第三十六話:貫かれた痛み
痛みは貫かれた。テリーはその激しい痛みがどこから起こっているものかを考える間もなく、ただ反射的に至近距離にある相手の身体を蹴り飛ばしていた。
「うっ……く……」
焼け付くような痛みがテリーの左腕を麻痺させていた。込み上げそうになる痛みの叫び声を必死で抑えて腕を見れば、そこにはまだ深々と剣が刺さったままだ。ちり、ともうひとつ左胸に小さな痛みを覚えて見下ろせば、貫通した剣の先が僅かに傷つけたらしいそこから少しだけ赤い粒が地面に零れた。
そちらは問題ない、まずはこっちだ――と、テリーは腕に刺さったままの剣の柄をそっと握る。抜いてすぐに止血すれば斬り付けられるよりも軽い傷で済むだろう。
心臓の代わりに串刺しになった左腕に感謝を込めて、テリーは剣を引き抜いた。そしてカランとそれを地に落とすと布でぐるぐる巻きにする。痛みは当然彼の身体を貫くが、命の代わりと思えば耐えるのは容易かった。じわりと布の向こうから赤い染みが広がりつつ、ある。
正門から離れているテリーの視界に、妙に慌しくなった正門が見えて目を凝らした。正門にいたはずの予備チームは全員一時撤退していた筈だった。西門での騒ぎが大きくなりつつあるのは気配で感じていたが、何かあったのだろうかとテリーはそっと移動を始めた。
その足がぴたりと止まったのは、門から出てこようとして国王軍と剣を交えている男を見たときだ。見覚えがあるどころではない、ローレンシアと一緒の筈の特攻チームのひとりだった。思わず駆けようとして、つい動かした左腕の痛みに釘付けになる。……これじゃ助けにいくどころか足手まといだ、と唇を噛んだとき、予備チームの仲間が数人正門へ向かうのが見えた。テリーの指示ではなく、彼らは彼らで特攻チームの男を助けようとしたのだろう。今のテリーにはその独自判断での行動がありがたかった。
「何かあったんじゃなければいいけど……」
城の上部を見上げてそう呟く。ローレンシアのフォローにヒューイをつけていて本当によかった、と安堵しつつも何か嫌な予感を覚えざるを得なかった。
ズキズキと脈打つ傷を背中に抱えたまま、ヤンは真っ直ぐに王座の間へと向かった。扉は閉まってはいるが既にローレンシアが向かったことはそこへ続く廊下でわかった。重い扉を開くときに背中に温水をかけられたような嫌な感触が伝ったが、ヤンはかまわずその取っ手を引いた。
まさに目の前で、ロサードがその手になる剣でローレンシアを貫くところだった。一瞬、ヤンは自分が何を見ているのかわからない錯覚に陥る。なんだ、これは? 何が起こっている? これは――つくりもの、か?
急に心臓がドクドクと高くなり始める。その動悸の早さが動揺なのか傷のせいか出血のせいか、考えることもままならなかった。
ローレンシアの長い髪が揺れて、床にゆっくりと倒れこむ。音も無く、妙にスロウな場面だ。ロサードが持っている銀色が妙に、紅いのが目に付く。
敵が武器を持っている、という簡単な図案に対してやっとヤンの頭が回り始める。否、彼の頭よりも身体の方が先に反応し、体勢や状況を考えるより早く床を蹴っていた。痛みはもはや昇華し、ヤンはいまやロサードしか見えなかった。
キン、とヤンの剣は弾かれる。ロサードの動きはそんなに早くなかったはずなのにやすやすと避けられてヤンは再度横薙ぎに剣を振るう。それはさらりと後方に避けられてますますヤンの憎しみを煽る。
「貴ッ様……!」
「無駄だ、ということに気付かないのか、愚かな」
ヤンの剣はロサードに届かない。それは彼が動揺しているせいなのかロサードの腕のほうがはるかに上なのかはわからない。けれどもヤンの息は上がりかけ、激しい動きのせいで出血は止まることが無かった。
「――ヤン!」
そんな声で僅かにヤンは冷静さを取り戻す。闇雲に剣を振るうことをやめ、肩で大きく呼吸をしながら切っ先をロサードに向けたまま睨みつけた。その視線の先に立つ男は一向に怯むことなく静かに見返していた。
「……ローレンシア」
近づいてきたヒューイの声が低く、名前を呟く。はっと息を呑むような気配。そしてヒューイは倒れたローレンシアを抱き起こし、その胸に刻まれた傷と、脈を診る。