第三十二話:対峙する国王
思いのほか扉は重かった。以前よりも重厚になったのだろうか、と考えながらローレンシアは一気に扉を引いた。最初にガタリと音を立てたあと、厚い絨毯の上を音もなく重い扉が滑る。真正面、最奥の窓の手前にシルエット。
「……ローレンシア=ウォーディート」
彼女が何か告げるより先に、シルエットが口を開いた。椅子にかけたまま、指一つ動かさず。フルネームを呼ばれたローレンシアは開けた扉の中央で大きく肩で呼吸をする。
「ウォーディート卿の長子であり女性初の近衛兵。二年半前、任務中に落馬しルシア海に落ちて死亡。――おまえは、亡霊か?」
その声音は真実を知っている、とローレンシアは思った。恐らく前回の決起のあと調べさせたのだろう、と考えてゆっくりと奥の執務机に近づいていく。
「あなたの質問に答えよう。――国が生きるために必要なのは、良き指導者と、信頼する民たちだ」
ローレンシアの言葉に、シルエットが初めて揺れる。小刻みに揺れるそれが笑いによるものだと気づいたのは逆光の中で表情が読めるほど近づいた時だった。
「信頼、だと―――? 愚鈍さを愛せというのか。何もかもを許すのが愛だというのなら、そんなものは愚の骨頂だ」
「弱き者を踏み潰す指導者はいずれ、民たちに裏切られるだろう」
「構わぬ」
即答に、ローレンシアは足を止めた。構わぬ、だと――? 民の信頼を得ずに国が成り立つはずもない。裏切られても構わないなど、そんな乱暴な指導者が国を率いているというのか?
「私は国を背負っている。誰を踏み潰したとて、私が守るのは国だ」
「民のいない国か! 民が皆、あなたを憎んでいても国を守ったと言えるのか?!」
「愚かなローレンシア=ウォーディート。すべては国ありきだ。民は裏切るが、国は裏切らぬ。私が守ればその存続は約束されるのだ」
いつのまにか笑みは消え、緑の瞳がぎらりとローレンシアを見据えていた。王者の風格というものがまるで獅子の鬣のようにロサードを包んでいた。声は重く、喉の奥にびっしりと砂を流し込まれたようだった。ローレンシアはそれに気圧されぬよう立つのが精一杯だった。
違う。ロサード王の言葉はどこかが違うのだ、と強く思うもそれを言葉に出来るだけの力が彼女には足りなかった。それが才覚の違いなのかもしれない、とローレンシアは目の前の男を認めていた。
しかし、ここで負けてしまうわけにはいかなかった。言葉で理解し合えないのなら、と剣を構えればロサードはちらりと視線を動かしただけでまた、笑みを唇の片側にだけ、浮かべる。