小さな勇気3
スラムに蔓延る悪意から逃れた兄妹。グリッドサイドの視点です。
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~~~トゥース暦494年1の月30番の日
アガンチュード王国・エルコンド
~グリッドサイド
投げナイフのように使い捨ての消耗品は、魔物が持っている安物の鉄製武器や、壊れた武器、くず鉄を鍛冶職人見習いが練習がてら鋳つぶして作っており、10本銅貨2枚と銭貨5枚(2500ヘテ)程度で店に並べられている。
グリッドも愛用していたが、雲糸の腕輪の有効活用を考えて普段使い捨ての粗悪品投げナイフを止め、苦無の様なものを特注で作らせた。
鋳型に流して石で研いだだけの簡単なものだが、柄頭に輪があり雲糸を繋いで使える。鋳型を特注するのに金貨2枚(20万ヘテ)、苦無を作ってもらうのに10本銅貨4枚(4000ヘテ)受注生産品だが、盗賊退治すれば何とかなりそうな額ではあった。
いつも通っている武器屋は大通りから1本裏通りにある。余り人気が無いのか、5日も経たずに出来上がったので受け取りに行き、その帰りにセシルに頼まれていた日用品を探しに来ていた。
グリッドは並び立つ露店で頼まれていた食器を探す。
声を掛けて来る店主を聞き流しながら、つらつらと眺めていると、怪しい動きの少年が視界に入る。
<ん?・・・あのガキ何やってるんだ?>
少年は薄汚れたボロと明らかに場違いな格好をして、建物の陰から買い物客を眺めている。
<盗みでもする気か・・・あの姿からしてスラムの子供っぽいが・・・>
グリッドも元盗賊だけに”ご同業”の動きは見ればある程度分かる。それにその少年をさらに離れた建物の陰から見張っている影にも気づいた。
<慣れてない感じだな・・・それに・・・新人の監視かご苦労な事だ>
<研修期間中ってやつか・・・まぁ、関係ないか>
グリッドは無視して買い物を続けようと視線を戻す。
が・・・
こうやってまた小さなガキが手を染めるんだよな・・・。関係ねーけど・・・
少年は覚悟を決めたのか、ふらふらと露店近くに歩いて来る。
・・・
失敗したら斬り捨て、成功しても犯罪者・・・か・・・。関係ねーけど・・・
・・・
露店で買い物に夢中になっている女性の足元に狙いを絞ったようだ。
イライラ・・・
店主と客の視界から手を伸ばしている。
・・・
あ゛ーーーっ!!めんどくせぇ!!
頭をガシガシかきながら独り言ちる。
「俺も何でわざわざこんな事に首突っこんじまうかな!」
グリッドは懐に手を入れ取り出した苦無を投げた。
シュッ!
そして足元に刺さる苦無を見て慌てて逃げていく少年を見送っているが、
<一度手を出した以上、関係ありませんとは言えないよなぁ・・・>
失敗した以上あのガキが何されるか解らないし、またやらされないとも限らない。そうなればグリッドのやることは一つだ。
<首謀者を叩くか。でも、身元は隠しておきたいな・・・>
グリッドはきょろきょろと辺りを見回し、露店の隅にあったお面を手に取る。
表面は艶のある木製で口と目だけが三日月の形にになってるシンプルな奴だ。
子供でも買わないような変な奴だけど、この際しょうがない。
「あ・・・これ・・・」
「あいよ、銅貨2枚(2千ヘテ)だよ!」
たかっ・・・
渋々銅貨を払い少年を追う。見張りの男はいつの間にか居なくなっていた。
***
あれから少年を見つけ、≪隠蔽≫スキルを使い建物の陰から様子を見ているが、少年は最後の踏ん切りがつかず一度も成功していなかった。
<あれは全然だめだ。適正ないし、結果的に何も犯罪にならなくて良かったと言うべきだな>
少年の姿を見て少しほっとしてしまう。自分でもよく解らないが、かつての自分と重ねてしまったのかもしれない。
盗賊あがりの自分が、盗賊になってしまいそうな少年の心配するなんて。と自嘲気味に鼻で笑ってしまう。
「そうなると、二度とこんな真似しないようにしてやるか・・・」
グリッドは独り言ちると、トボトボと帰路につく少年の後をつけて行った。
***
予想通り少年はスラム街に入り、奥にある少しひらけたところで10人ほどの少年たちに囲まれ、リーダー格らしき奴と話している。その中には少年を見張っていた男の姿も見えた。
ドンカセは結局一つも盗んでこなかったラグの胸ぐらをつかみスゴんでいる。
「お前、今朝俺に何て言った?やるって言ったよな?」
「やっぱりやっちゃダメなんだよ!僕にはできないよ!」
少年たちの周りには建物の陰に隠れるようにいくつもの気配を感じるが、どうやらこの少年たちを恐れて出て来れないらしく、微動だにしない。
<こいつらがこの辺を仕切ってる奴で、黒幕っていうことでいいみたいだな>
そうこうしているうちに、縛られた女の子が引きずり出され大声で叫んでる。
「お兄ちゃん!」
「おい、ラグ。俺はお前の妹がどうなるか解らないって言ったよな?」
「やめろ!ラビを離せ!」
ついに一線を越えてしまったらしい。
少年たちは、10歳のラビという娘を奴隷に売るとか身体を売らせるとか言い始め、ラグを嘲笑っている。
まんまと挑発に乗ってしまったラグは、少年たちのいい様に暴行を受け、あっという間に反応が鈍くなった。
<限界だな。あれ以上やられるとラグは死んでしまう・・・>
グリッドはさっき露店で買った変なお面を被り、苦無と吹矢をとりだすと、続けて苦無を投擲した。
シュッ!
