ギルドの受付係~裏方に配置換え希望します~
今日も世界は回っている。
たとえ誰かが路頭に迷い世界を呪ったとしても。
たとえ誰かが長年の夢を叶え感涙にむせんだとしても。
たとえ、私が強面の冒険者に威圧をかけられ、震えあがっているとしても!!
「ですから、その依頼は先程他の方が受領されましたので、受けられないんですぅぅぅぅ。」
もうこの仕事辞めたい。
私の名はフィーリル。獣人だ。
獣人とは、多種多様な獣の耳と尻尾が特徴で、身体能力に優れた種族の事。
当然私にももっふりとした三角耳と、くるりと綺麗に巻いた自慢の尻尾がある。
が、全体的に丸い輪郭の顔、肩の上で揺れるハニーブラウンのゆるふわ髪、ダークブラウンのどんぐり目、残念ながら伸びなかった身長を総合して、実年齢よりもかなり下にしか見られたことはない。
あと、鈍くさそうって言われることが多い。私獣人なのに。まぁ、その通りなんだけれども。
田舎ではちょっとした小遣い稼ぎに、ギルドに登録していたが、魔獣盗伐なんて怖くて無理。
兄たちに引きずられて数回は参加したけど、いやあれ無理。魔獣怖い。
スパルタ鬼畜兄ーズのせいで、ランクだけはCだったけど、一人だったらEランクの薬草集めが限界です。
あと、冒険者も怖い。見た目だけでも怖いのに、ちょっとでも気に入らないと怒鳴るし、暴れるし、睨んでくるから嫌いだ。
だから、成人した後王都に移り住むことになったのを切欠に、冒険者を辞めた。
何より、薬草集めだけでは、生きていけないからね。
そんな私の仕事はというと、王都ギルドの受付事務だ。
小心者で冒険者が苦手な私が、なぜ猛者が集うギルドの受付に立たされているかというと、偏に陰険上司の陰謀だ。
こんな、筋肉ゴリラ大戦争の最前線に立たされるとわかってたら、採用試験に応募なんてしなかった。
私は後方事務の採用試験を受けたの!
求人広告にも“静かな環境でゆっくり仕事ができます”って書いてあったし!
給料も良かったし、ギルドの内部なら、冒険者入ってこれないって思ったんだよ。
それが、なにが裏方事務だ。どこが“静かな環境でゆっくり仕事ができます”だ。
毎日乱闘騒ぎで怪我人出まくりの、賑やか且つ血生臭い環境じゃねえかよと。
幸い女神のような優しい先輩が居てくれるから、今までなんとかやってこれた。
が、こんな職場私は求めてなかったからな?
内心はヤサグレつつ、必死に愛想笑いを浮かべ、目の前の筋肉隆々な冒険者の胸辺りに視線を彷徨わせる。
顔なんて見れるわけがない。目が合ったら私のガラスのハートが恐怖で砕け散るわ。
そんな私の心境なぞ、全く考慮する気のない冒険者は、ダン!と机を力任せに殴りつけた。
「俺の方があいつよりも先に目を付けてたんだ!あいつに依頼を取り下げさせろ!」
ひぃぃ怖いぃぃぃ!
足の間で縮こまってる尻尾が、さらに小さくなる。
耳なんか最初からぺったり伏せてるから、私の心情なんて誰の目から見ても一目瞭然なのに、遠巻きに見てるだけで誰も助けてくれない。
こんな時すぐ助けてくれる女神様先輩は、 上に呼ばれて不在。
上司に助けを求めて目を向けると、ニヤニヤして見ている。
完全に私の反応を楽しんでるのが丸判りだ。
ハゲろ!ハゲ散らかせ!!私らのようなヒラ受付ならともかく、お前役職だろう!?トラブル対応しろよ!!
もう辞める。明日の朝一に辞表出す!
