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伝承・御剣  作者: 九本麻有巣
8/18

第八章 その姿、まだ見ぬ死にて鎧われて...

(畜生……何で、見付かったんだ……?!)

 夕陽が沈む。夜の(とばり)黒青色(こくせいしょく)と、夕の日の火赤色(かせきしょく)の境界が、遠くに見える山の稜線と重なり終えた。

 人通りの無い裏道。三津草の街に来て一日にも満たない青年――倉坂(くらさか)洋平(ようへい)――は、ただ闇雲に、来た道を戻る以外に手段()を見出せずにいた。

 背中からは、迫る追跡者達の足音。どうやら、この街の自警団のようだ――その中にいた子供も自警団なのかどうかは、限りなく自信の無い肯定くらいしか返せないが……まァ、どうだって良い事であろう――。追っ手は皆一様に足早(あしはや)で、とても()く事など出来そうに無い。追い付かれずにいるのは(ひとえ)に、倉坂自身もまた持ち得る駿足の成せる業か。

(あの中の誰かが、目的(ターゲット)奇稲田(くしなだ)なのか?)

 だとした所で、自分にはどうする事も出来ない。聞いた情報だけでも、単純に『聖剣』の格と質(レベル)が離れ過ぎている。目的(ターゲット)でないにしても、彼には――彼の『聖剣』にも――戦闘能力など皆無だ。

(アイツら……やり(すご)そうにも、あの巫女さん……異常に勘が鋭いでやがる……)

 角を曲がる度、姿隠しの技で以ってやり過そうともした。しかし、初めに倉坂を発見した巫女装束の美女――海泥麒麟だが――は、見えるはずの無い倉坂の姿を、迷う事なく見付け出した。

(どうして、俺の《Concealer(コンシーラー)》が役に立たないんだ?)

 たった一つの取り柄を無様に看破された事は確かに悔しかったが、それくらいの事でめげてはいられない。だから、醜態を晒してさえも、逃げの一手に出ている。

彪音(あやね)への連絡役を買って出た、俺の面目丸潰れじゃねェか……!!)

 胸中で愚痴(ボヤ)きながら、彼は、自分直属の上司と《沁みる者》を操るイケ好かない女の顔を、交互に思い描いた。

 目の前に、壁が迫る。それを身軽に飛び越えると、すぐそこに広がるのは、永遠の眠りに就く者達の寝床。灰色の墓碑が整然と並ぶ死臭漂う墓地だった。

 墓地特有の黒く寂しげな雰囲気に(もの)()じする事なく、倉坂は一棟(ひとむね)荒屋(あばらや)に向かった。元は墓守でもいたのだろうか?事実は知らなかったが、今はそんな者がいない事は確認していた。今、あの中にいるのは――

大噛(おおかみ)様!!」

 朽ちかけた扉を開き、倉坂は中に居られる御方(おんかた)に、不躾(ぶしつけ)に呼び掛けた。



――――――――――――――――――――



「あそこ!!新屋(あらや)に行った!!」

 煉瓦塀(れんがべい)を飛び越えた不審人物の向かう先。自警団員として街中を隈無く網羅している海泥麒にとって、そこは充分に知識の範囲内である場所だった。

 五十有余年前。『剣聖蜂起の世界大戦』の終戦直後に、街の創始者の元に人々が集まってきた。それ以来、ある者は天寿(てんじゅ)(まっと)うし愛する者に看取(みと)られながら、またある者は不幸な事故によって幸ある未来を摘み取られ。物言わぬ(むくろ)と化した街人達が安らかに―――もしもあるなら――新たなる輪廻の輪の一つとなるべく一時の安息を取っている。街人達からは、「新たなる産屋」――略して「新屋(あらや)」と呼ばれる墓地だ。

 海泥麒は塀の縁に手を掛けると、一飛びに塀を乗り越えた。チラリと後続を見やると、佐土布都と都筑は身軽に飛び越えたようだ。が、後藤と市川は少し手間取っているらしい。水無月――後藤の背中にしがみ付いている――の可愛らしい叱咤の声が飛ぶ。恐らく……後藤が塀越えに手間取っているのは、水無月に責任があると思われる。後藤はああ見えて、年の割りに機敏であるのだ。

