第五話:事故死の計算
その一週間後、テリーに近衛兵解雇通知が届いた。あれからヤンとローレンシアとで相談した結果、そのように持っていった方が良いだろうと思われたからだ。
そして三人でひそかに同志を集めはじめ、その数が二十人に達しようかといったある日、ヤンとローレンシアはひとつの計画を実行に移した。
オフォス南の海岸線を警備しているときだった。ローレンシアが乗っていた馬が暴走し、それを止めようとヤンが飛び乗った。しかし馬はそのまま断崖の上を駆け続け、やっとで小隊の仲間が追いついたときにはその背にローレンシアもヤンもいない――すぐ傍は断崖絶壁、落ちたら命はおろか、遺体さえも上がらないだろうと言われている場所だった。当然、二人は事故死として扱われた。
当初、その計画にヤンは渋った。騙すようなやり方はあとで怒りを招くだけだ、と反発した。
「それでいい」
「何……?」
「それでいいんだ。騙されれば皆頭に来るだろう。刃を向けるのに躊躇しなくなる」
その言葉でヤンもテリーも、彼女が何を考えているかを正確に理解した。反乱軍がかつての仲間であるとわかれば当然、振るう剣に迷いが生じる。敵対すべき相手なのに割り切れずに思い悩む。それならば最初から憎まれ役として登場しよう、と――そういう了見なのだ。
ローレンシアの意図を理解したヤンはそれ以上反対はせず、風の強いある日にそれは実行され、身を隠した二人は計画どおり、エンテの北にあるアジトへと向かった。
とはいうものの、実はそんなにうまくはいかなかったのだ。暴れる馬から飛び降りる際、ローレンシアの右足に深い裂傷が出来た。彼女は最初は黙っていたものの、そんな足でエンテまで駆けられるはずがない。すぐにヤンが気づいたが、そのときには腫れ上がってもう一歩も歩けないほどだった。
近くには止めないという条件でローレンシアが馬車を使うことを了承したが、降りてから先はヤンが負ぶう以外はない。ぶつぶつ文句を言うヤンの頭をローレンシアがぱしっと引っ叩く。
「痛えっつーの、加減しろよ、怪我人が!」
「だったら黙って運べ」
「ったく、口に怪我すりゃ良かったのによー」
「何か言ったか、ヤン?」
アジトの扉をいつもどおりの回数ノックするが、いるはずのテリーが出てこない。
今日計画を実行することは確認済みだ。速やかにアジトに戻って来い、とも彼は言っていた。それなのに、何故――?
「仕方ない、どこか安宿を探そう」
ヤンの背中でローレンシアがそう呟いた。宿は足がつきやすい。事故を装ったとはいえいつ何時バレるかわからないが、仕方ない。背中のローレンシアにわかるように大袈裟に溜息をつくと、ヤンは仕方なく歩き出した。
――と、そこへバタバタと足音。そしてバン、と扉が大きく開かれる。咄嗟にヤンが背中のローレンシアを庇うように振り向き、彼女を左手で支えたまま右だけで腰に帯びていた剣を抜く。ヤンの得物は一般的な剣よりも長く、その分重く作られていた。
「ご――ごめん!」
しかし扉を開けたのは紛れもなくテリー。肩で呼吸を整えているところを見ると、どうやら屋根裏部屋にいたらしい、とローレンシアは冷静に分析していた。
彼らのアジトは古い酒屋の裏手にあり、一見はつぶれたバーにしか見えない。屋根裏にあった収納場所を補強して、万が一のための隠し場所を作ってあったのだ。
「さあ早く! ……ロージー、足をやったのか?」
「ああ、おかげさまでね。おいヤン、急げ」
「ったく、どいつもこいつも…」
急かす人間が二人に増え、ヤンは不愉快そうな顔を隠さない。それでも早足にアジトへ入ると、古びたソファに彼女を下ろした。その前にひざまづいてローレンシアの傷を見ていたテリーが不安げに零す。
「酷く腫れてる……」
そう呟いて、応急処置をしようと包帯の籠を取りに立ち上がったところで、屋根裏がガタリと音を立てた。テリーの動作がぴたりと止まり、当然、ヤンとローレンシアの表情には緊張が走る。
「誰かいるのか」
低い声でヤンが訊ねる。キッと睨まれたテリーは一瞬戸惑い、そして次にローレンシアの厳しいまなざしに睨みつけられて白状した。