小さな勇気1
レッドオーク騒動後、冒険者家業の合間につかの間の平和な日常を過ごすグリッド。
その中で起きた出来事の話です。
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~~~トゥース暦494年1の月28番の日
アガンチュード王国・エルコンド
エルコンドにもスラム街がある。
スラム街は重税に耐えかねて故郷から逃れてきた者や両親を失った子供達、職や財産を失った者など、様々な訳アリの者が住み着き、廃材で組みたてられた隙間だらけの小屋が所狭しとひしめき合い、日中でも薄暗くじめじめとした印象である。
スラムと言えば、貧しい者達が身を寄せ合いその日その日を生きている印象だが、スラム街であっても人が集まれば群れるものが自然に発生する。
そしてやがては上下関係や群れ同士の勢力争いが起き、弱い者が迫害されるという構図は、スラム街も一般市民の世界もたいして変わらなかった。
そんなスラム街の細い道を、懐の中の物を大事そうに抱えながら家族の下へと急ぐ、ボロを纏い薄汚れた少年の姿があった。
少年はスラム街の中でもより一層汚く弱く貧しい者が集まる一角に入ると、立て掛けてあるだけの扉代わりの板を開け、中に入ると板を閉じる。そして奥に座る人影に話しかけた。
「ラビ。食い物手に入れて来たぞ」
壁や屋根の隙間から漏れる光に映るラビと呼ばれた娘は、冷たい床に座ったまま手探りで声のする方に身を乗り出す。
「おかえり。お兄ちゃん」
お兄ちゃんと呼ばれた少年の名はラグ。ラビにとってたった一人の肉親である。
ラグとラビは今13歳と10歳の兄妹で、元々両親と4人でエルコンド市民として暮らしていたが、数年前稼ぎ手であった父が病死した後、母と3人で暮らしていた。
貧しいながらも穏やかに暮らしていたラグ親子に、次の災難が降りかかる。
父の死以降、段々とラビの視力が失われ始めたのだ。原因も判らず薬の購入や治療に掛かるほど経済的な余裕などあるはずもなく、発症から一年も経たずにラビの目は完全に光を失ってしまった。
さらに神はこの兄妹に残酷な追い打ちをかける。いつものように仕事に向かったはずの母が、突然失踪してしまったのだ。
ラグは必死になって母を探した。まだ幼かった兄妹は生活費を稼ぐ術を知らず、家にある物を売りなんとか食い繋ぎながら母を探した。が、母の行方も手掛かりも無く時だけが過ぎる。
保護者が居ない子供に、この世界は優しくなかった。
最初のうちは同情的だった周りの大人たちは、日が経つとともに兄妹から離れていき、何も知らない兄弟は周囲の心無い大人に騙され、家や家具など財産を全て取られ放り出されてしまった。
せめて孤児院に行けば救われたのかもしれないが、幼い兄妹に知る由もなく、誰も導いてくれなかった2人はこのスラム街に流れ着く。
そして今は、兄のラグが目の見えない妹ラビを養うため、ドブ浚いや清掃・ガラクタ売りなどを行っては僅かな食べ物をもらってくる生活をしている。
「ラビ。ほら、パン貰えたよ」
ラグは拳大の硬い黒パンを1個懐から出すと、兄を求めて宙をさまようラビの手にそっと乗せてあげる。するとラビは、受け取った黒パンを大事そうに両手で胸に寄せ、見えない目を閉じ感謝の黙祷をする。
「お兄ちゃん・・・ありがとう・・・」
「ラビ。ほらパン食べな」
「え?お兄ちゃんの分は?」
「あぁ、もう一個もらえたからそれは全部ラビが食べていいんだぞ」
「・・・うん・・・」
ラビは少し迷うと、固くて黒パンを両手で一生懸命千切ろうとするが、非力なラビではなかなか千切れない。見かねたラグがラビに代わって千切ってあげる。
ラビは半分に割れた片方をラグから受け取り
「お兄ちゃん、半分こしよ」
ラビは兄が苦労してもらってきたパンを少しでも食い繋ぐために、兄の言う”もう一個”は明日以降にとっておきたかったようだ。
ラグは一瞬ラビに見透かされたのではないか?と心配したが、どうやらラビは気づいていないらしい。内心で安堵の溜息をつく。
「うん、そうだね。ラビは優しいね。明日も頑張ってもらってくるからね」
笑顔で頷きパンを口にするラビの横で、ラグは受け取った半分の黒パンを口にせず、ラビに見つからないようにそっと陰に隠した。
~翌日(1の月29番の日)
次の日、店の前に投棄されたゴミや、昨夜の酔っ払いの戻した汚物を掃除して、ひとかけらの黒パンと店で出た野菜クズを分けてもらうと、ラグは喜び勇んでラビの待つ家へと向かう。
っ!
