第十二話:民のため、国のため
ヤンの大きな身体の向こうに、マントが翻るのが見えた。暗赤色に映える金色の紋章。それをバックに刃の銀色がちらちらと煌めく。
近衛精鋭――予測していたとはいえ、その登場は特攻チームの三人に大きな精神的打撃を与えた。たった二人の男のために、王座の間までがひどく遠く感じられる。視線を動かせば、重厚な扉が視界に入る。あの扉の向こう、倒すべく相手はあそこに―――視線を逸らした分、ローレンシアに隙が出来る。それを近衛精鋭が逃す筈がない。キン、と鳴った剣が風を切ってその首筋へと向かう。
「ロージー!」
ヤンがその名を呼ぶのよりも早く、彼の重い剣が目の前の敵からローレンシアへと動く。思いの他早いその軌道は見事に近衛精鋭の剣を弾き返し、ローレンシアはその身を一歩、王座の間へと近づけた。
「行け!」
その距離がもっとも短かったことでヤンが瞬時に判断して叫ぶ。二人の近衛兵相手にヤンともうひとりの特攻チームの男が剣を交えその足を留めていた。長い目で見ればやはり精鋭の方が腕は上に見えたが、目標を視界に捉えた人間は強い。
弾かれるようにローレンシアは王座の間へと駆けた。赤いびろうどの貼られた重々しい扉を蹴破るように開けると、最奥の大きな机に座っていた青年の緑の瞳がまっすぐ彼女を射抜く。
「反乱軍……というものか」
王城敷地内の喧騒が届かないわけはない。そしてローレンシアの手にある剣が見えないわけでもないのにロサード王は頬杖をついたまま彼女を眺め、唇を歪めてそう呟いた。
ローレンシアはそれには答えず、目の前、自分とほとんど年の変わらない王を眺めやり、唇を引き結ぶ。
「ロサード=エストレージャ王とお見受けする」
「いかにも」
「貴殿の、民を人とも思わぬ私欲に走った政、赦し難し」
「知ったような口を利くのだな」
ゆらり、とロサードが立ち上がる。ローレンシアは剣をまっすぐに向ける。確か彼はそれなりに出来たはずだ――腰に帯びている長剣に触れる気配はないものの。
「反乱軍よ、では貴様に聞こう。我がエストレージャがこの大陸で生き延びるために必要なものは何だ」
ローレンシアは剣を握りなおして構え、注意深くロサード王を観察した。緑の瞳は禍々《まがまが》しい輝きではあるがある意味人を惹きつける。抑揚を抑えた声はまだ若い少年王の面影をまったく残してはおらず、伸びやかな明るさは失われていた。それを成長と呼ぶのか馴れと呼ぶのかはわからない。
そして王の問いに彼女が答えなかったのは――その訊ね方が決して自分の答えを望んでいるものではないとわかったからだった。しばしの沈黙のあと、王は返事がなくとも気に止めず語りだす。
「民が生きる前に国が生きねばならぬのだ。わかるか、愚鈍な反乱軍よ。民のためにどんな政を立てようにも、国がなければ何にもならぬのだ。貴様たちは目先のことしか考えぬ。今日のパンのことしか頭にない馬鹿な民たちを守れと? そのためにこの国を犠牲にしろと?」
ギロリ、とローレンシアを睨む瞳は明らかに怒りが刻まれていた。僅かに怯んだのを彼女自身自覚があった。しかし背面から聞こえる剣戟や抜けてきたここまでの道程を思うと、ここで後ずさるわけにいかなかった。ゆっくりと机を回り込んできたロサードは彼女の正面に立つとゆっくり腰の剣を抜ききる。
「それでも気に入らぬというのであれば――あとは剣で聞こう」
構えの体制を取るまで、ローレンシアには攻め入ることが出来なかった。ロサード王の言葉にすべて頷くことは出来ぬとも、理解が出来たからである。しかしその理解はこの場にあってはならないものだった。事実、その理解は彼女の剣を鈍らせる。