第十一話:決起
テリーはエストレージャ城正門の近くにいた。西と東、騒ぎを起こすチームがそれぞれ動き始めたのをやはり闇夜に浮かぶ色で知った。恐らく特攻チームはそれを合図に駆け始めたことだろう。その動きが城に伝われば、真っ先に正門から彼らを討つための小隊が飛び出していく――その相手をするためのチームにテリーはいた。逸る気持ちを最大限に抑える。
近衛兵を実際首になったとはいえ、彼にも親しくしていた兵が数人はおり、その相手をすることにならなければ良いと心の奥底で祈っていた。ローレンシアやヤンには言えなかったが、きっと彼らも同じだろう。自分に彼らと同じだけの覚悟があるかどうか――迷わないわけにはいかなかった。
それでもテリーの気持ちを後押しするのはリンティアの存在だった。彼女を守るためには自分がここでその重圧に耐えなければならない。その事実は彼の気持ちを奮い立たせる。
革命が成功したら、とテリーは未来を思う。どこか落ち着いた街でリンティアと暮らそう。彼女はパンやケーキを焼くのがとても上手かったから、僕はその手伝いをして、穏やかに、幸せに――
「……来ました」
チームメイトの抑えられた声音にテリーは現実に引き戻される。緑の瞳が緊張の色に支配され、彼は腰に帯びた剣を抜く。
「行こう」
短い言葉と同時に彼らは行動を開始した。城の正門から飛び出してきた小隊が彼らを認め、同じように銀の刃を抜く。もう、後戻りは出来ない。
始まった革命の時を、リンティアはオフォスのアジトで感じていた。街はどこかざわざわと落ち着かない。エストレージャ城に最も近いアジトには彼女の他に二人の仲間が来ていた。どちらも予備メンバーから外れたものの戦闘可能な男で、彼女は自分への配慮を感じていた。
祈るように城の方角を見つめる。テリーはにっこりと笑って「大丈夫だよ」と彼女に囁いたけれど、不安が払拭されることはなかった。彼の思想を止めたくはなかったが、テリーの命の危険はリンティアの気持ちまでも毛羽立たせる。
自分の治癒魔法をテリーのために使いたかった、と再度リンティアは唇を噛む。我侭な思いなのは充分承知していたが、リンティアにとって彼は救世主だった。彼がいなければ自分は今頃こんな風に生きていなかったかもしれない。そう思えば、彼のために力を、命を使うことは何の厭いも感じなかった。
しかし彼らが自分の身を案じてくれていることは良くわかった。冷ややかな物言いをしたヤンでさえも、あれは彼の立場上仕方のないことであるということも理解出来ていたし、ローレンシアがこうして気遣ってくれることもわかっていたからこそ、酷く後ろめたくもあった。
「どうか……彼らにご加護を」
祈るしか出来ない自分が酷くもどかしく、握り締める手がみるみるうちに白くなった。
エストレージャ城までの道のりは短いようで長い。東西で起きた騒ぎに駆けつけているはずの国王軍がばらばらと正門前のルートにも現れる。それが偶然なのか計算なのか、ローレンシアたちに考える余裕はなかった。あちこちで賭けられている命を思えば、ぐずぐずしている暇はない。自分たちの攻撃が遅れれば遅れるほど、仲間たちが危険に晒される。そんなプレッシャーの中で四人は城を目指して駆けて行った。
正門が見えてくる。その近くで戦闘を繰り広げている数人が見える。その中にはもちろんテリーの金色の髪が見え、僅かな刹那にローレンシアは青い瞳としっかりと思いを伝え合ったような気がしていた。
「急げ!」
僅かにスピードが緩んだのだろう、ヤンの焦った声が飛んでくる。キィン、と剣戟の音を背中に流してローレンシアは駆けた。
特攻チームの一人がそこで迎撃に遭い、足を止めざるを得なくなる。一瞬で判断を下したヤンが「進め!」とローレンシアともうひとりの男に向かって叫んだ。
城の中は王座の間に続く階段が三つあるはずだ。その中でも、狭くて警備の薄い北階段を突破口に選んで迷いなく走る。ヤンが最初にあがり、そのあとにローレンシアが続く。最後にもうひとりの男が駆け上がる。
「――来やがった、ぞ!」
ヤンの緊張した声が響き、それと同時に階段上から複数の足音が続き、ガキン、と剣のぶつかり合う音。ヤンの大きな身体が一瞬縮こまって見え、それから大きく階段を駆け上がる。その後ろを進むローレンシアにもひゅんと剣が振り下ろされた。