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月下の王城  作者: 香住
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第十八話:スープの温かさ

 ゆっくりと目を開けたローレンシアは真っ直ぐに男を見た。緩いウェーブの黒髪、明るい茶色の瞳。穏やかな顔つきで恐らく自分より幾つか年上だろう、と彼女は感じた。背は高いようだがほっそりとしており、長めの手足が妙に目立つ。

 男がスープ皿を手渡してくれるのを、不器用に受け取ってローレンシアはスプーンを握った。

「食べさせてあげてもいいけれど」

 男は笑うと幼く見える。ローレンシアは初めてその瞳に不愉快そうな光を宿す。

「お構いなく」

 それが彼女が初めて男に向かって発した言葉だった。それを聞いて、男は軽く肩を竦める。やっと生きているような感じがする、と考えながらローレンシアがスプーンを扱う様子を見守っていた。


 随分と時間をかけて一皿のスープを飲み干すと、ローレンシアは改めて礼をいい、名だけを告げた。『アンシアン』のことは口にはしなかったが、おおよそ男は予想しているように彼女が言いよどむのをさらりと遮った。

「私はヒューイ、だ。よろしく、ローレンシア」

 言ってヒューイはそっとローレンシアの手に自分の掌を重ねた。握手代わりのつもりらしい。そしてちょっと眉を寄せる。

「とりあえずはここにいたほうがいい」

「そういうわけには」

「私は構わない」

「……あたしが構うんだ」

 ヒューイは思わぬ頑固な抵抗にどうしたものかと考える。ローレンシアの負っている傷は決して軽くはなく、命の危機は脱したとはいうものの問題ないとは言えなかった。

 それに、とこれは彼女に言うつもりはなかったが、このオフォスの外れにさえも国王軍がちらほらと見受けられる。早朝、彼女を拾ったときはまったくだったのが、その日の夕方頃からわらわらと警備兵がうろつき始めていた。その目的が何なのか、ヒューイにはわかっているような気がした。恐らくは彼女――国王軍より早く街を飛び交った噂話によれば、あの日の深夜城は反乱軍に攻められたとのことだった。致命傷になりうる刀傷を負って倒れていた彼女がそれにまったく関わっていないわけはない。ヒューイはそれを感じてはいたが問い質すつもりはなかった。

「何故?」

 ローレンシアに問うと、彼女は意外な質問に一瞬怯み、そして目を伏せる。しばらく黙っていたのでヒューイはそれ以上質問を重ねるつもりはなく、ただ傍にいた。長い沈黙のあとに出てきたのは

「迷惑がかかる」

 という一言だった。何故迷惑がかかるのか、についてそれ以上ローレンシアは説明するつもりもなかったし、ヒューイはかなり正確に彼女の意図を理解していた。

「私は、構わない」

「あたしが構う」

 同じ押し問答に戻ったのをヒューイがくすりと笑った。そして彼女の髪にキスをしながらその身体をまた横たえる。

「貴方が立ち歩きが出来るようになったら今の話の続きをしよう。いいね?」

 ローレンシアにしてみればそれは苦渋のイエスだったが、それ以外にどうしようもなかった。まさかこのまま戸口の外に放り出してくれ、と言うわけにいかない。善良な一国民であるヒューイがそれを許すような男には見えなかったせいもあった。

 ベッドでほうっと息をつき、彼女は『アンシアン』の仲間のことを考えていた。

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