私が余所見しているのが気に入らなかったのか、目の前の冒険者が聞いてんのか!?と怒鳴った。
竦み上がって慌てて前を向くけど、絶対に視線は上げない。無理です。
「で、ですからもう受理されて、手付金も支払われたので取り下げはできないんです。」
「ごちゃごちゃ言ってねえでいいからやれよ!!」
「で、できないものはできないんです。ギルドルールですから!」
ギルドにはギルドのルールがある。
それを遵守できない人は、ギルドカードを剥奪され、もう二度とギルドからの仕事は貰えなくなる。
最後の切り札を出し、恐る恐る冒険者を見上げ…るんじゃなかった。
視線で人を殺せるなら、私今死んだ。怖いなんてレベルじゃない。
カタカタと全身が震えだし、目には涙が浮かぶ。
こめかみがひんやりと感じるのは、きっと血の気が下がっているからだろう。
もう、むり。
恥も外聞もなく、泣いて逃げ出そう。
そう思ったその時。
目の前の冒険者の肩から、ぬっと手が生えた。
いや、違う。誰かが男の肩に手を置いたんだ。
「おい。さっきから聞いてりゃ、随分と勝手すぎるんじゃね?」
呆れ交じりの声に、ぺたりと後ろに伏せていた私の耳がぴくりと震えた。
天の助け!救世主だ!
口は悪そうだけど、きっといい人に違いない!私の獣人の勘がそう言ってる!
少しだけ浮上した私とは反対に、冒険者は恐ろしい形相で舌打ちをした。
「うるせぇ!邪魔すんじゃね…ぇ。」
言いながら後ろを振り返った冒険者が、固まった。
誰だろう?恐る恐る視線を上げて見たが、でかい体が邪魔で、向う側にいる救世主の姿がこちらからは見えない。
「ああ?受付の邪魔してんのはアンタだろ。さっきからうぜえんだよ。」
「あ…いや、その…。」
先程の勢いは何処へ行ったの?ってくらい、か細い声になる冒険者。
おい、私に対する態度と大分違うんじゃないの?と思っても、口は挿みません。小心者ですから。
内心イラッとしつつ、無言で冒険者と救世主のやり取りを見守る。
「アンタが受付に当たるのは、どう考えてもお門違いだろ?」
「ちがっ!」
「何が違うんだよ。アンタが女を追いまわしている間に、他の奴が依頼を受けた。それだけの話だよな?それで、どうしたら依頼を取り消させろなんて話になるんだ?あ?」
うん?つまり、この人が女の人をナンパしてる間に別の人が依頼を受けた=依頼を横取りされたと?
シーンと静まり返ったギルド。全員の視線が目の前の冒険者に向けられた。
勿論、心底呆れたような視線だ。
「く、クソッ!!」
視線に耐え切れなくなった冒険者が、慌てて逃げ出そうとするが、右腕を掴まれて引き戻される。
そこで初めて救世主の姿が見えた。
私と同じ獣人。シルバーブルーの耳と尻尾から、同じ犬系と思うけど、私とは天と地ほどに違う。
見上げる程の高い身長。服越しにもわかる、引き締まったしなやかな体。アーモンド型のやや鋭いアイスブルーの目は、逃げ出そうとしている冒険者に向けられていた。
「おい、こいつに何も言わずに逃げ出すつもりか?」
「へ?」
私!?いやいや、もうこのまま行っちゃってください!私の事はなかったことにしていいですから!
涙目のままフルフル首を振るが、気付いてもらえない。
すんごく嫌そうな顔の冒険者を、早くしろとばかりに私の前に突き出した。
「い、痛えっ!」
「ちょっとばかり握ってるだけだろ?大袈裟な奴だな。」
いや、掴まれてる腕に指が減り込んでますよ?腕の先、血が止まって赤くなってない?
ひぃぃ。みんな怖い!やっぱり冒険者全員怖いよ!
震えあがったのは、私だけじゃなかったらしい。
目の前の冒険者の顔色も、青白くなっている。
これ以上は腕が折られるとでも思ったのだろう。慌てて後ろを振り返って叫んだ。
「悪かった!俺が悪かったよ!!」
「俺に言ってどうするんだよ。頭の中腐ってんのか?」
みしっと目の前の腕から音が聞こえたのは、気のせいだよね?うん気のせいだね!!
