1 連れていかれたのは、市街地のはずれのファミレスだった
仕事が終わると、係長が通勤に使っているハイブリッド車を回してきた。
あれ? 係長は、飲まないのか? それとも代行? 少し不思議に思っていたら、さっさと乗れとAが合図してくる。
いつものパターンという様子。
車は、市役所などのある中心市街地から離れる方向に走っていく。
十五分ほども走ると、ローカルなファミレスに、車が停められた。
「え? ここなんすか?」
「おう。ここの店長が、私の甥っ子でね。多少迷惑かけても、大丈夫なんだよ。」
課長が、ご機嫌で車を降りる。
迷惑? ファミレスで?
「居酒屋なんかだとね、あんまり長居すると、追い出されることもあるからね。」
係長まで。
ちょ、ファミレスで、長時間、集団で詰められるって、それってなんかヤバい奴の勧誘とか、そんなパターンだったり、しません……?
目に入った地名は、駅から遠く離れ、流しのタクシーなど絶対に通りかからないエリアであることを示しており、すでに日の沈んだ空は、あっという間に光を失っていくのだった。
店に入るなり、フロアの女の子に「いつもの」と声を掛けた課長に続いて、ぞろぞろと店の一番奥へと進んでいく一団。
柱の陰になって、他の客からあまり目につかない一角に席を陣取ると、俺は課長と係長の間に座らされていた。
いや、普通、ヒラが三人並ぶでしょ?
「この二人はな、詳しいけど説明が下手くそすぎるからな、私達が指導役をやってあげよう。」
親切そうな声はいつも通りの、課長。
「いつでも質問していいからね、S君。」
相変わらずのシルバーイケボです、係長。
「じゃ、とりあえずスマホ出しなよー、Sさん。」
B女史。
なんか、職場にいる時より心なしかフレンドリィな口調かな?
っていうか、なんでスマホ…… 連絡手段、取り上げるパターン? 録音も、させないようにとか?
嫌な汗が、出てきた……
と、思ったら、全員スマホ取り出してるし。
「え? な、なんです?」
「え、だから、スマホ出しなよ。ちなみに、ここのWi-Fiアドレスこれね。」
A先輩が、店のメニューの片隅を示してくる。
「割とファイルサイズ、デカいんで。普通に落とすと、ギガ食われちゃいますよぉ。」
B女史が、スマホをいじりながら、声を掛けてくる。
眼鏡に、スマホの明かりが映りこんでて、表情は読めない。
「はい。今、ダウンロード用の紹介リンク、携帯番号で送ったから。ちゃっちゃと落として、インストールしてね。」
係長、それ、緊急時用に伝えた電話番号ってことですよね!
なに、何をインストールするんすか!?
監視用アプリとか、その場で何かの契約できちゃう奴とか、送金アプリとか……?
恐る恐るスマホをのぞくと、係長からのメッセージが届いている。
……あれ? これって……?
「え、これって、MFOの、新規紹介ですか?」
「なんだ、知ってるのか。じゃあ、話は早いな。私達、M市建設課で、クラン、作ってるんだ。S君も、一緒にやろうよ。」
課長、マジかよ!?
つーか、A氏もB女史も、職場の人間とオンラインでクラン組むようなキャラには思えんが。
と、スマホにメッセージが。
「僕は、二番目の垢を使ってる。」
「私、四番目。」
A氏、B女史とも、サブ垢かよ!
「どれ、見せてごらん。」
課長が、ひょいっと俺のスマホを取り上げる。
ギリギリで、メッセージだけは閉じたものの、無理に奪い返すか迷ってる一瞬で、アプリを起動されてしまった。
ログインに、成功しました。
無情にも、正常な処理がなされ、ギルドの酒場にいる、俺のキャラが表示されている。
「おお、なんだか立派な装備じゃないか、これ!」
課長の声に、向かいに座っていたA氏ものぞき込む。
「は!? ちょ、ちょっと、S氏、どういうこと、コレ!」
あー、はい。
何せ、前職では、手取りは今の二倍。休みは皆無。友人づきあいも、彼女探しも、一切無かった。
疲れて寝るだけの家と職場の往復で、金の使い道と言ったら。
「いやー、俺、昔っからこのシリーズ、やってんですけど、ちっとも腕が上がんなくて。
前の仕事じゃ、忙しすぎて時間も掛けられないし、もう、途中から課金重ねてどうにかしてたんですけど、やっぱそんなんじゃ、それまでの仲間とも、狩場とか優先順位とかズレちゃって……。」
中途半端な、廃課金装備。
時間が掛かるイベ産装備とか、プレイヤースキルが必要な獲物の素材は、すっぽり抜けている。
普通にやりこんでるゲーマーからすると、愛情が感じられないっつうか、最低っすよね……。
「なんだよぉ、こんなキャラいるなら、さっさと力貸してくれよぉ!」
A氏……?
「ホントだー、いいじゃん、コレは強いよー。最近インしてなかったなら、しがらみもないでしょ。私達、結構、行き詰まってたんだよねー。パーティー、組みましょうよー。」
B女史……。
「よし、善は急げだ。さっそく私達も準備しないとな。」
課長が、声を掛け、皆がログインしていった。
よかった……、みんな、原理主義者じゃなかった……。
いや、俺の感覚がおかしかっただけで、世の中のライトユーザーって、こんなもんなのかもな。
あんまりレベルが違うと、パーティー組むには色々困るところがあるかもしれないけれど、歓迎してもらえるなら、いっちょやってみるか。
おかしな勧誘などではなかったことにホッとしつつ、返してもらったスマホを手元に、白銀色の派手な装備の騎士を、久しぶりに眺めてみた。
お前も、居場所をなくした一人だったな。
……なんとなく、そんなことを想いつつ。
次の瞬間、俺達は、大きな地震動に、包まれた。