第二十八話:計画立案
時は、満ちた。
エストレージャに密偵を送り込んで一年弱、密偵たちがそれぞれの立場で掴んだ情報がある夜を指し示す。近衛精鋭たちが王の命にてフィージャの森へ向かう夜。近衛兵はもちろんいるが、精鋭がいなければ負担は減るだろう。こんなチャンスを逃す手はなかった。
城内地図は出来上がっている。ただ、あの新たに建設された塔が何を示すのか――その情報を手に入れられなかったことだけが引っかかるが、仕方がない。それを待つ時間のロスと、このチャンスと、それから最初の決起から約二年近くの時間の経過を考えると選択はひとつだった。
ばさりと城内の地図が広げられる。門、入口、階段、そして王座の間――すべてがしっかりと書き込まれたものだ。
「基本は前回と同じだ。特攻チームを予備チームがサポートする」
トントントン、と侵入経路をヤンの指が追う。正門から真っ直ぐ城内へ、そして北階段。
「……が、反省点を生かそう。今回は特攻チームのルートを二手に分ける」
ヤンの指がすべる。北階段、それから……西階段。
「特攻は四人」
挙げられた名前は、前回の決起と同じだ。しかし二手に分かれたルートにヤンが名を入れていく。ヤンが西、ローレンシアが北。戦力から考えればそれは妥当だった。
そして正門をコツンと拳で軽く叩くと、ヤンは灰青の瞳をテリーへと向ける。
「予備チームも前回同様だ。テリー、頼む」
「了解」
真剣な緑の瞳が強く光る。この場にリンティアはいなかった。さすがに非戦闘員である彼女が遠慮し、代わりに子守を買って出ていたのだった。隣室で赤子と一緒にいるはずだったが、彼女は彼女で、テリーが再度最前線へ赴くだろうことは予想できていた。だからこそ……決定的な言葉を聞きたくなかったのかもしれない。
「ヤン」
収まりかけたその場に声を発したのはヒューイだった。
「前回の決起についての記述をすべて見せてもらった」
落ち着いた声音で続けられる言葉のとおり、ヒューイは文書で残された決起の詳細をすべて読み込んでいた。進行ルート、配置されたメンバーの数、状況、そしてルート八の発令と逃亡について。そして彼なりに考えたことがあった。
「予備メンバーの一部を、王座の間までのフォローにつけるのはどうか?」
その場の全員の視線がヒューイへと向かう。それから彼の示す城内地図へ。ヒューイの指は正門からつつつと滑り、城内から階段を上がっていく。
「そうすれば特攻チームは王座の間まで体力を温存出来るだろう」
それは事実だった。もしも階段での戦闘がなければロサードとの対峙のみを考えればいい。前回はそれに特攻メンバーの三人が足止めを食らい、結局ローレンシアひとりが相対したことになった。この夜、近衛精鋭はいないという情報があるものの、城内で近衛兵に会わないとも限らない。
「……そいつもアリかもしれねえな」
「僕が行こう」
ヤンが呟けば、すかさずテリーが名乗りを上げる。ちらりとその方を見てからヤンは「いいや」と頭を振った。
「お前さんは予備チームのリーダーだ。しっかり門前を頼むぜ。――ヒューイ、行ってくれるか」
「勿論だ」
その会話はヒューイにとって予想の範疇内だった。というより、自分がローレンシアを守るために傍にいたかったからそれは当然のことだ。ヒューイにとっての戦いはすべてが彼女のためである。
「もうひとり、オレの方のフォローはあとでお前さんに頼む。どっちにしろ、予備メンバーからひとりいただくからな」