と、ラグは突然バランスを崩し前につんのめった。今日のご馳走を両腕で懐に抱えるように持っていたせいで、手で支えられずに顔から地面に落ちていく。
「ガハッ!」
顔面を強打しすぐには起き上がれない。ラグは食べ物を胸に抱えたまま身体を苦しそうに捩ると、転んだ原因を作った者達の声が聞えてきた。
「「ぎゃはははっはははは!!」」
「簡単に引っ掛かりやがった!」
「ばっかじゃねぇの?」
「かっこわりぃ!」
嫌な奴らに見つかったと気づいたラグは、苦虫を噛み潰したような表情になる。
ラグの周りに出てきた連中は、10代の男女が10人でつるみ、この一角を縄張りと威張り散らしている奴らで、住民が身を粉にして稼いできた僅かな収穫を”税”と称して奪い取っていた。
気に入らないやつは見せしめとして暴行を加え、何人か命を落としている。
この街の守備兵がスラム街まで来る事は殆ど無く、無法状態に誰も彼らに逆らえない。まさにやりたい放題だった。
「おいラグ。お前最近稼ぎいいらしいじゃないか。税出せよ」
「おら、無視してんじゃねぇぞ。返事しろや!」
「あ゛・・・ぐぁっ・・・・」
脳震盪でも起こしたのであろうか。1人の少年が、未だに起き上がれないラグの髪を鷲掴みにして頭を無理やり引き上げると、上に持ち上げられたラグの目は虚ろで、埃と擦り傷だけでなく口と鼻から粘りのある赤い筋が流れていた。
「うえぇぇ汚ねぇ~」
「ぅ・・・」
「おらっ!税寄こせって言ってんだよ!!」
掴んでいたラグの頭を地面に叩きつけると、別の少年がラグの身体を蹴って仰向けに転がし、大事そうに抱える今日の報酬をラグから無理やり奪い取った。
「・・・ぅ・・・ぁ・・・」
意識が朦朧(もうろう)としながらも、ラグはなんとか黒パンを取り返そうと腕を宙に伸ばす。
「おい、ラグ。お前最近調子よさそうだから、これから毎日納めさせてやるよ」
「お前逃げようとしたら妹と一緒にぶっ殺すからな!逃げんなよ!」
一方的に要求を言い放つと少年たちはげらげら笑いながら去って行った。
・・・・・・
嵐のような連中が去ってから少し時間が経ち、スラム街に夜の闇が広がるころ、月明かりを遮るように広がった雨雲からぽつぽつと雨が降り出していた。ラグは傷む身体をゆっくりと起こすと、ふらふらと立ち上がりラビの待つ家へ向かう。
「くそ・・・ラビにあげるパンが・・・」
ラグは悔しくて仕方なかった。
<もっと自分に力があれば・・・ラビ・・・ごめん>
・・・
ラグは真っ暗な細道で項垂れながら誰憚ることなく涙を流した。
強くなる雨脚がラグの涙と零れる嗚咽を誤魔化してくれた。
顔を天に向け、顔の泥と血を洗い流し、熱を持った顔に冷たい雨が心地よく感じる。
ラビにカッコ悪いとこ見せられないな・・・
ラグはラビに気付かれないように家に入る前に雨で顔を洗うと小屋の扉を開けた。
「お兄ちゃんおかえりなさい。遅かったね何かあったの?」
笑顔でラグを迎えたラビは洗い流した血の臭いに気づいてないみたいだ。
「あ、ううん。何にもなかったよちょっと手伝いが長引いてね」
ラグは誤魔化しながら隠してあった昨日の半分になった黒パンを、ラグを求め宙をさまようラビの手に乗せてやる。
「ほら、これが今日の分だよ」
「お兄ちゃんありがとう・・・」
昨日と同じように黒パンを両手で胸元に寄せると黙祷してパンを口にする。ラグも一口だけラビからもらい、もうお腹いっぱいだから。と残りをラビに譲った。
<ラビだけは・・・絶対・・・>
~翌日(1の月30番の日)
ラグは昨日の一件をラビに悟らせないよう、笑顔を装い小屋の外に出た。
そして、ラビから距離が離れ始めると、反比例するようにどんどん気分が沈んでいく。昨日このあたりを締める連中に目をつけられてしまった。自分がいくら頑張っても、貰った報酬は全て奪われてしまう。
あと少しでスラムから出るという所で、背後からラグを呼び止める声がする。
「おいラグ!」
ラグが立ち止まり振り返ると、昨日税と称して食料を奪って行った連中の他に、もう一人大柄な少年が立っている。
<っ!・・・ドンカセ!何でこんな時に・・・>
