第十四話:王城脱出
バタバタバタ、と聞こえた足音はヤンのものでないことはわかった。恐らくは特攻チームの男だろう。命があって逃げおおせるのならばそれでいい――ローレンシアは飛びそうになる意識を必死で捕まえてロサードを睨み続けた。緑の瞳がニヤリと彼女を捉える。
「随分とやんちゃなお嬢さんだ」
完全に馬鹿にした口調のそれも、今のローレンシアにとってはただの音にしか過ぎなかった。とにかくヤンがここを離れてくれなければ――それだけを思い、耐えていた。
しかしローレンシアの期待通りには当然いかず、ヤンは彼女を残してルート八を取るつもりなどひとかけらも無くそこに立っていた。彼女の身体から夥しい量の血液が零れているのは見えていたし、彼女の声も身体も尋常ではなかった。その意識がピリピリと自分の気配を窺っていることもわかっていたが、その期待に沿うことは出来そうにない。
前方にライオン、後方には狼が構えているこの状況は絶望的だ。どんなに可能性を探してもちっぽけな欠片以外道筋が見えてこない。ローレンシアだけでも、と考えなくもないが彼女の傷を考えると難しそうだった。
「走れるか」
ローレンシアに届くか届かないかの音量でヤンがそう訊ね、それと同時にロサードへ斬りかかる。身軽な動きでロサードがその刃を避けると、ヤンに向かって剣を振り下ろす。身体の大きさからは予想できないほどヤンの動きは俊敏で、振り下ろされた剣は空しく空を切って床に突き刺さる。その隙にヤンがマントを投げ、後ろに控えていた近衛精鋭二人の視界を完全に遮った。
何かを叫ぶ間もなく、ローレンシアはヤンに半ば抱きかかえられるようにして階段へ向かう。上がってきた北階段の下から多くの気配を感じたヤンは迷うことなく正面階段へ足を向けた。
その判断の早さが幸いだった。ローレンシアが手負いとはいえ、剣を交えず逃げることだけを優先すれば近衛精鋭の追従に捕まらずに城外へ出ることに成功した。
城の敷地内は混沌としていた。近衛兵と国王軍兵士とそれから『アンシアン』の人間、そしてこの決起に便乗した国民たちがわらわらと剣を交え、逃げ惑い、混乱の極みだった。一瞬、ルート八の発令が届いていないのかと思ったヤンがもう一度叫ぼうとしたが、門の近くの『アンシアン』メンバーが撤退を始めているのを認めてそっと正門から離れて東門へ向かい、敷地から脱した。
腕の中のローレンシアはぐったりとしていた。まだ意識はあるようだったが、歩くのが精一杯、ヤンが引きずるように抱きかかえて走るのでさえ彼女の身体には負担が大きいことはその出血の多さが物語っている。チッ、と舌打ちをしてヤンは仕方なく、ローレンシアを抱き上げようとする――が。
「……先に、行け」
「何馬鹿言ってやがンだ、阿呆」
血の気のないローレンシアの唇がそう動き、こいつはマズイかもしれない、とヤンは背中が寒くなる。一方ローレンシアは自覚がなかったが、予想外にヤンが狼狽していたのを感じて自分の傷の深さを感じていた。それならば余計に、ヤンに負担をかけるわけにいかない。