 乾いた土に足を着け、灰褐色の石の海に目を向ける。軽く見流すと、例の不審人物は過去には墓守が使っていた、所々に朽ちた木小屋に逃げ込むのを、彼女は見逃さなかった。

(I see... あの青年(ニィちゃん)放出(だし)てた死臭。ここの死臭(におい)だったわけね……)

 胸中にて一人零す。

 煉瓦塀と言う障害物に手間取る後続は(ひと)()ず捨て置いて、海泥麒は不審人物が身を隠す新屋へ足を向ける。

 どうしたものか?と思案を巡らせる。取り囲むか?突入するか?例の不審人物は、明らかに気付いていたはずだ。自分達に、ここに逃げ込む所を見られている事を。それなのに、退路を断たれる事を覚悟しながら敢えてここに逃げ込むと言う事は、策――罠か、それとも仲間か――が講じられていると見る方が無難であろう。

 しかし、この中に何らかの逃げ道が隠されているのであれば、不審人物を見逃す事にも成りかねない。

 逃げられた所で、以後この街に良からぬ事を考えないのであれば、無駄な時間を過ごさなくて良い分、楽だ。

 だが、この先仲間を引き連れてやって来る可能性も否定できない。否定できない以上、警戒を()いられる事になるであろう。二度とこの街に寄り付かないと言う可能性もある中で、だ。それは……正直、御免(ごめん)(こうむ)りたい。

 僅かな時間の逡巡では、決断を下せなかった。

 取り敢えず、踏み込むにしろ取り囲むにしろ、後続が追い付いてきてからの方が賢明だろう。

 ガォン!!

 踏み(とど)まり、小屋との距離を置いた瞬間だった。朽ちかけた木壁が、その一瞬を見逃さずに緋色の(いろど)りを添えられる。

 腐壁を赤く染めるのは炎。女性であるとは言え、海泥麒の半分程ならば優に呑み込める程の直径を持つ、深紅(しんく)の火線だ。

 ほぼ直線に伸びる炎の焼撃(しょうげき)。本能と呼ぶべき直感と、動物的な俊敏さで以って、辛うじて身を倒し、強引に(ひね)る事で焼撃(それ)を回避する。赤色の仔馬の尾状の髪(ポニーテール)が竜巻の様に渦巻き、海泥麒に(あわ)せて宙を踊った。

 地に足を突ける。前のめりに倒れるより先に左腕で身を支えると、彼女を案じて駆け寄ろうとする仲間達を軽く右腕で制する。鋭い視線は小屋の方を注意深く()()える。

「アララ、失敗(ハズ)しちまったかァ?」

 木を(くすぶ)る臭いと、土を焼く臭いとが鼻を刺して責める。そんな中で、どこか巫座(オド)けた調子が神経(カン)に触る物言い。

「大噛様。まだ彪音の奴、何も行動起こしていないようですけど……オッ(ぱじ)めちまって良いッスよね?」

 焼き払われて新しく創り出された出口から、だらしない長身の男が姿を現わす。道化師(ピエロ)を思わせる一挙手一投足。右手には波状の両刃を持つ火炎の形(フランベルジュ)と呼ばれる凶悪な両手剣が引き()られている。よくよく観察すれば、それが熱気を伴い、蜃気楼で揺らいで見える事に気が付く。

 そしてまた、男の両瞳は、蛇のそれを連想(おも)わせるように、(あか)く……縦に穿たれていた。

「さて……あの瞳に驚くべきか、炎の能力に(おのの)くべきか……どう思うかしら?霖ちゃん」

 立ち上がり、傍らにチョコチョコと寄って来た水無月に問う。彼は、「?」と言う顔で見返してくれただけだった。

「ま、別に構わんさ。本気で功を立てたいのなら、とっくに行動を起こしていて然るべきだしな。待ち草臥(くたび)れたのは、儂も同感だ」

 蛇眼の男に応え、声が響いた。良く通る、と言った(たぐ)いの声では無い。単純に、声量が大きいだけで、熊の(いびき)にも似た、空気を震わせる声だ――もっとも、熊の鼾など聞いた事は無かったが――。