タンッ!
タンッ!
ラグを蹴っていた少年二人の太腿にそれぞれ命中し、二人は突然襲った激しい痛みに地面を転げ回った。
「っ!ぎゃぁぁぁぁっ!」
「いってぇぇぇぇっ!!」
「なっ!?」
「お、おいっ!どうした!」
仮面をかぶったグリッドが地面に伏せるラグへ歩み寄ると、動揺する少年たちはラグを置き去りにして後ずさる。
<気配もあるし、死んではいないな>
ラグの傍で跪き確認すると少年たちを睨みながらゆっくりと立ち上がり、
「交代だ・・・」
「!?」
グリッドは言い終わると同時に次々と苦無を投擲した。
シュッ!
ダンッ
シュッ!
ダンッ
次々に響く悲鳴を聞き、少年たちが少し混乱している。
「なっ!?なんだよお前!!」
騒ぎ立てる少年たちの中で、ドンカセと中心メンバーらしき連中が声を大きく叫ぶ。
「てめえそんなもん付けて何の真似だ!」
「ふざけやがって!」
「俺達に逆らってタダで済むと思うなよ!」
「おい!この変な奴ぶっ殺せ!」
「くっそぉぉぉぉっ!!」
「ふざけやがって!」
ナイフや短刀を構えた少年たちがグリッドを囲んで一斉に飛び掛かってくが、
グリッドは慌てることなく攻撃を躱しながらスキルを発動し切り返していった。
「≪盗≫!」
「あ゛?」
「へ?」
「あれ?」
手にしていた武器が一瞬にして消えると、間の抜けた声が響き、続いて自分の身体に生える武器を見て悲鳴を上げた。
「ぐぼぁっ!」
「ゲフッ!」
「うぼぉっ!」
「な、なんだよこいつ!」
「お、おい!気をつけろ!こいつ変な術使うぞ!」
グリッドからすれば、盗賊スキルで武器奪って刺してるだけなのだが、少年たちはそれすらも気づけない。
慌てたドンカセは傍に立っていた手下からラビを奪うと、腕を首に巻きつけ自分の前で壁にする。
「おぃ!お前!こっち見ろ!」
「このガキ殺すぞ!大人しくしやがれ!」
「ぃ・・・いやっ!」
グリッドはドンカセの言葉など気にする風も無く、グリッドとドンカセの間に立つ少年の陰に移動し、ドンカセの死角から吹き矢を吹いた。
「おい!あいつどこ行った!」
フッ!
ぱすっ!
吹矢はラビに刺さり即効性の睡眠毒がまわると、ラビがその場に崩れ落ちる。そしてラビの全体重がドンカセに掛かりドンカセの動きが鈍った。
「な、なんだ!?何が起きた!」
「構わねえ!このガキども殺しちまえ!」
動かなくなったラビとラグをただのお荷物とでも思ってるのか、少年たちは躊躇う事無く殺そうと剣を振り上げる。
<こいつら・・・>
グリッドはこれまで少年たちの無力化だけで済めば。と思っていた。が、この少年たちはグリッドに対しても一線を越えてしまった。
<もう容赦しねぇ・・・>
仮面の下でグリッドの目つきが鋭く変わる。
「≪盗≫!」
シュッ!
ザシュッ!
「≪盗≫!」
シュッ!
ボスッ!
「アッ!」
「げふっ!」
ラビとラグに向かい振り下ろしたはずの武器が、グリッドから奪われると、正確に自分の心臓や首に刺さり、少年たちは声も出せずに絶命していく。
ダンッ!
シュッ!
ブシュゥゥゥゥゥッ!
背後に廻り首を掻き切ったグリッドの手には、いつの間にか抜いた得意の山刀が光り、さらに一度無力化した少年たちにも、次々に苦無や落ちている短剣を投げる。
ドスッ!
トスッ!
「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
「だめだっ!こいつ強すぎる!」
「敵いっこねぇ!」
生き残った少年たちが恐慌状態に陥り、ドンカセやラグ兄妹を見捨てて一気に逃出した。
「あ!お前ら!逃げんな!」
ぎゃっ!