涙目になった冒険者がこっちを見た。
「いでぇ!!!や、八つ当たりしてすみませんでしたぁっ!!」
こんな謝られ方されたの、子供の頃私にイタズラの罪を擦り付けようとした次男兄ちゃんが、怒り狂ったお母さんにボロ雑巾にされた時以来だ。
目と鼻と口から、色んな液体垂れ流してる。
これはこれで怖い。
もう何でもいいから、早くいなくなって欲しい。
「も、もういいですから。」
直視できずにやっとの事で言うと、冒険者は解放され一目散に逃げていった。
た、助かった…。
そう思ってほっと息を吐いた途端、足の力が抜けた。
「おっと。」
カウンター越しに腕を掴まれて、床に倒れる事は回避できたけど、足が震えて力が入らない。
すぐ後ろにあるイスに何とか座って、ホッと息を吐く。
「大丈夫か?」
あまり大丈夫ではないが、救世主の問いかけに頷いてみせる。
できる事ならこのまま休憩室で倒れ込みたいところだけど、ちゃんとお礼を言わなければ。
「ありがとうございました。おかげで助かりました。」
顔を上げ、なんとか笑ってお礼を言うと、「いや…。」と呟いて気まずそうに目を逸らされてしまった。
もしかして、ベソかいた時に鼻水垂れてて目を逸らされたとか?うわ。恥ずかしい!
慌てて鼻の下を擦ってみたけど、濡れてない。セーフ。
ホッとして、じゃあ何だろう?と首を傾げたその時。
「フィー!?絡まれてるって聞いたんだけど、大丈夫?」
上に行ってるはずの、ネリア先輩のよく通る声が響いた。
文句の付けどころのない完璧ダイナマイトボディが、豪奢な赤髪を振り乱し、物凄い勢いで目の前まで飛んでくる。
猫の様にややつり上がり気味の目が、私を見た途端心配そうに目尻を下げた。
「やだ真っ青じゃないの!ちょっとどこのどいつよ私の可愛いフィーを怖がらせたクソ野郎は!?まさかルージェント、アンタじゃないわよね!?」
いや、先輩落ち着いて下さい。
貴女が胸倉つかんでいらっしゃるのは、私を助けてくれた救世主様です。
クソ野郎とか言っちゃダメです。怒らせてはダメです。
というか、お知合いですか?救世主はルージェントさんとおっしゃられるのですね。
何処かで聞いたことあるお名前だなぁ。受付で対応したことあったっけ?と頭の片隅で考えつつ、カウンターに乗り上げ救世主改め、ルージェントさんの胸倉掴み上げる先輩の服を、軽く引っ張ってやめさせる。
「ネリア先輩、その人助けてくれた人です。やめて下さい。」
あと、ミニスカートがかなり大胆に捲れ上がってますからね?みんな先輩の足に釘付けですよ?
抵抗せず両手を離した先輩が、そうなの?と私に確認するのでこっくりと頷いた。
「はい。冒険者に難癖つけられていた所を、この方が追い返してくださったので大丈夫です。」
「あらそうだったのね。フィーがルージェントに絡まれたのかと思ったわ。気を付けてね?フィーは可愛いから心配だわ。」
先輩はよく私の事を可愛いと言ってくれるが、ルージェントさんのような方が、私に何かするなんて事あるわけがない。
まず普段なら視界に入らない。
何事もなかったら、話しかけられる事すらないはずだ。
でも心配されてるのは確かなので、曖昧に笑って小さく頷くと、前方から呆れた声が下りてきた。
「心配すんのはいいが、口よりまず先に手を出すな。相変わらず狂暴だな。」
「うるさいわね!誰が狂暴よ!」
「自覚がないのか?末期だな。」
「はぁ?!」
やっぱり二人は知り合いなのかな?
………先輩の彼氏?
頭上で言い争う二人に挟まれ、うーんと首を傾げているとがしっと先輩に肩を掴まれた。
「違うからね?こいつとだけは絶対ないからね?」
「へ?」
「声出てるぜ?こんな口より先に手が出るような女は、こっちから御断りだからな?」
「はひ?」
美男美女に微笑まれてるんだけど、なんか怖いよ?
さっきまでとは違う危険を感じるよ?
これ以上怒られたくなくて、耳をぺたりと伏せ、すみませんと小さな声で謝った。
「ぐふっ。」
「うっ。」
頭上で何か咽たような声が聞こえた。
見上げると、ルージェントさんが口元を押さえて上を見上げている。
先輩は受付に伏せ、無言でテーブルを殴っていた。
伏せている先輩はもちろん、上を見上げているルージェントさんの表情も見えない。
どうしたんだろう?背中さすってあげた方がいいのかな?