 ただ……その声量のせいだけではないだろう。腹に響いてくるのは。

 理性を持つために弱くなった人間の本能。それに直接訴え掛ける、圧倒的な威圧感――恐怖と呼ばれる圧力に、魂が()されている。

 唾を飲む音が、幾つも重なる。どうやら、海泥麒だけではなかったようだ。恐怖を嗅ぎ取っていたのは。

 そんな自警団員達をよそに、新屋から姿を現わす男達。例の外套(マント)姿の不審人物と蛇眼の道化師(ピエロ)を初めとして、計六人。前者の二人以外は、それぞれが業物(わざもの)とは言えない――しかし粗末と言う程でもない――長剣(ロング・ソード)を手にしていた。

 そして、間を置いて更に一人。小屋の裏側――正確にはそちらが正面であるのだが、自警団員の皆から見ると、取り敢えず裏側だ――にある扉から、ヌゥと現わす姿が一つ。

 扉から出たそいつの後ろ姿が明確(ハッキリ)と見えた。そう……小屋を一つ(さしはさ)んでいるにも関わらず。

「What a giant...」

「バケモノ……」

 それを、人と呼べるのかどうか。言葉を乾かして呟きを漏らす佐土布都と海泥麒の二人にも、肯定する自信は無かった。

 巨体――。希臘(ギリシア)神話に登場する巨人(ギガンテス)か、北欧神話に登場する巨人(ヨトゥン)であろうか?その姿は、異様にして威容であった。

 瞳は赫く燐光を灯し、薄闇の中にあってさえ(おの)ずと映える。狂気で知性を覆い隠そうとするかの如く、禍々(まがまが)しいまでの赫の色。それは正しく蛇の瞳。

 直立すれば小屋を超えて視認出来るその身の丈は優に2[m]50[cm](2メートル半)を超える。腕にも脚にも、その巨大を動かすに充分な、寧ろそれよりも余剰な筋肉が締め付ける。全身から(かも)し出す威圧感は、あらゆる野生動物が本能から恐怖を感じずにはいられない程に強烈だ。(いか)つい面相など、もはや付属品(オマケ)でしかない。

「……奇稲田は……いないか。まァ良い」

 巨人・大噛が、自警団の一同に一瞥をくれる。市川と都筑は、ただそれだけで圧倒され、数歩、後退(あとずさ)っていた。黄色の風除け服(ウィンド・ブレイカー)に込められた使命感がなければ、その(まま)脱兎の如く逃亡の道を選んでいたに違いない。彼等を縛り止めたのは、心に持つ「使命感」の賜物だ。

 海泥麒も、佐土布都も、後藤も、その感情を表に出そうとはしなかったが、共感している事に自覚を覚える。水無月は……海泥麒の巫女服の裾にしがみ付き、恐怖に震えていた。

火端(ほつま)貴様(ヌシ)達で適当に()んでやれや。新鮮な死体(ホトケ)の一つ二つも添えて伝言くれてやりゃァ、あの裏切り者の方から接触(コンタクト)を取ってくれるさ」

 面倒臭そうに呟く。そこには、人の死に対する罪悪感も哀悼感も無い。歓喜の感情も無いのが、人としての最後の救いであろうか?それとも、無感情だからこそ、命への重みが尚稀薄になるのであろうか?

「大噛様。あの女は?」

 海泥麒を指差して男の一人が、下卑た笑みを零している。考えている事が手に取るように解かる、卑しさだけが表面に滲み出る、最低な笑みだ。

貴様(ヌシ)達で好きにしろ。わしはただ、黄泉津(よもつ)様に裏切り者を届けるだけだ」

 大噛の言葉に、彼の手勢が快哉の声を上げた。

 その声に、海泥麒が深い嫌悪感を感じた時、

「やいやいやいやいやいやい!!お前達、さっきから聞いてりゃァ言いたい放題言い並べて!!」

 佐土布都だった。大噛への恐怖は拭えずとも、ここで退()けない理由(ワケ)があった。虚勢を張ってでも、自分を鼓舞していかなければいけなかった。

「僕達を、一体どうするつもりなんだって?」

 一歩足を踏み出す。海泥麒の隣に立ち、佐土布都が言った。

「何者か知らないけどさ」

 両手を大きく、()ったばかりの夜空へと挙げる。左の(てのひら)に右の握拳(にぎりこぶし)の親指を当てた時、彼の両掌に細かな紅色の星の乱舞が発生(うま)れる。

「怪我しないうちに」

 振り下ろした少年の右拳の軌跡に沿って、背中に流される左掌に沿って、星の乱舞は収束(むす)ばれていく。その様相(さま)(あた)かも、左手と言う鞘から一振りの刀を抜刀するように見えた。

