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素破  作者: 光風霽月
アガンチュード王国編
4/16

大都市エルコンド(1)

意を決して盗賊団から抜け出したグリッド。

それから5年、グリッドはアガンチュード王国の大都市エルコンドで冒険者をしていた。

 ~~~トゥース暦494年1の月23番の日

 アガンチュード王国・西アムネシア地方・エルコンド近郊


 この世界にも季節はある。

 1年は400日、1か月は100日。一カ月が1つの季節と考えればいい。地球人に解りやすく言えば四季は春夏秋冬で周る。地域差はあるが冬は氷点下まではいかず、夏は夏で最高でも30度程度だろう。そして今は春に変わったばかりの1の月23番の日。


 春とは言えまだ夜は冷える。


 とある小高い丘の中腹の岩が崩れ落ちてできた浅い洞穴。男は洞穴から出ると冷たい風を顔に受け反射的に肩を竦めてブルっと震えた。


「おぉさむっ、おいサジ。交代だ」


 焚火の傍で震えていたサジと呼ばれた男は、待ってましたと立ち上がる。


「おぅやっと来たか。早く一杯やって体温めないとな」


「あんま飲み過ぎんなよ?明日臭い息で姐さん迎えたらぶっ飛ばされんぞ」


「ばぁか、そんなへましねぇよ」


 留守番を預かる連中にとってお約束の挨拶を交わしサジは、肩越しに手をひらひらと振って酒と寝床が待つ洞穴の奥へと消えて行った。


 それから約半刻が過ぎた頃、洞穴の上に潜んでいた影が揺らぐ。


<留守番は全部で3人、サジとやらはいい感じに酔ってるか・・・>


 スキル≪隠蔽≫を発動して気配を消したその影は、見張りの背後にまわると長さ20センク(cm)ほどの細い筒を手に取ると繁みの隙間から狙いを定める。

 フッ!と少し力を込めて息を吹くと、見張りの男は崩れるように背後の岩にもたれ掛かり手から離れた槍がパタリと倒れる。その男の首筋には魔物から抽出した即効性の麻酔を塗った針が刺さっていた。


 繁みから現れた影はグリッド。グリッドは男が動かなくなった事を確認し、スッとその傍に降り立つと腰に佩いた刀を抜き躊躇うことなく男の首を掻き切った。

 グリッドはたった今殺した男を見下ろすと洞穴の奥の音と周囲の気配を探る。洞穴の奥にいる者達にはまだ気づかれていない。グリッドは足元に転がる男を一瞥すると、持ち物漁りを後回しにして静かに洞穴の中に入っていった。


 この洞穴は小規模盗賊団のアジトで、数日前近くの村を襲い金品を奪っていた。グリッドは偶々別のギルド依頼を終えてエルコンドに戻る途中、その村から去る数名の盗賊を見つけると追跡を開始、その行く先にあったのがこのアジトである。

 この場所に張り込むこと数日、今夜またこの盗賊団が”仕事”に出掛けるという会話を耳にしたためその隙を狙う事にしたのだ。


 スキル隠蔽と気配探知を展開したまま奥に進むと、ある部屋の中に気配を2つ感じそっと部屋の中を覗く。すると微かな寝息を立てて男が二人雑魚寝していた。先程酒を飲むと言っていたサジという男は数杯酒を煽っただけで寝たらしい。グリッドは音を立てずにそっと近づくと心臓めがけて刀を突き立てる。


 ”明日は我が身”グリッドのその動きには一切の迷いも同情も無い。


<ここが寝床ならお宝はもっと奥か・・・>


 骸になった男達を気に掛ける事も無く洞穴を進み、6畳ほどの広さがあるたまり場を通り抜けると最奥の部屋に着く。


 物置のようなその場所に明かりは無く、グリッドは襟元のポケットから燐寸棒サイズの魔道具(光棒)を取り出すと、慣れた手つきで魔力を通し明かりをつけた。掌で龕灯(がんどう)の形を作ると辺りを照らして金目の物を漁る。金の入った袋・売れそうな武器・道具・・・動きが妨げられない程度に価値の高そうなものから詰め込んでも持っていた背負い袋は一杯になった。


<小規模な割には結構稼いでたな>


≪無理せず・欲張らず・さっさと逃げる≫


 それが仕事をする時にグリッドが心掛けている事だ。


  洞穴から出て帰ろうとした時ふと最初に殺した男の傍に転がる槍が目に入る。グリッドは杖代わりにちょうどいいとばかりに拾い上げると、本拠地にしているエルコンドに向けて暗い林の中に消えて行った。



 ~アガンチュード王国と大都市エルコンド~


 アガンチュード王国は人口約130万・ユーラネシア大陸の西に位置し、全国民のうち8割以上が人族の国家である。


 王国の歴史は約300年前トゥース神聖帝国で内乱が起きた際に、それに乗じた現王家が起こしたことに始まる。建国時は今の西アムネシア地方を治めていたが、同じく神聖帝国の内乱に乗じ建国したオレイン地方の国を6代目アガンチュード王が併呑し現在の領土になる。


 東はアムネシア樹海と呼ばれる広大な森林地帯があり元々は人が入る余地のない場所であったが隣国への道であったり林業・鉱物資源を求めて少しずつ人が入り始めた。


 馬車が一台通れる程の道を繋ぎ樹海の中に点々と小規模な村があるが、道を逸れれば魔物が跋扈し盗賊団が隠れ住んだりと危険な場所であることに変わりはない。


 樹海のさらに東は峻険なアムネシア山脈を挟んで獣人やドワーフが集る小国家に接しており、多少交流や貿易はしているものの亜人差別、亜人奴隷問題から不仲であり交通の不便さからそれ程活発ではない。


 エルコンドは王都アガンの南東にあり、人口約6万王国の中で5本の指に入る大都市である。

 現在王都アガンが約20万の人口を抱え飽和状態に陥っており、エルコンドは王都を囲む衛星都市のひとつとして発展、樹海への玄関口・林業の集積地・王国南部の中継地・非常時に王都を守る拠点という役割を担い、現在有力貴族であるカブタ=エルコンド伯爵領の領都となっている。



