第二十六話:よろこびの涙
前回の決起時、戦闘に参加しなかったメンバーから選ばれた数人が、メイドや庭師や出入業者に扮して城の内情を探るようになってから数ヵ月後、ヤンはローレンシアから思いもかけない報告を受ける。
「……本当か?」
「ああ。こんなときにすまないんだが」
そのときのローレンシアの表情は本当にすまなそうに目が伏せられていて、喜びは滲み出てもいなかった。城からの報告はまだまだ時間がかかる、と、『アンシアン』メンバーはこれといって表立った活動はしておらず、城の中に作られ始めた四つの建造物が高い塔のようなものらしいとオフォスの住民が知ることが出来る程度に広まった頃だった。だから、時期が良いと言えば良い。
「かまわねぇって。――リンティアには?」
「いや、まだ何も」
「あのお嬢さんのことだ、自分のことみたいに喜ぶぞ」
ニヤリと片目をつぶってヤンは言い、そしてぽんと軽く肩を叩く。報告してやれ、との無言のヤンの気持ちが伝わってくる。ローレンシアはそれに深く感謝を込めて古くからの友を見つめる。
ヤンはその視線の意味を感じていた。ローレンシアを愛している。しかしそれは束縛の混ざるものではないということ――つまり愛は愛ではなくて愛なのだということ。それがたった今、わかったような気がしていた。もしかしたらローレンシアも同じように感じているのかもしれない、と僅かに脳裏を掠めるが、今のヤンにとっての最大の懸念事項は、うまれ来る子がどれだけ平和なエストレージャ国に生きることが出来るかどうか、だった。ヤンの愛は、ローレンシアの子へと増えたのだ。そしてその父となる男へも。
ヤンの予想通り、ローレンシアが報告するとリンティアは瞠目したあと大粒の涙を溢れさせた。突然の涙にローレンシアが動揺していると彼女は泣きながら抱きつき、ぎゅっと強く抱きしめた。
「ああ、ロージー! なんて素敵なの! あなたとヒューイの子が生まれるなんて……! ああ、どうしましょう、嬉しくて嬉しくてなにを言ったらいいかわからないわ」
ヤンの言葉どおり、リンティアはまるでわが事のように喜び、それ以降ローレンシアの身体に最も気をつけるようになったのも彼女だった。まるでその姿は自分が母になるような――そんな幸福感を滲ませていた。
十ヶ月。エストレージャ城敷地に作られていた建造物は塔だった。見張り台というには少々つくりがしっかりとしていたし、どうやら最上階には小部屋があり、そこに窓が作られているようだった。様式は見張り台以外の何物でもないと思われたのだが、その小窓から兵士が顔を出すようなことは一切なく、一月か二月に一、二度、その塔へ入る者を制するかのように警備兵が立っていることがあった。
その頃から城内に潜入した『アンシアン』メンバーから少しずつ情報が流出するようになってきたものの、塔に関する情報はまったくといっていい程なく、どうやらロサード王及び側近のみが知る秘密のようだった。城内地図は少しずつ完成に近づき、警備兵の配置場所や交代の時刻などが続々と『アンシアン』に持ち込まれていった。