「大人しく」

 弧状に収束(むす)ばれた星達(ひかり)は、竹のように(しな)り踊り、真直(まっす)ぐな棒状に成る。そして、一度開いた右拳をもう一度強く握り直した時、

御縄(おなわ)につけば?」

 光が……散華(はじ)けた。

 代わり現れたのは、刀身だけでも224[cm]に達する、反り身を持たぬ片刃の長尺の刀。柄の部分だけが常識の範疇にある事で、その刀は更に不恰好さを演出した。

 星屑達は、次の瞬間には消失(きえ)ていた。

「ほほォ……『聖剣』か……」

「佐土布都の魂の中に継がれる、雷振るいの『聖剣』。神代の軍神の名を冠して、《建御雷神(たけみかずちのかみ)》と銘打たれる。詳細の語りは途絶えていようと、由緒正しき神代級(ミシカル)の『聖剣』だ」

 赫の瞳を細める巨人の言葉を受け、佐土布都が柄に両手を添えた瞬間、

 バシィィィィィィィィィィィィィィ!!

 と、空気を裂いて霹靂(はたたがみ)が鳴り響いた。うねるように踊る雷は、空から襲う大自然の脅威ではなく、剣身から身を躍らせる神秘の雷。

「裁くためじゃァ無い。ただ、屠るための雷。食らって消し炭になるか、尻尾巻いて逃げ帰るか……今すぐに選んじゃって欲しいァ」

 剣身に(まと)わる青白い光が(ほとばし)るごとに光を放つ。その光に顔の陰影(かげ)を強くして、佐土布都は精一杯に凄んで見せた。――本音を言うと、立ち去って欲しかったりする。

 しかし、当の大噛は、

「ククク……」

 確かな嘲りを隠そうともせずに、笑っていた。

「何を笑っている?!」

 大噛の笑みに含まれる感情を目敏(めざと)く読み取ると、カッとなって怒りを(あらわ)にする。戦人であるならば、感情の自己制御(セルフ・コントロール)(おこた)らぬべきであろう。

(ワリ)ィ悪ィ」

 大柄な体躯に似合わぬ含み笑いを零した大噛が、謝罪の言葉を述べる。しかしその言葉に謝罪の感情が含まれていないのは明白で、どこにも悪びれた様子など無い。それどころが、続いてこうも言った。