オロオロと隣と目の前の二人を見ていると、後ろからウォッホン!と咳払いがした。
慌てて振り向くと、さっきまでニヤついていた上司が、心底嫌そうな表情で私を見下している。
「フィーリル君、君は受付の仕事一つ、自分でできないのかね?」
さっきまでニヤニヤ見てただけの癖にうるせえんだよ!なんて、言えるわけがない。
かなり納得は行かないが、仕方なしに上司にすみませんと謝ろうとしたら、後ろから伸びてきた大きな手に口を塞がれた。
「ふぐっ?」
「お前は何も悪くねえだろ。あの阿呆の対応を必死にしてたじゃねえか。」
驚いて見上げると、柔らかなアイスブルー眼差しとぶつかった。不覚にも目が潤んでしまう。
人の優しさが目に染みるとは正にこのことだよね。
「そうよ。フィー程真面目に頑張ってる子はいないんだから。」
ぺいっとルージェントさんの手を振り払った先輩が、ニッコリ微笑んで私を正面から抱きしめる。
私の視界は先輩の胸でいっぱいだ。
うわ~いい匂い。柔らかい。あったかい。
尻尾が勝手に左右に揺れ始めるけど、もう何でもいいや。
などと、状況もすっかり忘れて一人天国で幸せを噛みしめていると、上司の苛立ったいい加減にしろ!という怒鳴る声がした。
あ、そうだった。まだ勤務中だった。
慌てて先輩から離れようと顔を上げようとしたが、その先輩にじっとしてなさいと囁かれて止まる。
でもまだ仕事中…と言おうとしたのと同時に、ルージェントさんの声がした。
「あー、まぁ見過ごせなくつい口を挿んで騒がせたのは悪かった。本来こういう時に上役が出て部下を助けるもんだと思うんだが居ないらしいな。仕事もせずにどこに行ったのやら。サボりか?」
小馬鹿にしているようなニュアンスに聴こえるのは私だけかな?
というか、貴方の前に立ってるのが上司です。
冷や汗を浮かべる私に気が付かないのか、先輩もあらやだルージェントったら!と楽し気に笑った。
「ルージェント、貴方の目の前にいるのが、うちのチーフ。フィーの上司よ?」
「あ?そうなのか?あんた、ずっと奥の席に座ってた奴だよな?」
「そ、それは…。」
どこかオドオドした上司の声。
私みたいな弱者に嫌がらせをするのが好きな上司は、強者には滅法弱い。
ギルドマスターからも一目置かれている先輩には、絶対注意とか嫌がらせとかしないもの。
今も先輩がいるから、あまり強く出られないでいる。本当に嫌な奴だ。
「あ、チーフ。そう言えば、マスターがお呼びでしたよ?」
「そ、そうか!すぐに行く!」
裏返った声を上げた上司は、ルージェントさんから逃げるようにフロアを飛び出していった。
呆然と上司の消えた方向を見ていると、「ふん。小者が」と呟く声が聞こえた。
見上げると、それはもう素晴らしい微笑みが返ってきた。
「ふふ。これでうるさい人は暫く帰ってこないわ。」
「何から何までありがとうございました。ルージェントさんも、ありがとうございました。」
「大したことは何もしてないから気にすんな。」
ニッと笑ったルージェントさん。滅茶苦茶かっこいいです。眼福です。ガリガリ削られた何かが修復されていくようです。
騒ぎが落ち着いたのを見届けた冒険者たちが、自分たちの目的を果たそうとそれぞれに動き始めると、ルージェントさんも、さてと…と呟いた。
「そいつ少し休ませてやれよ。」
「もちろんよ。」
先輩が頷くのを確認し、若干…いやかなり腰を落として私と視線を合わせた。
「仕事大変だと思うが、頑張れよ?じゃぁまたな?」
なでなで。
……これは、完全に子ども扱いされてる?