 ~~~


 グリッドが盗賊のアジトを漁り終えてから歩き続けエルコンドに着いたのは、6つ目(約12時)の時を告げる鐘の音が鳴り終わるころだった。

 ギルドカードを提示して守備隊が守る城門を潜り、ここ数日の戦利品を武器屋と道具屋に売りに行き身軽になると、途中の露店で遅めの昼飯代わりに林檎を数個買い、一つを齧りながら人通りの多い道を外れる。


 大通りから人の少ない裏道へと進み、さらに建物の間に口を開けた人がようやくすれ違える程の細道を進む。ここ数年通い慣れているこの道は、昼間でも薄暗く人に会うどころか猫や鼠すら見たことはない。


 この道は実は霊界に続いているんじゃないか?などとくだらない事を考えているうちに一軒の店の前に突き当たった。年季の入った木製の扉には”営業中”の下げ札が掛かってはいるが、グリッドの掌より小さく色も扉にほぼ同化しておりどう見てもやる気のなさそうな店である。


「よくこれで潰れないよな・・・」


 誰に言うでもなく呟きながらギギィィという軋みと共に扉を開け店に入る。


「素破(すっぱ)かぁ全部聞こえてるよ。余計なお世話だの」


 入るなり正面にあるカウンターの向こうから眼鏡越しに文句を言ったのは、年齢不詳でこの店の店主シキリ婆だ。腰が曲がった小柄な婆さんで紺色の魔術師の様なフード無しローブを着ている。


 5年前グリッドが盗賊団から抜け出しエルコンドに流れてきた時に出会ったのだが、あの時取り返した二振りの刀をシキリ婆が見立てて以来、シキリが出所不明の怪しい依頼を受けて来てはグリッドに盗みの依頼をする。という関係が出来上がっている。


 シキリ婆自身武器防具・魔道具収集が趣味で、自作したりレアアイテムを魔改造を施すなどグリッドの使う魔道具も”高額で”提供してくれる時もある。

 ちなみに”素破”(すっぱ)と言うのは盗人・強盗あがりの間者・忍びの者・邪心などを意味し、グリッドが元盗賊と聞いて以来シキリ婆はグリッドを素破と呼ぶ。


 ~少し話が逸れるが、

 グリッドが持っていた二振りの刀を見立てたシキリ婆の説明はこうだ。

 二振りの刀はいつの時代のモノかは判らないが、かなり古い時代の形状を取り入れており、形は蕨手山刀(わらびてさんとう)といって柄頭の部分が丸く、穴が開いていて紐が通せるようになっている。

 また刀の材質は上質ではないが、切先から柄頭まで一枚の鍛鉄製・柄の握りは鍛鉄を木で挟み革を巻いて握り易くしてある。鋒双刃造(きっさきもろはづくり)で峰側の切先10センク(cm)にも刃がある。