「あまりに滑稽だったもので、思わず(つい)……な」

 大噛の言葉に、取り巻きの爆笑が渦巻いた。

「何が可笑(おか)しい?」

 叫ぶが、男達の笑いは収まる事を知らない。ただ、六人の従者達が主人のために道を空けるようにして、場を引いただけ。

 残される形になった大噛は、生まれたばかりの月の光を冠したままにニィと凶悪な笑みを浮かべ、その身に星達を(よろ)った。

 発生(うま)れる――星屑達の乱舞が。土気色の(おぞ)ましい、死に星達の狂気の乱舞が。

 収束(むす)ぶ――纏わる死に星達が(いざな)うは、鼻孔に()える生臭い「死」の(かお)り。

 散華(はじ)ける――瞬間、死に(どこ)であるこの場の死臭を更に鮮明に塗り替えてしまうかと思える程に強烈な死臭を()き、死に星達の乱舞は終劇した。

 消失(きえ)た光の中に立つのは、一回り巨大な物体。

「…………」

 それが大噛であると気付くには、十数秒もの空白の時間が必要であった。

「目を反らさずに見えているか?これが儂の『聖剣』《大雷邪巳(おおいかずちかみ)》。死出の旅中に逝った時には、土産話の一つにでもする事だ」

 簡単に受けたその口舌(レクチャー)に、漸く零れる言葉があった。

「『Govannon』? Get along with you!! It can safely be said "Monster"...!!」

 恐怖に震えようとする全身に気力を注ぎ、気丈に振る舞う海泥麒。ここで恐怖に身を(ゆだ)ねてしまえば、仔猫のように震える水無月を守る事さえ侭ならない。見れば、佐土布都も後藤も都筑も市川も。皆、恐怖を抑え込む事で精一杯のようだ。それでも、恐怖に精神(こころ)を蹂躙されないだけ、まだマシであろう。

 恐怖で反らしてしまいそうな視線を、必死に叱咤して、どうにか大噛を直視する。

 大噛の『聖剣』は、一言で表わすならば、「醜怪」の一言で事足りよう。今の大噛(それ)を「人」と呼ぶには、人を自身に模して創ったと言う神に対する冒涜(ぼうとく)以外の何物でもない。

 瞳は変わらず赫い蛇眼。全身を覆うは、分厚い土気色の鱗。頭部に(から)むようにして、鎌首を(もた)げる巨大で長大な大蛇(おろち)!!()の瞳は主人と同じく、縦に穿った赫い瞳孔を持っていた。

 しかし、辛うじて人型を保つ大噛を、人と称したくない(しか)るべき理由は、他にあった。

 全身を隈無く覆う爬虫類の鱗が放つ死臭。その大元が、大噛の持つ『聖剣』の物だったから。

 (ただ)れ落ちる腐肉。饐え尽きた蛇の鱗。泥質(でいしつ)の身肉から覗く、白濁色の骨。大噛(それ)を呼ぶなら、ヴードゥー教の屍人(ズンビー)だろう。海泥麒が怪物(Monster)と称した所以(ゆえん)だ。

「成る程……(自分)達の自信にもこれなら充分(うなず)けるわ……。正直、今程(自分)の身近に『死』を感じた事は無いわ……」

「正直じゃないか。中々、見所があるぜ」

 涼やかな闇に澄み渡る海泥麒の声は、思いの他良く響く。小さな呟きを耳聡く聞き付けた大噛が、別段嬉しくもない世辞を返した。

「でもね……。戦いってのは、人数(かず)じゃなくって実力(しつ)だって事、知ってる?一見頼り無くしか見えなくたって、佐土布都(さじふっ)ちゃんの《建御雷神》は、神代級(ミシカル)の『聖剣』。『剣聖』の未熟さを補って余りあるような業物よ」

 海泥麒の口上の裏では、不満さ一杯の佐土布都の突っ込みが為されていたが、それは話の流れに乗れずにいる。

「こっちの霖ちゃんだって、子供なりに百年級(センテニアル)の『聖剣』を受け継ぐ、立派な『剣聖』。都筑ちゃんも市川も後藤さんも、生身ながらに少数精鋭の自警団員。百年級(センテニアル)の『剣聖』を相手取っても不足しないわ」

 そして、海泥麒自身も千年級(ミレニアム)の『聖剣』を持つと告げる。

 別に、個人紹介をわざわざ行なっているわけではない。萎縮(ビビ)って逃げてくれれば儲けもの。そうでなくても、口上中の時間稼ぎで策が見出せればそれはそれで儲けもの。成功率の点では極めて低いが、手痛い竹箆(しっぺ)返しの無い軽い賭け事(ギャンブル)のつもりで、海泥麒は言葉を連ねていたのだが、

「フム……」

 海泥麒の口上を遮る形で、声量の大きな大噛の呟きが聞えた。

「確かに、実力(しつ)の面では、儂等は随分と分が悪いようだな……」

 腕を組み、今度は大噛が口上を始めた。

「儂の《大雷邪巳》は神代級(ミシカル)の『聖剣』。火端の《Muspells(ムスペッル) Heimr(ヘイム)》は千年級(ミレニアム)。だが、倉坂の《Concealer》は百年級(センテニアル)な上に戦闘向きではない。井上(いのうえ)木地本(きじもと)(つつみ)渡邊(わたなべ)に至っては、『剣聖』ですらない」

