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月下の王城  作者: 香住
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第二十一話:朗報の訪れ

 ローレンシアの告げた道順はとても正確だった。そんなところでも彼女の能力の高さに気づかされる。

 ヒューイはもちろん、あの夜に傷ついた彼女が噂の主であることは予想していたが、今回伝言を頼まれて初めて告げられた彼女のファミリーネームに聞き覚えがあった。ローレンシア=ウォーディート。父がかつての近衛副隊長、女性で初の騎士であり、そしてたしか去年、不慮の事故で亡くなったはず。そこまで記憶を掘り返してもうひとつ思い当たる。彼女が伝言を頼んだ相手――ヤン=メイフィールド。ローレンシアと一緒に死んだ男の名前だ、と気づいてヒューイは二人の意図を知った。

 指示どおりの道順の先には、彼女の言ったとおりの扉があり、ヒューイは告げられたとおりの数だけそれをノックする。留守でないとすれば随分と長く待たされて細く扉が開く。相手の姿は見えない。

「誰だ」

「『特攻チーム』の女から伝言を預かってきた」

 それもローレンシアに指示された言葉だ。名前は出さない方がいいのはヒューイにもわかっていた。聞いて、扉の向こうの人間がはっと息を呑むのがわかる。

「……ローレンシアの?」

「中で話したい」

 予想外にはっきりと彼女の名前が告げられて、ヒューイは慌てて低い声で告げる。相手は警戒したようにしばし沈黙し、それからやっと「わかった」と言うとゆっくりと扉を引いた。

