天井のない祭壇
言い忘れてましたが、進みは遅い方だと思います。
俺は悪くない。事実だからな。
――青空を見た俺は、身を翻し落下地を確認した。
真下には城、それを中心に広がるように町、平原、森、山、海?でかい泉?水平線…。
ところどころに川や小さな町らしきものが遠くに見える。
ここはどこだ、と言うつぶやきは風に呑まれて、蚊の鳴き声にもならない。
例えるならば王道ファンタジーゲーム…のどこか気の抜ける、最初の地方みたいな?
俺の勘はよく当たる。そう思ったからそうだろうと迷いなく納得し…
その幻を切り裂いて、確かに殺したはずだかどうしてだか生きている、術者である敵の息の根を
止めるため、受け身を取ることにした。
ーー「では、ここに集いし勇者へ神の祝福を与え、魔の王を倒し無事帰還する事を…っ!?」
真下に居たちょうどいい人型を緩衝材代わりに、肩を掴み背を蹴り倒して踏みつけて、勢いを完全に殺す。うまくいったから足に痛みはまったくない。
さっきまでよく分からない御託を並べていた王冠を被った爺さんが息をのみ、銀の鎧を着た大量の人型が慌てたように各々武器を構える。緩衝材の隣に並んでいたと思われる鎧を着ていない数人が俺から距離を開けて警戒している。他にも神官みたいな人型が遠くにちらほら…。
天井のない神聖そうな祭壇。水の流れを表しているような石の柱。散らばる瓦礫片は俺と一緒に落ちてきたものか…。
ずいぶんとしっかりと造り込まれた幻だ。でも俺は騙されない。
なぜなら、室内なのに天井が開いていたら雨が降った時や、嵐が来たら大惨事だからだ。甘かったな。
右手に持ったままの愛刀を、周りの人型達に突きつけながら緩衝材から降りて、息を吸う。
最初に来た奴から殺そう。その内、幻の核に当たるだろう。
せっかくだから、殺人鬼みたいな残忍な笑みを威圧の為に作った俺は、それが失敗だと悟る。
…誰もかかってこない。
銀の鎧共は情けない声をあげて、逃げたり座り込んだり後退ったりしている。爺さんと大半の神官は泡吹いて倒れた。起き上がった緩衝材と、その他は険しい顔で俺を見たまま後退り、離れた位置で身を強張らせる。
この様子なら、戦闘ではなく虐殺になってしまうな、と残念に思い、さっさと目に入った手近な鎧に距離を詰め、刀を振る。
「っ…!?」
ーー鎧の首を刎ねる軌道の刃はしかし、体の真横辺りで突然引っかかったように動かなくなった。
久々に、本当に久しぶりに驚いた俺は刀を見る。そこには…。
整った顔に、少し窘める様な色を落とした男が、後ろから刀を指で摘んでいた…。
俺の薙ぎ払う途中の刃を止めた?指で??
今までの敵を前にしても感じなかった感情がこの時、蘇った。
--恐怖。
愛する刀から手を離し、化け物から全力で距離を取る。
全力で動く思考は、どうやってあいつを殺すかだ。何も喋らず、逃げた俺に困ったような気の抜ける微笑みを向ける化け物。
愛刀…、大太刀で俺の身長以上の刀身を持つ刀を、未だに指で摘まんだまま…、水平を保っている。
「幻、如きが…」
「幻などではないです!」
俺の言葉に喰いつき気味に否定する声が、男の後ろからする。
金髪に、様々な色を湛えた瞳の少女が、駆け足で怯えることなく俺に近づいて来た。
目をしかめる俺の前で、敵意はないと言うように両手を広げてアピールしてくる女に、毒牙を抜かれた気持ちになる。鮮やかな金の色に様々な記憶が重なり吐き気がする。
「幻では、ありません。話を、しましょう」
言い聞かせるかのようにゆっくりと話しかけられる。
どうするか迷っている俺に、
「空から落ちてきた時点で、君にも事情がある事は察している。だからこそ、お互い説明する時間が必要だと思うんだ」
と、俺の刀を止めた男が、愛刀の刀身の血を拭ってから、落ちていた鞘に刀を戻して、俺の前に差し出してきた。
――幻なら、幻の方が話し合いなんて必要ないだろう。それなら…。
俺は刀を受け取り、自分の殺意を殺した。