 妙に芝居がかった大噛の困り言葉に、海泥麒は「もしや……」と言う、甘い期待に胸が膨らんだ。

「だったら、素直に逃げ帰ればどう?今後二度とこの街に近付かないと約束するのなら、黙って帰してあげても良いわよ?」

 言ってから、胸中で一言付けて加えた。「嘘だけどね……」と。連中は言っていた。「裏切り者」がどうのこうのと。そう言った手合いが、仮りにこの場を退()いたとして、次が無いわけがない。準備を万端に整えた後で、再度奇襲を掛けようとするに決まっている。決め付けかもしれないが、それでもその可能性は零になるまで叩き潰さなければいけない。

 そんなわけで、海泥麒は「連中がこの場を退いたら、八咫ちゃん使って居場所を捕捉してから出向いてかなきゃね……」などと、顔に似合わず物騒な事を考えていた。

 だが――

「しかし、その実力(しつ)の差を埋める(すべ)が儂等にあったとしたら、貴様(ヌシ)はどうする?」

 期待外れ以上の思いが、海泥麒の胸を攻め始めた。

「... What's that? 」

 舌打ちと同時に、海泥麒は短くそれだけ尋ねた。幸い――かどうかは問題ではないのだが――初歩的な英会話には不自由しないようで、大噛はそれに応える形で更に言葉を繋げた。

人数(かず)だよ。貴様(ヌシ)がついさっき否定した。仮りに実力(しつ)の差が十あるのなら、対する人数(かず)を二十に増やせば、その差を圧倒する事が出来る。子供にでもわかる算数だ。そう……例えば、こんな風にな」

 言うが早いか、《大雷邪巳》がその腐った生首を夜空に向けて、苦しみ(あえ)ぐような咆哮を上げた。

 暫しの静寂……。

「一体……何がしたい?」

 周囲に警戒を怠らず、佐土布都が疑問を口にした。

「慌てるなよ。……ホラ、すぐだ」

 言うが早いか、大噛のすぐ右隣で冷たく時の流れを刻んできた墓石の前土が、モコリとせり上がった。

 まるで、子供が指人形でも演じるかのように土は下手糞に踊り――穴が開いた。月明かりを浴び、「それ」は土の中から芽を出した。白く濁った色をした、(いびつ)な円柱が連なり合い、ある見慣れた「物」を模している。

「……おいおい……」

「冗談……だろ?」

「ホ……」

「……骨……ね……。掌かしら?……稚拙な造りだけど……。それとも、これこそが本当の『精巧』なのかしら?」

 そう。少し濁った白い「それ」は骨。模している「物」は掌。骨の掌は海藻のように少しの間だけ身をのたくらせると、手首を曲げて大地を鷲掴みにする。

 開いた穴からもう一つ、対の掌が顔を出し、更に眼窩(がんか)(ほら)を持つ頭蓋骨が顔を覗かせる。日本の妖怪にも餓紗髑髏(がしゃどくろ)なる存在があるが、より有名(ポピュラー)な表現に(のっと)るなら、西洋の死霊――骸骨(スケルトン)の方が良かろう。

「どうする?なんて言うのか……正直に言うけど、僕は恐いよ」

 ノタクタと土を掘り、全身を引き摺り出すのに必死になる骸骨(スケルトン)から離せなくなる視線をそのままに、ツツツ……と海泥麒に(にじ)み寄り、小声で呟く。残念ながら、佐土布都の意見に、海泥麒も異論は無かった。

「僕的には、逃亡ってな作戦(ヴィジョン)があるんだけども……」

 隣合わせの墓石の前土が盛り上がるのを見るなり、佐土布都は極めて逃げ腰な策を提案した。

(自分)、アイツらの話、聞いてなかったのかしら?『一つ二つの死体を添えて』……てやつ」

 場違いに呆れてみせた。

「If we'll escape...」

「街の誰かが……て?冗談じゃないね」

 自嘲の笑みで、自らの作戦(ヴィジョン)を却下した。

「だから……て、戦ったとして?」

「勝てる気はしないわね。既に気迫で負けてるし……まだまだ増えそうよ、あの骸骨君達」

 上擦り調子な都筑の質問に、自信たっぷりに答えている。

 定まらない視線は、最早泳ぐ以外に手が無い。あちらにもこちらにもと墓土が不細工な土山を築き始め、どこに焦点を合わせて良いのか判断つきかねる状況になっているからだ。せめてもの救いは、大噛達がこちらの相談事に時間を与え、明らかに遊んでいる様子である事であろう。だからと言って、油断は出来ないが。