 鍔は無く峰は僅かな反りがあるがほぼ直線で柄と刀身の境目辺りで少し曲り、鍔無しと鞘の形は刀や剣というより鉈・剣鉈に近いものだそうだ。


 刀身にはそれぞれ読めない(今は使われていない)文字が彫られており”一文字・阿””一文字・吽(うん)”と書いてあるらしい。”阿”には筋力増加・”吽”には敏捷性増加の付加効果と、さらにどちらにも判別不能****の効果が2個ずつ付いている。というところまで教えてくれた。


 蕨手山刀

 鍛造黒・鋒双刃造・刀身約30センク全長約48センク

 ”一文字・阿”:筋力増加?・判別不能******・判別不能****

 ”一文字・吽”:敏捷性増加?・判別不能******・判別不能****


 グリッドとしては何故このシキリ婆が見たこともない文字を読めて、ここまで聞いた事も無いような詳しい見立てができたのか少し気になったのだが、この5年の間酷使しても手入れの必要すら無く使い勝手の良い刀に「とりあえず頑丈ならいいや」と細かいことを考えるのは諦めたという事があった。



 ~~~


「店かすら判らないし、札と扉のぼろさが毎回目に入るから気になるんだよ」


「うちは一般のお客様相手にはしないからあれくらいでいいのさ」


「その割には色々置いてあるじゃねぇか・・・」


 シキリ婆と挨拶がわりの悪態をやりとりしながら店内を見回せば、3畳ほどの店内には木製の棚と傘立て・カウンターと丸椅子、棚には何とも言い難い置物が並び、傘立てと思ったものには木刀が10本ほど立ててある。

 棚にずらっと並ぶ何とも言い難い置物をよく見れば、細いくちばしに帽子をかぶった丸頭・細い首が伸びてアンバランスな細い足・微妙にずれてくっついている丸い黒目がとぼけているようで憎めない顔なのがちょっと悔しい。


「なんだこりゃ・・・」


 理解不能な人形を観察していると、背後から若い声が聞こえる。


「あ、グリッドさん。それは下にコップを置いて頭を揺らすんですよ」


 グリッドは声の方に顔だけ向けて、「よぅ」と手を上げてあいさつを返す


「マトイ、数日見ないうちにまた変な物仕入れたのか?」


 そのマトイと呼ばれた娘はにこにこしながら見本に置いてあるコップを人形の足元にずらし頭を揺らして見せる。すると頭と胴のバランスがいいのか、変な鳥人形は頭を上下に振って顔を何度もコップに近づけていた。


「ほら、本当に水を飲んでいるみたいでしょ?」


「あ、まぁ・・・そう・・・だな」


 マトイはグリッドより頭一つぶん小さく、栗色の髪に幼さが残る丸顔で可愛い街娘風、満面の笑みに気圧されたグリッドは曖昧に返すのが精一杯だった。


<あれで婆さんの孫とかありえねぇよな・・・>


 次に目に入ったのは傘立ての中に無造作に放り込まれている木刀。そのうちの一本を傘立ての中から手に取ってみれば”イデル温泉”と焼き印が押してある。

 ちなみにイデル温泉とはエルコンドの遥か東、樹海とアムネシア山脈を越えた先にある獣人国”ウズ”の観光地の事である。


<おぃ、センス・・・>


 思わず口走りそうになるのをなんとか堪え木刀を傘立てに戻すと、ここに来る道すがら買った林檎を袋ごと隣にいるマトイに渡す。


「さっき余計に買ったんだ。食ってくれ」


「あ、ありがとうございます~」


「そんで婆さん、頼んでたやつができたって?」


 受け取った林檎を置きに奥の部屋に入っていくマトイを見送りながら、グリッドは話を切り替えるようにシキリ婆の方に向き丸椅子に腰をかける。


「あぁ、できたよ。ちょっと見てみなね」


 そう言うとシキリ婆はカウンターの陰に手を伸ばし両手に乗るくらいの木箱を取り出しカウンターに置くと、ふたを開けてこちらにずらして寄越す。

 中には布製の台座の中央に太さ1センク程の腕輪がのっており、グリッドは腕輪を持ち上げるとひっくり返したりして感心しながら眺めてみる。


 アンティークシルバーと言えばいいのだろうか。新品の煌びやかな銀と違い年季が入った輝きの少ない銀と艶消しの黒。派手好みではないグリッドには丁度良い色合いで、華美な装飾は無く幾何学的な線が入っている。


「へぇ、あのクモがこれになるのか・・・」