グフゥッ!
<逃がさねぇよ>
ドンカセが止める言葉が終わらないうちにもグリッドは容赦なく止めを刺していく。
「ああああああ!やめて!許して!」
「ごべんばざい・・・ゆるじでぐだざい・・・」
ドンカセの他に生き残りは2人。完全に戦意を喪失し腰が抜けている。
腰が抜けて立ち上がれない少年たちを見てもグリッドは躊躇わない。最後の手下2人に山刀を突き立てる。
「ぐぼぁっ!」
「げふっ!」
眼の前で起きた惨劇に逃げることも出来ないドンカセは、ガクガク震えながら歩み寄るグリッドに罵声を浴びせる事しか出来なかった。
「あああ、あんた何なんだよ!こいつらと関係ないだろ!」
「あぁ。関係ない」
「だっ・・・だったら!」
「それが何か関係あるのか?」
「へ?」
いい意味でも悪い意味でもグリッドはお約束の会話など知らない。だから普通に自分の考えで答えた。
「お前らが俺の目の前でやりすぎただけだ」
「なんだよ!何言ってんのか解んねーよ!」
「だろうな。それも関係ない」
「へっ!この偽ぜ・・・」
ドスッ!
シュゥゥゥゥゥ・・・・
その言葉が終わる前に、グリッドはドンカセの心臓に山刀を突き立て、血が噴き出す音だけが妙にはっきりと聞こえる。
同情する余地のない者の負け惜しみなど聞く気は無い。グリッドはドンカセの言葉など興味は無かった。自分自身がやっている事は、正義でも偽善でもないただの”個人的な我儘”なのは十分に知っている。
全てが終わり敵が消えると、グリッドはもう一度ラグの容態を見てみる。
<大丈夫。まだ間に合うな・・・>
ラグとラビを連れて行こうとすると、今まで微動だにしなかった周囲の気配から一つこちらに近づいてくる者があり、恐る恐るグリッドに話しかけてきた。
「あ、あの・・・」
「なんだ?」
「その子達をどうするつもりでしょうか?」
声の主はぼろきれを纏った4,50代くらいの白髪交じりの女性だった。怪訝そうに見つめるグリッドの視線に気圧されることなく言葉を続ける。
「で、できれば、その子達を救って頂けないでしょうか?その子達は2年程前このスラムに来たんですが、ここに居ちゃいけないくらいいい子なんです。」
「・・・」
簡単に聞くと、この兄妹の事情を聞いた大人達はこの兄妹を気にしていたが、ただこの少年達チームの目が怖くて手が出せなかったらしい。
「だ、だからあなたが今やったことは誰にも言う気はありません」
周囲にはいつのまにか他の住民も集まってきているが、縋る様な視線だけで敵意や悪意は感じられない。
<それは有難いんだけど・・・>
グリッドは逡巡する。
と、何か思いついたグリッドは、ポケットから何枚か硬貨を取り出し、話しかけてきた女性に大銅貨を渡して
「あんた、これで守備兵呼んでくれ」
「っえ?」
「怪しい仮面の男達がスラムのチームと揉めてケンカしてた。犯人はすぐ逃げて行った。とでも言えば嘘にはならないし、あんたらに疑いはかからない。しかも死体も処分してくれるはずだ」
「・・・あ、はい。わかりました」
次にグリッドは周りにいる他の住民に銅貨を渡し、
「あとの人はこの死体集めて、飛び散った血痕とか掃除してくれ」
「俺はこの二人を安全なとこに連れて行く」
住民たちはホッと安堵の息を漏らし、グリッドから銅貨を受け取ると、頭を下げてそれぞれ散っていった。
***
あの後、グリッドはラグとラビ兄妹を連れて、マクとキュウが居る孤児院に来て二人の事を頼んでいた。
「悪いな。マク、キュウこの二人の事を頼むよ。あと俺の事は・・・」
「任せておいて!二人にもリセナ姉ちゃんにも黙っとくよ!」
マクとキュウは胸をポンと叩いて快諾してくれた。
マクとキュウなら上手くこの兄妹とリセナに話してくれるだろう。
あと、これだけ渡しておけば理解できるかな・・・
苦無を一本懐から取り出し、ラグの懐に入れる。
恩を着せるというよりは、”見守ってる人が居るんだよ”と気づいて欲しい。スラムの大人達から事情を聞いたグリッドのせめてものメッセージのつもりだった。
「グリッド兄ちゃん、今度来るときはまたオーク肉とお土産頼むね!」
ちゃっかり差し入れを要求するキュウの頭を撫でると苦笑いしながら承諾する。
ここならスラムよりは安全だし、リセナさんならこの二人の事を無碍(むげ)には扱わないだろう。
「んじゃあと頼むな」
と、マクとキュウに言葉を残し、グリッドは孤児院を後にした・・・
次回投稿は5/10:17時予定です