「じゃァ、どうするので?」

 市川が問う。

 実を言うと……海泥麒には一つ、作戦があった。単純で、極めて消極的な作戦だ。

 今、他に手段がないのなら、それが最良の策であろう。

「霖ちゃん」

「え?」

 海泥麒の足にしがみ付き恐怖に震えるだけだった水無月が、不意に呼ばれ、顔を上げた。

 海泥麒は水無月と顔を合わす事もなく、簡潔に告げた。

薙葉(なぎ)ちゃん達、呼んで来て頂戴」

 作戦は、非常に単純(シンプル)だった。「増援を呼ぶ」。たった、それだけの事。

「そんな!ぼくだけ逃げれないよ!ぼくも戦う!ぼくだって自警団なんだもん!!」

 最大限の勇気を振り絞っての言葉だろう。小さな体は、それでもやはり恐怖をそのまま出していた。

 嬉しい事言ってくれるわねと、海泥麒が声に出さずに呟いた。しかし、

「駄目よ、霖ちゃん。(自分)は今日、非番なんでしょ?休む時は休む。それもまた、自警団の勤めの一つ。それも出来ないと言うのなら、自警団を今後、名乗らせないわよ」

 優しくも、厳しい口調で投げ付けた。

「でも……」と、水無月は逆らおうとしたが、言葉を呑み込んだ。

「だからって……」と、水無月は反論しようとしたが、口を(つぐ)んだ。

 海泥麒の顔を下から見上げる。

 水無月の瞳一杯に涙が浮かんだ。悔しくて……悔しくて……。

 俯き、涙を流す水無月に、海泥麒は意識して冷たく加えた。

「良い?今から一目散に逃げる事。立ち止まられると……『邪魔』になるから……」

 食い縛った歯が、軋む音が聞えた。心苦しさを抑えながら、海泥麒は両腕を前に下ろし、交差させた。

 下ろし、交差させた両袖から、落ちる様に現れる扇子(せんす)二差(ふたさ)し。優雅に舞い広げると、描き出さるるは、純白(しろ)き百合と真紅(あか)き薔薇。二つの華やかな華紋が、海泥麒に更なる彩を与える。

「もう、別れの挨拶は済んだのか?辞世の句でも詠みたいんだったら、まだ待ってやっても良いが?」

「Don't talk nonsense!! 誰の辞世の句よ?これから詠むとするのなら、(自分)達の御経(おきょう)(いの)りくらいのもんよ!!」

 大噛の圧倒感に真っ向から(あらが)い不敵に笑い、海泥麒は油断無く構えを取る。構え(それ)は戦に臨む勇敢なる武闘家(ファイター)としての構えではなく、舞いの一つでも踏もうとする優雅なる舞踏家(ダンサー)としての構え。

 既に周囲は二十体近くの死霊に囲まれている。距離は、まだ20[m]程ある。死霊達はカクンカクンとだらしなく緩慢な動きで間合いを詰め始めていた。

 海泥麒に倣い、佐土布都も、続いて都筑・市川・後藤も、いつでも戦いに臨めるよう、構えを取る。

 一人、水無月だけが足腰に力を溜め、いつでもそれを解放できるように身構える。

「それじゃ……」

 桜色の唇を(なま)めかしくなめずり、ポツリと呟くと、

「薙葉姉、呼んでくるまで……怪我、しないでよ」

「Go ahead, Minaduki!!!」

 (きびす)を返し、一枚の言葉を残す水無月に、海泥麒が叫んだ。

 衣の裾が(ひるがえ)り、急勝(せっかち)に攻め寄る二体の骸骨の体を横に大きく吹き飛ばした。

 戦いの火蓋は、強制的に切って落とされた。

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