を立て、上から誰かが降りてくるのがわかった。裸足が見え、それからぶかぶかのズボンにシャツ――テリーの服を貸したのだろう、彼はどちらかといえば男性としては小柄な方だが、その服でもまだあまるほど、女は痩せてしまっていた。美しく豊かな金の髪がまだ湿っている。

「あ……お邪魔、してます」

 ヤンとローレンシアを見て彼女はぺこりと頭を下げる。確かに怪我は無いようで、ローレンシアは内心ほっとした。

 あとからテリーが降りてきて、まずは彼女の名前を継げる。

「リンティア、っていうんだ」

「はじめまして」

 もう一度ぺこりと頭を下げる。ぬけるように白い肌にそばかすが散っていて、随分とかわいらしい少女のような女性だった。

「ローレンシアだ。こっちはヤン。怪我がなくてよかった」

 珍しく微笑みを浮かべながらローレンシアが差し出した右手を軽く握りながら、リンティアは「え……」と僅かに驚いた顔をする。そしてふっとその表情を緩めた。

「あの、わたし、魔法使いなんです」

「――は?」

 唐突なリンティアの発言に、ヤンとローレンシアの声が同じ音をとる。そしてまじまじと目の前の少女を見つめた。会話がどう繋がったかよくわからなかったからなのだが、テリーが狼狽して瞬きの数が多くなる。

「あ……えっと、あの……」

「魔法の力があるんです」

 テリーが言葉を探している間に、リンティアがさらりともう一度、重ねる。ヤンとローレンシアはやはり目を丸くしたままだ。

「ま……ほう?」

「ええ。エストレージャには、ないんですか……?」

 ヤンが呟いた言葉に急に心配そうに青い瞳を曇らせると、リンティアは不安げにテリーを見た。

「いやあの、エストレージャにもあるよ! ――えーとつまり、リンティアは魔法が使えるんだ」

 ごく稀に魔法を持った者がいるということは知っていたし、ヤンもローレンシアも今までに一度も会ったことがないわけではない。が、突然飛んだ話についていくことが出来ずに二人は顔を見合わせた。じっと自分を見つめているローレンシアの瞳に、リンティアはにっこりと微笑みかける。

「わたしの魔法は『治癒』――傷を治すことが出来る力を持っています」

 そして微笑むとローレンシアの足元に跪き、その右足の傷に掌を掲げる。三人の視線が集中する中でリンティアの掌がほわりと光り、その手がかざされたローレンシアの右足の傷もその輝きに包まれる。

 しばらく三人はその輝きに見惚れていたが、ふとローレンシアが気付くとリンティアの額はびっしりと汗をかいている。

「リン―――」

「もう少し」

 名を呼ぼうとした声を、リンティアが鋭い声で遮った。

 ヤンはその輝きに見入っていた。こんなに近くで魔法を見るのは初めてで、最初こそ驚きが大きかったがその光がやけに温かいのを感じていた。

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