ドンカセと言う少年はこの地区を縄張りとしている少年達のリーダーで、その粗暴さは有名だった。ラグは近づいて来るドンカセを睨んだまま警戒する。
「よぉラグ。今日もこれから稼ぎに行くのか?」
「だから何だよ?」
「そんな顔すんなよ。昨日はこいつらが乱暴な事して悪かったな」
「え!?」
「妹・・・ラビだったか?妹の食う分まで取られたらそら怒るよな」
ドンカセから思いもよらぬ謝罪の言葉を聞き、ラグは戸惑った。
そのせいもあったからか、ドンカセの言葉とは裏腹に、後ろに立つ連中が笑いを堪えるような表情にラグは気が付けなかった。
「あ、あぁ・・・」
「昨日の詫びと言ったらなんだけどよ、もう少し割のいい稼ぎ方教えてやろうと思ってよ」
「・・・」
「掃除やらドブ浚いなんかより儲かるぜ?そしたらお前ら兄妹が食うもんに困らねぇし、残りを俺達に納めればいいのさ。どうだ、やってみないか?」
「・・・」
「…何すんればいいんだよ?」
「お前がやるっていうなら教えてやるぞ?」
「・・・」
ラグは悩む。このままだとラビにご飯をあげられない・・・税も渡せない・・・
いや、違う。ラグは自問自答する。悩んでいたのではない、ラビの事を考えれば答えは決まっている。後は自分にその勇気があるかどうかが問題だった。
「・・・」
「わかった・・・やるよ」
「ははっ!そう来なくちゃな!」
「ついて来いよ」
ドンカセは笑いながら俯いたままのラグの肩に腕をまわすと、そのままスラムの外へと出て行った。
***
「ほら、ここだ」
スラムから出て歩くこと数分、ドンカセはラグの肩を抱いたまま、数名の手下を連れて屋台が立ち並ぶ通りに着いた。
「ここは・・・」
そこはエルコンドの大通りから一本外れた道で、大通りほどではないが結構人の集まるにぎやかな場所であった。
ドンカセはラグを建物の隙間に引きずり込み、壁に向けラグを突き飛ばすと、さっきまでの表情が嘘のように冷たくなり一段低い声でラグに指示を出した。
「この通りで、買い物してるやつから盗んでこい」
「なっ!?」
<ドンカセは僕に盗ませて税を取るつもりだったのか!?>
昨日の話を聞いたドンカセが、黒パンなんかよりもっといい稼ぎ方があると考えたのだろう。結局昨日から何も事態は好転していなかった。
昨日ラグに絡んできた奴らも、ドンカセの後ろでナイフをいじりながら、下卑た笑みをこちらに向けている。最初から謝罪も何もするつもりはなかったのか・・・
ようやく気付いたらしいラグの様子などお構いなしにドンカセは話を続ける。
「買い物しているやつは商品見るのに一生懸命で荷物なんて見ちゃいねぇ。お前は地面に置いてある荷物を取ってくるだけでいいんだ。簡単だろ?」
「そ、そんな事出来るわけないだろ!」
「何だよ?できないってか?」
「当たり前だ!!」
ラグも膝が震えるのを必死に堪えながらドンカセに言い返す。ここから逃げようにも通りに続く側を手下たちが塞いでおり、逃げる事も出来ない。
「お前自分の立場解ってねぇだろ?お前は税を納めなきゃいけねぇ。妹のラビに食わせなきゃいけねぇ。違うか?」
「そ、それは・・・」
言い澱むラグにドンカセがさらに追い打ちをかける。
「たしか妹は目が見えないんだったか?お前が傍にいない時襲われたら心配だよなぁ?」
「・・・」
「俺が居ないときに俺の部下たちが我慢できない事もあるかもしれないぞ?」
「なっ!!」
「・・・お前が俺の言う事聞いてりゃ、俺があいつらを抑えてやれる。ラビの事は守ってやれるんだぞ?」
「・・・」
「どうする?悪い話じゃないだろ?」
これはもう、脅迫を超えて洗脳や刷り込みに近いものだ。だが、ラグがそれを知ったとしても、ラビの名を出されてしまえば抗いようはなく、冷静な判断も出来る状態ではなかった。
・・・
「わかった・・・」
「よぉ~し決まりだな。あ~念のために、もし裏切ったり俺らの言葉らしたら妹がどうなるか解ってるよな?」
「っ!!!」
「心配すんなよ、お前が裏切らなきゃいいんだよ。いいな?」
「わ、わかった・・・」




