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伝承・御剣  作者: 九本麻有巣
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第五章 その出会い、定めの名の輪に組み敷かれ...

沙梛(さなぎ)君。行き倒れの方の容態は……予想以上に良好な様子ですね」

 結局、伊真の説得――かどうかは(はなは)だの疑問は残るが――に折れた尾羽張は、寝台(ベッド)に横になり、大人しくしていた。それから、間も無くの事であった。

 軽やかな調子(リズム)を刻む叩扉(ノック)の音のすぐ後に、そんな言葉を引き連れて、青年が姿を現わした。

 青年を一言の陳腐な言葉で要約するならば、長身の美丈夫。尾羽張も身長は高い方であるが、彼はその尾羽張よりもさらに頭一つ(ぬき)んでて高かった。

 年の頃は二十代前半から中盤。二十四・五であろう。綺麗に後ろに流された髪の毛の色は鮮やかな黒。

 柳眉(りゅうび)鼻梁(びりょう)唇歯(しんし)――全てを含む顔立ちは、およそ日常での存在を疑ってしまいそうな程に端整で、自前であろう甘い笑顔(マスク)が、自然に似合う優雅さが印象的だ。

「……生命力は御器噛(ゴキブリ)並みね……」

 長身の青年の後ろから、いきなりにしてあまりに無作法な言葉。感情の込められていない、鉄のように無機質で冷たい印象の声。

 別に隠れていたわけではなさそうで、声の主は青年の背中から、静かに現れた。

 身長は、女性にしては高い方であろう。長身の青年を並ぶと、丁度良い身長比の釣り合いが取れる。

 抜群に均整(プロポーション)の取れた肢体は、成熟した女性の魅力だけではなく、何者をも惑わす蠱惑(こわく)の魅力も共に纏っている。

 瞳は全てを吸い込まんばかりの漆黒。腰まで伸びる真っ直ぐな長髪ストレート・ロング・ヘアは、同じく見事な漆黒の彩り。沈み消える寸前の太陽から僅かに取り込まれる光を受けて、幻想的な滝のようでさえあった。

 顔の造りも、一流と呼ばれる彫刻芸術よりも美しく整い、(うっす)らと白い陶磁のような肌に、口紅(べに)を塗らずとも鮮血よりも赤く映える唇が、惹き付けて止まない印象を心の奥底から表面にまで残す。

 彼女を美しく見せるのは、その造作のみではない。ミロの女神像(ヴィーナス)は、両腕が()いからこそ、人の想像力がその美しさに磨きを掛け、深みを増させていると評した評論家がいたそうだ。例えば、その両腕はいかようにして、その肢体を包んでいたのか……翳していたのか……それとも、愛撫していたのか……と。彼女の場合、欠けているのは喜怒哀楽の表情だった。ともすればその無表情が全てを台無しにしてしまいそうでありながら、彼女はその無表情を、さらなる美貌へと昇華させていた。

伽模(かがみ)君。初対面の人に対して、不躾(ぶしつけ)ですよ……」

「顔見知りに対してだって、充分以上に不躾だと思うわよ。わたしは」

 (たしな)める青年の言葉に、女性は無感情な言葉で正論を返した。ただ、自分の行為を(かえり)みているのとはまた、訳が違うようだが。

「解かっているのでしたら、おやめになった方がよろしいのでは?」

 尾羽張に()かされて食器の洗浄をしていた伊真――また脅しの材料(ネタ)に使われるのを、尾羽張が嫌悪したためだ――が、少しだけ窘めるようにして言った。

「言っても、無駄でしょうけどね……」

 仕方無さそうにそうやって後を続けていたが。ある種の諦観じみた言葉を吐き出したようだ。

 尾羽張はと言うと……チラリと冷ややかに一瞥をくれただけで、後は別にどうと言う事も無かった。興味無さげに、枕に顔を(うず)めている。言わなくても、もうお解かりいただけるであろうか?そう、如何でも良い事なのだ。

「ところで、どうやら食事の最中だったようですけど。私達の分もございませんかね?少々、空腹気味でして」

 腹を押さえ、振り付け(ジェスチャー)付きでそう言うと、青年は伊真に催促する。

「ありますわよ。どうせ皆さん、いつも(わたくし)の所へお夕飯を取りにいらっしゃるじゃないですか。(りん)君と(わたくし)の分だけでは、とてもとても……」

 そう皮肉って言いながらも、彼女の瞳は迷惑がるどころか楽しげでさえあった。

 伊真が台所(キッチン)に姿を隠してから暫く待つと、暖かな匂いを連れて、温かなシチューが彼女の手によって運ばれてくる。

 それを食卓(テーブル)に並べて、伊真は二人の美貌の持ち主達に微笑みかける。

「いかがですか?八咫(やた)さんも。八尺瓊(やさかに)さんとご一緒いたしませんか?それともまだそう言う気分ではないのでしたら、もうそろそろ叢雲(むらくも)さんもお稽古を終わらせて帰ってくると思いますし、その時ご一緒致しまスキャ?!」

 唐突に変化した口調。尾羽張のそばまで近付いた時――特に用があったわけではなく、フラフラと足を動かしていただけだが――、前触れ無く()ね上がった彼に驚いたためだ。

 どうしたんですか?と言う言葉は、驚きによって起こされた動悸に掻き消され、ただ、瞳だけで問い詰めた。しかし尾羽張は、そんな伊真を無視したまま呟いていた。

「八咫に……八尺瓊に……。……叢雲……か……」

 辛うじて三人が聞き取れた、自分達に馴染みの単語。続いて洩れた呟きはしかし、他の誰にも聞き咎められる事なく、霧散する事だけを目的に吐かれた。

「道理で……八首魁(ヤツら)が狙うはずだ……」

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