「結構な自信作だよ。名付けて”雲糸の腕輪”この前あんたに捕りに行かせたロードスパイダーに縦糸を吐かせて、その糸を数百本撚り合わせたのさ。細いけど人3,4人分くらいなら吊っても切れないはずさね」


「長さと使い方は?」


「長くて100メターレ(m)くらいかねぇ、使い方は腕を翳して出すイメージで魔力を通せば撚糸が飛び出すよ。戻すイメージで魔力を流せば勝手に中に戻る」


 グリッドは左腕を伸ばし手首にはめた腕輪を天井に向けて魔力を流してみる。


 パシュッ!


 空気が抜けるような音と共に腕輪から太さ5ミル(mm)ほどの撚糸が飛び出すが、天井に届く前に力なくヒョロヒョロと落ち非常に軽い材質なのが容易に見て取れた。今度は戻すイメージをしながら魔力を通すと、一瞬のうちに消えて腕輪に飲み込まれた。


 これがロープを手動で巻き上げるようにのろのろであれば問題だが、目の前で消えたと錯覚しそうなほどの速さにグリッドは満足する。


「見た通りこの腕輪を使うには殆ど魔力は必要無いから魔法が苦手なお主でも使えるの。だがその分腕輪自体に糸を打ち出す能力は殆ど無いの。あとは魔力操作で切って使う事も出来るし応用利くじゃろ」


「あぁ、十分だ。有難く使わせてもらうよ」


 新たに手に入れた魔道具を撫でつつカウンターの端に目をやると、山積みになった平箱が気になり手に取ってみる。と、その箱を見たグリッドから表情が落ちた。


<・・・>


 箱の包み紙には”イデル温泉饅頭”


 タイミングを見計らったかのようにマトイが奥から顔を出す。


「あ、それ甘さ控えめで美味しかったです~木刀と一緒に仕入れたんですよ」


「店頭に置いても売れないから美味しくないのかな~?って思って試しに食べたら

美味しかったんです。これは売れますよ!どうですかグリッドさん!」


 両手を胸の前でぐっッと握り自信満々な街娘。


<マトイ・・・>


 温泉地の土産物屋の売り子と化した彼女を見て、売れねぇだろとはさすがに言えず二箱買ってあげることにする。


「グリッドさん毎度あり!全部で金貨5枚に銅貨4枚です!」

 目安:金貨1枚10万ヘテ・銅貨1枚千ヘテ。

 普通の質の宿屋一人一泊4千ヘテ。安酒一杯100ヘテ


 ふぁッ!!!!?


 饅頭二箱を前にグリッドは目を瞠りそのままマトイの方に顔を向ける。

 この世界の生活費は金貨5枚あれば家族4人で1カ月半(この世界の1カ月は100日、1カ月半は150日)は暮らせる金額である。


「マトイ。饅頭二箱で金貨5枚とかぼったくりにも程があるだろ」


 いくら可愛い娘でも笑顔で騙されるわけにはいかない金貨5枚は酷い。


「いえいえグリッドさん。饅頭は銅貨4枚のほうで金貨5枚はその腕輪ですよ」


 もう忘れたの?と言わんばかりにグリッドの手首を指さすマトイの言葉に、今度はシキリ婆の方を見るがシキリ婆もグリッドと目が合うと小さく頷いて肯定する。


「まじか。婆さんこれ無料じゃなかったのか」


「わしは”作ってやる”とは言ったが”無料で”とは言っとらんぞ?」


 そういわれれば話した時に素材集めの方に意識が飛んでいて金額の事を聞いてなかった。と自分の詰めの甘さを悟りグリッドは肩を落とす。


「ちなみにわしのスマイルなら銀貨さ・・・」


「いらねぇ」


 シキリ婆の言葉をバッサリ断ち切り、金貨5枚と大銅貨1枚をマトイに渡す。

 店を出たグリッドは大きく溜息を吐きくと饅頭を見ながら独り言ちた。


「あいつらにやるか・・・」


 温泉饅頭を差し入れる相手を思い浮かべ冒険者ギルドに足を向ける。


<忘れてたけど、饅頭ひと箱で2千ヘテでもぼったくりだよな・・・>



 *用語の説明*

 蕨手山刀(わらびてさんとう)

 刀の柄が蕨の頭のように丸くなっていて日本刀の遠祖の一つとも言われている。

 鋒双刃造(きっさきもろはづくり)

 刀の峰側・切先部分にも刃入れがされている造り。

 別名:小烏造こからすづくりとも。有名なのは小烏丸


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