2 地震だと思ったら、俺の手は輝きに包まれていた
地震!?
身構えた途端、テーブルにゴツイ籠手がぶつかって、ガシャリ、と音を立てた。
「なんだ……?」
白銀の籠手。籠手だけじゃない。俺の胸元から足元まで包み込む、美しく複雑な曲線を描く、全身鎧の一式。
スマホの画面では、小さすぎて細かいところは分からなかったが、あれか。
俺は、今、MFOの、装備をまとっている。
顔を上げれば、視界の脇に、GUIも表示されている。
レイン=フォースト。
強化コンクリートから取った、安直な名前。
LV68の聖騎士。
間違いない、俺の、キャラクターだ。
って!
おおお、おい。
ゲームの中に、入っちまったってか!?
どこのネット小説の、話だよ。
しかし、この、鎧といい、ゆ、夢というには、リアルすぎる……。
クラクラする頭を押さえながら、顔を上げる。
それに、ここは、ファミレス……じゃ、なさそうだ、な。
椅子に腰かけ、テーブルに向かっていたのは確かだが、周囲を見渡せば、それはファンタジー風の食堂だった。
視線を奥にやれば、受付のカウンターと依頼書の掲示板。
見覚えがある。
ここは、冒険者ギルド、だ。
にぎやかに会話が繰り広げられている受付や他のテーブルに比べ、妙に静かなこのテーブルには、俺のほかに、四人のキャラクター…… いや、人物が、座っている。
正面に座っているエルフ女の弓使いは、固まった表情、体も動かさぬまま、瞳だけが動いて、周囲をうかがっている。
その隣には、ローブをまとった賢者風の美形の男。身構えてはいるが、口元は……ニヤついている?
俺の右側には、いかつい半裸の大男が半ば立ち上がって、キョロキョロしている。見た目は狂戦士系か。
そして、左側には、小柄な獣人娘のドルイド。
正面のエルフ女に、声を掛ける。
「あの……、Bさん、ですか?」
「馬鹿。ほ、本名で呼ぶな。わ、私は、ベネッタだ。」
美しく澄んだ声だが、動揺している。
「そ、そちらは。」
A氏と思われる賢者は、手短に答えた。
「アウグストだ。」
手が少し震えているが、目つきは動揺というよりはむしろ興奮の気配を見せている。
問題は、ここからだ。
落ち着いて、思い出せ。
ほんの少し前の、光景を。
いや、考えるほどじゃないな。
スマホを奪われたのは、左側だった。
マジかよ……。
こっちの130センチほどの、猫耳獣人ドルイドが、課長で……。
反対側の、2メートル近くありそうなバーサーカーが、係長か……。
「俺は、レインです。……皆さん、初めまして。よろしく、お願いします……。」
「オデは、ガガーリン。」
しゃがれた声は、でかかった。
ただ挨拶されただけで、ビクってしちまった……。
普通に会話できるまで、慣れるのにしばらくかかるぞ、これ。
「ワシの名は、ミケだニャ。」
くそっ、くそっ……い、癒されるっ……可愛すぎんだろぉ、その声っ!
中が課長だってのに、つーか、それどころじゃ、ないってのによぉ!
「それで、これ、一体、何なんですか。皆さんの、秘密の遊びなんですか。どなたか、超能力みたいなもので、こんなすごいエンターテイメントを展開できるんですか。」
俺は、かろうじて、疑問を切り出した。
「まさかだニャ。こんなの、初めてだニャ。」
アウ……アウグストも、重ねてくる。
「こちらこそ、聞きたいですね。レイン、何か、心当たりはないんですか。
ゲームみたいなGUIは見えてますけど、ログアウトや元の世界に戻るようなメニューはありません。ベタですが、ある意味、王道と言わざるを得ない……。」
何を言っているか、分からない。
だが、アウグストは、こんな現象に思い当たる節があるのか、興奮しつつも分析しているみたいだ。
「いやいやいや、俺の人生で、こんな出来事、考えたことも無いですって。」
「どにかく、これから、どうするが、考える。」
ガガーリン係長、さすがっす。
ただ、同じベンチでその巨体が勢いよく立ったり座ったりすると、反動で俺の尻が浮きます。
改めて周囲の様子をうかがう。
外はまだ明るいが、依頼の掲示板の前の人だかりが徐々に掃けつつある。
食事を取っている人間も、ずいぶん少なくなってきたようだ。
普通の冒険者なら、出かける時間ということか。
なんというか、この状況を、受け入れるしかないようだ。
「まずは、レインもうちのクランに入りましょう。そうすれば、お互い見える情報も増えるはずですから。」
アウグストのクラン勧誘メッセージに従い、クラン「M市建設課」への加入申請を行う。
[【ミケ】がクラン【M建設】への加入を承認しました。]
M建設…… ちょっと晒し方として、ギリじゃないですかねぇ……
「何があるか分かりませんし、内輪のクランとはいえ、名前を変えておきますか。」
普段は口数が非常に少ないA氏だが、アウグストの今はよくしゃべる。
「そうじゃニャ。じゃあ、仮に、ミケネコ建設としておくニャ。」
団長もクラン名も、こっぱずかしくなるくらい可愛いな。
それはともかく、確かに、クランに参加したことで、メンバーのレベルや現在の状態が把握できるようになった。
〇ミケネコ建設
【ミケ】
LV:低
ビルド:ドルイド、ヒーラー
状態:正常
【レイン】
LV:68
ビルド:パラディン、ナイト、ウォーリア
状態:正常
【アウグスト】
LV:やや低
ビルド:ウィザード・メイジ・プリースト
状態:正常
【ベネッタ】
LV:やや低
ビルド:アーチャー、レンジャー
状態:正常
【ガガーリン】
LV:低
ビルド:バーバリアン
状態:正常
それは、FMOと共通の、表示だった。