第四話:剣を振るうは誰が為
「……あの町は、僕が生まれ育った町、だ」
テリーが押し殺した声でぽつりとそう言ったのは、それから随分の沈黙のあとだった。ローレンシアはぴくりとその眉を上げる。ヤンもあからさまに眉を顰めた。
「町の人間は皆良い人たちばかりだった。ロサード王の命は、町が産出する鉱石の……八十パーセントを上納しろという、もので……それに苦しんでいたのも、僕は、知って……いたんだ」
喉から絞り出すような声でテリーは続けた。あれ以来ずっと、誰にも言えなかったことだ。ひとり悩み苦しみ、己が下した決断といくつかの奪った命とが何度も何度も彼自身を責めつづけていた。
「家族は」
ローレンシアの短い問いに、テリーは力なく頷いた。
「父と母と、それから、小さな弟がいた。――彼らに何の罪がある? 自分たちの生活を守るためだったのに……何故それが、あのような事に……!」
家族のことを話し始めると、テリーの中の激情は止められなかった。鉱石を八十パーセントも持っていかれてはあの町の民たちの生活が成り立たないのをよく知っていた。植物の育ちにくい痩せた土地でずっと苦労して生きてきた町の民はいまや、土から生まれる輝く石を売ることでしか生きられなかった。そのほとんどを王に持っていかれては――その生活は崩壊する。だからこそあの町の民たちは拒んだのに。
両手で顔を覆って嗚咽を堪えるテリーを前に、ヤンとローレンシアは目配せを交わす。
「ひとつ聞きたいことがある」
まだ顔を覆ったままのテリーに訊ねるローレンシアの声は、いささか柔らかかった。故郷と温かい家族を失った目の前の男の傷がまるで目に見えるようで、ローレンシアはそっと続けた。
「一度しか言わないから、よく聞いてほしい。―――国王反乱軍に手を貸す気はあるか?」
ぴん、とその場の空気が張り詰めたようだった。テリーは今自分の耳が聞いたことを咀嚼し終えるまでたっぷり三十秒、かかった。顔を上げる。
まっすぐに自分を見つめるローレンシアの瞳には強い意志が浮かんでいる。その隣で足を組んでいるヤンもそうだ。つまり、今言ったことは本気である、証。ごくりとテリーの喉が鳴る。
目の前の二人は近衛兵だ。身分も腕も保証され、華やかにマントを翻すような立場の者だ。そうだ、ローレンシアは、とさっき思い出した事実を再度感じてテリーは瞬きを繰り返す。彼女の父は、元近衛騎士団副隊長――
「理由を、聞かせてくれないか」
テリーは即答を避けてそう聞き返した。彼の美しい緑の瞳が今は生気を取り戻し、意志の輝きをもってローレンシアを見返していた。さっきの、打ちひしがれた男とはまったく別人のようなその強さに、ヤンは一瞬目を瞠る。
「おまえと変わらない。己の剣は民のために振るいたいだけだ」
細い黒の瞳が緑の瞳を見返した。揺るぎない強さはテリーにそれ以上の不安を抱かせることはなく、彼女が父の重圧にも耐える覚悟であることも伝わった。となれば、それ以上答えを引き伸ばす理由はない。
テリーの右手がすいと、ローレンシアの前に差し出される。
「共に、闘わせてくれ」