ちらりと先輩を見上げると、爆笑寸前肩が震えてる。
うん。良いです。慣れてますから。成人とっくに過ぎた20歳だって言っても、最初は冗談だと思われることがほとんどですから。
笑顔で手を振りつつ去っていくルージェントさんに、手を振り返した私の顔が、若干引きつってたのは仕方がないと思うので見逃してください。
ルージェント視点
ギルドに、犬系の獣人が受付として入ったという話は、少し前に他の冒険者から聞いていた。
別段興味が湧くわけでもなく、数日後にはすっかり記憶から消えていた。そんな程度のものだった。
ギルドマスターに呼び出され、面倒なS級の依頼を受けた帰り、受付から“他者が受領済の依頼を取り下げさせろ”という、耳を疑うような事を怒鳴り散らす声に思わず足を止めた。
他者の依頼を横奪する行為は禁止されている。
一度手付金を受け取った依頼は、依頼主が取り下げるか、受けた側が違約金を支払いリタイアしない限り、その冒険者の物だ。
どの国のギルドだろうが、そのルールは絶対だ。
駆け出しの新米冒険者でも知ってる。
相棒のグレンですら呼吸と同じレベルで理解できてることだ。
「あいつナンパしてる間に、依頼持ってかれたんだぜ?」
「ブッハ!マジか!だっせぇ!」
すぐ近くで冒険者らしき男達が、馬鹿にしきった様子で笑ってるが、全く同感だ。
救いようがねぇって奴だな。
馬鹿がギルド追放される日も近いだろう。ま、俺には関係ないが。
それよりも明日の準備だ。グレンにも暫く王都を離れることを言っておかなければ。
以前何も言わずに半月留守にしただけで、拗ねたグレンが一週間俺にへばりついて離れなくなり、死ぬほどウザかった経験から、単独依頼で留守にする時は必ず教えてから出発することにしている。
ギルドの外に出ようと、一歩踏み出したその時。
「ですから、その依頼は先程他の方が受領されましたので、受けられないんですぅぅぅぅ。」
今にも泣きだしそうな、上擦り震えた女の声が聞こえた。
余りに頼りなさげなその声音に、大丈夫なのか?と柄にもなく心配になり、初めて視線を受付の方に向けた。
すると、自分の倍はあるだろう、大男と対峙する犬系獣人の子供の姿が見え、思わず眉を顰めてしまう。
柔らかそうな丸みを帯びた頬は、血の気が下がり切って青白い。
尻尾は見えないが、甘そうなふわふわのハニーブラウンと同色の耳は、後ろにぺたりと伏せきっている。
明らかに怯えているのが誰の目にも明らかだ。
無関係な冒険者たちは遠巻きに傍観し、受付の連中は関わりたくないと視線を下に向けている。
こういう時こそ、出てきて冒険者を諫めるべき責任者は、カウンターの奥でニヤついているのが見えた。
ネリアが居れば、確実に止めに入っただろうが、さっきギルドマスターの部屋ですれ違ったばかりだ。
もう暫くは戻ってこないだろう。
さて、どうするか。
一番穏便に終わるのは、ギルド側があの馬鹿を摘まみ出すことだが、あの様子では期待はできないだろう。
と、考えている間にも、受付からは緊迫した(俺から見れば馬鹿馬鹿しい)やり取りが続いている。
「俺の方があいつよりも先に目を付けてたんだ!あいつに依頼を取り下げさせろ!」
「で、ですからもう受理されて、手付金も支払われたので取り下げはできないんです。」
「ごちゃごちゃ言ってねえでいいからやれよ!!」
「で、できないものはできないんです。ギルドルールですから!」
お。やるじゃねえか。すぐにピーピー泣いて逃げ出すと思ったが、震えながらもはっきり言い返したその根性が気に入った。
カウンターまでの数歩の距離を、気配を消して男の背後に忍び寄り、その肩に手をかけた。
「おい。さっきから聞いてりゃ、随分と勝手すぎるんじゃね?」
馬鹿と使えない上司を幼馴染のネリアと連携して追い払い、今度こそ明日の準備に取り掛かるためギルドを出た俺はまだ知らない。
この小さな受付係が実は成人していることも、弱いくせして負けず嫌いであることも。
小さな体でこの俺を圧倒し、骨抜きにしてくれることも。
まだ知らない。