プロローグ
今一つあか抜けないとある地方の、存在感を示せない中核市の、そのまたベッドタウンである、M市。
全国レベルのニュースになったことなど皆無のこの町が、俺の仕事場だ。
そう、俺は地方公務員。
M市建設課の、いち技師だ。
本名を語るのも怖いんで、Sとしておいていいか。
先端企業も一部上場企業も官僚も、一手誤れば、どこでどうブラックなシチュエーションに落ち込むか、先の読めないこのご時世。
最後の希望を託して皆がたどり着くのが、謎のヴェールに包まれた秘境職場、ローカル公務員。
給料はそれほど高くないものの、試験さえ通れば動機や過去はほとんど不問というカオスゲートをくぐり、様々な人材が集まってくる。
かくいう自分も、職場で寝泊まりが日常の大手建設コンサル勤務から、現場五つを掛け持ち上等の中堅ゼネコン現場監督を経て、この春に今の職場に滑り込んだという転職組だ。
手取りは半減したものの、実質的な勤務時間も半分になったと言っていいだろう。
もっとも、そこで身に付けてきたスキルや知識が役に立っているかと言えば、そうでもない。
俺の例で言えば、建設コンサルでマンションの設計を四年、中堅ゼネコンで公共施設なんかを中心に施工管理を三年やってきた。
でだ。直近で担当している案件は、雨水を排水するための、巨大なポンプの発注だ。
昨年の大水害で既存のポンプの能力が足りず、市の中心部が派手に冠水したため、急きょ対策を実施することになったのだ。
技術屋じゃない人間からすれば、図面があって業者がいて発注するんなら、同じようなもんじゃないの? と思うかもしれない。
いや、実際、この市の人事部門も、そういうレベルで考えてるとしか思えない。
だが、ポンプは機械で、俺が愛してやまない鉄筋コンクリート構造物とは違う……違うんだよぉ……!!
公共事業で土木系っつったら、馬鹿でかいコンクリの塊に触れられると思ってたのにぃ……。
技術者としての俺の魂は、いつもそんな声をあげているのだが、そこはそれ、まぁ、日々の業務は粛々とこなしている。
なんであれ、手を掛けたものが目に見える形で出来上がっていくってのは、確かに同じ喜びがあるからな。
ちなみに、同じ部署で働く技術職は、上司の課長、係長と俺を含めて五人。
係長は、プレイングマネージャーというか、実働部隊を兼ねているが、課長は、ほぼ仕事してない。
まあいい。
課長が何か作業を分担したとしても、それで自分たちの負担が軽くなるとは思えない。
やりかけで放置されるとか、穴だらけの状態で進んだあとに引き継がされることを想えば、最初から自分たちで手掛けていた方が絶対マシだ。
そんなダメ課長だが、寂しがり屋というか、部下とのコミュニケーションは結構求めてくる。
係長は、手が空いていれば相手をするのだが、他部署と打ち合わせで席にいないことも多い。
あと二人、ヒラの職員がいるのだが、二人ともコミュ障というか、それぞれに我が道をいくキャラなので、課長にとっては期待通りのリアクションが返ってこないようだ。
そんなわけで、配置されたばかりの当時、親切に声を掛けてくれる上司ということで笑顔で応対していた俺のところに、なかなかの頻度でやってくるようになってしまったのだ。
仕事中に世間話をされても普通に邪魔くさいので、今はちょっと、後でなら、とかわしているうちに、仕事終わりに一緒することになった。
ただ、課長と俺が話しているのを聞いて、「ああ、それじゃ僕も」「私も大丈夫です」と二人の同僚が言い出した時には、驚いたものだった。
名前を出すのもあれなので、同僚AとBとしておこう。
ちなみに、Aは理学部博士持ちの三十代、Bは大学新卒採用で年下だが俺より先輩にあたる理系女子だ。
え、この二人、仕事終わりの一杯とか積極的に付き合うんだ、けっこー意外じゃん!と。
「それじゃ、いつもの店でいいな。」
課長が言うと、「了解っす。」「はーい。」と素直に返していた。
席に戻ってきた係長が、「どしたの?」と尋ねると、課長が「ああ、今日からこの子も参戦だ。」ってな。
ちなみに、この係長は鉄鋼系からの転職組で、親の関係で地元に戻ってきたのだとか。
この人はマジで仕事ができる人で、仕事しない課長と、調整能力皆無な部下二人のカバーをそつなくこなしている。
早いとこ俺もここの仕事に慣れて、係長の力になりたいと思ってしまう背中だ。
にしても、行きつけの店とかあるんだ、しかも参戦って、そんな飲み方するんだ、意外だなー、そんな風に思っていた時期も、ありました。
サクサクと話を進めたいと思ってますが、後でTRPGのゲームに仕立てたいと思っているので、小説的にはあまり意味のないところで、ちょっと時間を掛けたり、妙なテンポになるかもしれません。
よろしければ、お付き合いください。