 簡素な室内が見て取れ、男が用心深くヒューイを警戒しながら扉を閉める。何も持っていない、の意味を含めてヒューイが両手を軽く上げると、男は僅かにその警戒を解いた。

「伝言を聞こう」

 それでも完全にフレンドリーとはいくまい。剣の届かぬ距離を保って、男が無駄のない質問を放つ。ヒューイは彼女の言葉を頭の中で反芻しながら注意深くその名前を口にした。

「ヤン・メイフィールドは無事でいるか?」

「……それが伝令か?」

「いや、彼女が知りたがっていた情報だ」

 男は胡散臭げな眼つきでヒューイをじろじろと無遠慮に眺めている。その視線が気にならないとは言わないが、ヒューイは完全に開き直って戸口近くの椅子に腰掛けた。

「伝言を聞こう」

 男は答えず、同じ質問を重ねる。未だ警戒中という態度がありありと見え、ヒューイは僅かに肩を竦めてみせた。

「命は助かった、だが怪我のために出歩けない。動けるようになったら必ず戻る」

 棒読みで一気にそこまで言うと、最後の一言の前に呼吸を挟んだ。

「すまなかった、ヤン、と」

 男がそこで目を見開いてヒューイを見つめる。彼としてはこれ以上言うべき言葉をもたず、相手の出方を待っていた。


 部屋の奥にあるもうひとつの扉に気づいたのは、ギイと錆付いた音がしてからだった。男が弾かれたようにその視線を奥の扉へと向けると、金髪の男が現れる。

「……テリー!」

「あとは僕に」

「しかし……」

 男は警戒した視線をちらとヒューイへと向けるが、思わぬ強いテリーの視線に諌められてしぶしぶといった風に奥の扉へ消えた。

 それを確認するように、緑の瞳がヒューイへと向けられる。当初浮かんでいた厳しい輝きはそこにはなく、力を抜いて微笑むとテリーの印象は柔らかくヒューイに映る。

「失礼したね。まだ皆ピリピリしていて――僕はテリー=ホワイト」

 テリーに右手を差し出され、ヒューイ椅子を立ってじっとその手を見つめていたが、やがてそっと自分の手をそれに重ねた。テリーが嬉しそうに笑みを広げる。

「あなたの名前を聞いても?」

「ああ――ヒューイだ。ヒューイ=ヴェンセル」

 よろしく、とばかりにテリーはにっこりと笑って頷く。握手を解くと「どうぞ」と奥のテーブルにヒューイを案内し、客人が腰をおろしてから自分も斜め向かいに腰掛けた。

「ローレンシアを助けてくれたのか?」

「そう……なるかな。彼女が倒れていたから、連れて帰った」

「ありがとう」

 テリーは背筋を伸ばすとそう言って頭を下げた。笑みは止まらない。彼女が無事で本当に良かった、とその喜びでいっぱいだった。

 あの夜、テリーは城からオフォスのアジトへと逃げてリンティアと合流した。それからヤンたちに連絡を取ろうとするも、ヤンがひどく落ち込んでいるとの情報しか入ってこず、ローレンシアのロの字もなかった。テリー自身も随分とやきもきさせられたものだった。明日にでもリンティアを伴ってエンテのヤンのところへ行こうかと考え始めていた矢先のことだった。

 テリーの目の前の男は愛想はないものの、その誠実さだけは伝わってきた。ローレンシアがこの男に助けられたことを幸運に思うと共に、テリーは彼女が伝言を寄越すその理由を考えていた。ローレンシアの性格上、無事を伝えたいと思うだろうが他人を巻き込むことは考えられなかった。ましてやこの男は『アンシアン』のメンバーではない。その危険を顧みないはずがなかった。

「失礼を承知で訊ねるんだけど、彼女はあなたになんと言ってこの役目を頼んだか、教えてもらえないかな?」

 ヒューイはちらとテリーを見た。質問の意図を測りかねてだったのだが、テリーはその視線を不信の意と捉えて慌てて付け足す。

「あなたを信じていないわけじゃないんだ、ただ、ロージーの性格からして誰かを巻き込むようなことは考えにくいかなって思ってね」

 ロージー、という愛称を耳にしてヒューイはテリーが彼女と親しかったことを察した。それならばさっきの溢れんばかりの笑みも納得できる、と目の前の男に好意を持った。

「元は私が言い出したことだ。怪我を押して出歩こうとするのでね、連絡だけなら代わりに、と」

「でも、なかなか聞かなかっただろう?」

 悪戯っぽくテリーが混ぜ返し、ヒューイもつられて笑いながら「ああ」と答える。和やかに場が丸くなったその時、奥の扉が再度ギイと音を立て、瞬時に二人の表情から笑みが消えた。

 テリーが腰に帯びていた短刀に手を伸ばそうとしたとき扉の向こうから姿を見せたのは、彼と同じ金色の髪に青い瞳の女、だった。手にしたトレイにはカップが三つ。

「……リンティア」

 ほっとしてテリーは浮かせた腰を椅子に落とす。その向かいではヒューイが、まだ警戒を解かずに彼女を見つめていた。

「ごめんなさい、お邪魔して。お客様に紅茶を。――どうぞ」

 悪びれない笑顔でリンティアがカップを二つ、テーブルに並べる。そして最後のひとつを抱えてテリーの隣にちょこんと腰を下ろした。

「ロージーを助けてくださったんですってね? ありがとう!」

「リンティア、きみは……」

「あの、とっても差し出がましいんですけど…お見舞に行ったら駄目かしら?」

 唐突な申し出に、ヒューイは瞬きを繰り返しながら即答を避けた。リンティアの様子からして彼女がローレンシアやテリーと親しいことはよくわかったが、ローレンシアが怪我で動けないからといってそれならば仲間の方を彼女のところへ連れていくことは――今まで、考えたこともなかった。

 ヒューイが想像していた『反乱軍』はもっとゴツイ……そう、最初に彼を迎え入れた男のような者ばかりと思っていたのもあり、テリーの柔らかな物腰やリンティアのように見るからに戦いに向いていない女性までがいるとは思ってもみなかったのである。

 テリーが小声でたしなめ、それにリンティアが抗議の声を上げているやりとりを見ながらヒューイは考えた。確かに、見るからに反乱軍のような男が出入するよりもリンティアのような女性が出入するのなら周囲に疑われるようなことも少ないかもしれない。数日なら、誤魔化せる。彼女もきっと安堵するだろう。

「テリー、馬を貸してもらえるか?」

「え……?」

「それとリンティアを数日。――もし貴方が来てくれればきっと彼女も喜ぶだろう」

 ヒューイの言葉の後半はリンティア本人に向けられていた。嬉しそうに微笑むリンティアの隣で、テリーがきょとんと二人を見比べていた。

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