Chapter[2]
その造りは至って簡素だった。空間を隔てる壁は殆ど無く、玄関以外の二つの扉は風呂や便所に通じているであろうと容易に想像出来る。土間も暖炉も机も椅子も、台所に箪笥や本棚でさえも、家として有るべき物全てが一つの大きな部屋に収まっていた。
「少しそこに座ってな。今に飲み物でも用意するさ」
暖炉に近い椅子を指差し、老婆が台所へ向かう。彼は言われた通りにそこへ腰掛け、使い古されてささくれ立った机に目を落とした。良く見ると平坦でない天板の上で、何かを零した跡や、どうやってか付いた焦げなどがその木目を強調している。
「確かこの辺に……おおあった。良し良し、どうやらカビてはいないみたいだね」
食器棚を弄って彼女が取り出したのは、これまた木で出来た不格好な茶器達だった。仕舞ってあった場所からも彼女の台詞からも、余程使われていなかったことは明白である。
水を汲み置きした甕に茶釜を通し、蓋をする。それから彼女は一旦台所を離れると、暖炉の前で火打石を擦り始めた。
「大変ですね」
「何言ってんだい。火を起こしてから客に飲み物を出すまでが『スフャーツィ』だよ。リェリの女はこれが出来なきゃ嫁の貰い手がないのさ」
「スフ……何ですって?」
復唱しようとして出来なかった彼が、咄嗟に胸ポケットから手帳と万年筆を取り出す。彼女は子供に教えるかの如く、ゆっくり、はっきりと言い直した。
「スフャーツィ。茶を淹れる、とか、そんな風に訳せば良いんじゃないかね。……まあ、尤もその真の意味はリェリにしか分からないんだが」
後ろに多少の嫌味を付け足しつつも、彼女は火口の小さな火を枝へ、更に薪へと順に拡げていく。彼はその慣れた手付きに見惚れていたが、すぐにはっとして手帳に聞いたままの音を写し、隣に意味を書き添えた。
「そんな事したって何の役にも立たないよ」
暖炉にくべた薪の一本をを竈に移した彼女が言う。竈に置かれた茶釜は漸く温められ始めたが、湯が沸くにはまだまだ掛かりそうだ。
別に止めはしないさ、と付け足した彼女に、彼が何か返す事はなかった。代わりに窓の外へと目をやると、丘の向こうで、空や鉤状雲、そして草花達を想像よりも遥かに色付けた夕日が今に沈もうとしていた。




