7.光と闇、倫理と正義
魔物の中で、最も強い種族はどれかという話をしたことがある。
個体としては、魔王も中々だった。しかし、あいつは多種族の混血によって産まれた突然変異のようなもので、種としての強さをどうこう言えるものではなかった。
また、人間もそういった話では名前は上がらない。力の量も質も個体差が大きすぎるのだ。俺のように強い闇の力を持つ人間はほとんどいない。
ではどういった魔物の名前が上がるかというと、やはり龍が筆頭だった。
腕だけでも人一人分の大きさになる巨体と、それを支える強靭な筋肉、骨格を持ち、鱗、爪、牙を形作る物質は、人間に作ることのできるどんな物質よりも硬い。更に戦闘においては魔力を用いて、それらを攻防いずれの面でも強化してくる。
特に強力な魔力を持つ個体は人邪龍と呼ばれ、人間の魔物に対する恐怖の象徴になっている。
個体数は比較的少ないものの、これが群れで活動しているのだから、人間から見れば驚異どころの話じゃない。
欠点としては、巨体のせいで動きが鈍いこと、それと知能がそこまで高くはないことだ。
こうした点を考慮して、黒狼の名が上がることもある。
この黒い体毛を持つ狼たちは、単体での戦闘力は龍に及ばないものの、高い機動力と知能を活かして、群れでの連携の取れた戦いを行う。
人間の耐久力を基準にすると龍の攻撃力も黒狼の攻撃力も大差ないから、龍よりも黒狼の方が危険度は高く設定されることもあった。
ある時、光の都の侵攻に業を煮やした龍の一族は反撃する決定を下した。
これに便乗する形で俺と黒狼も加わり、第二次魔族大戦が開戦した。第一次は、魔王が起こしたものだ。
俺と黒狼の部隊と龍の部隊がルクセントを挟撃する形で開戦した。
ルクセント側は、精鋭である聖光騎士団を2つに分け、これを迎え撃った。
残念ながら、俺と黒狼の部隊がいた方は雄二とは当たらなかった。雄二が龍にあっけなく殺されるならそれもまあ笑えたし、雄二が龍を殲滅するなら、それを俺が殺せば俺の名前に箔がつくというものだ。
雄二が来なかったとは言え、こちらに来た騎士団も俺の元クラスメイトだ。多少は旧交を温めるシーンもあった。
「泰地、なんでお前、闇に呑まれちゃったんだよ?」
聞いてきたのは、寺大路というやつだった。俺が都から追い出される時に、俺を止めようとした正義漢だ。
このときは、両手に炎を纏いながら、俺の前に立ちはだかった。
「ユージ・ラインハルト団長に聞いてみろよ。きっと本当のことは教えてくれないからさ」
俺は闇を拳に纏って殴りかかった。
「違う! お前が闇に呑まれてさえいなければ、こうはならなかったはずだ!」
この時点で、俺がこの世界に来てから7年が経っている。俺もこいつらも、大分この世界の倫理観には馴染んでいた。
光こそが尊く、価値があると教えるほうは分からないでもないが、それを信じるほうはどうかと思ってしまう。
「闇がどうこうじゃない。俺が手に入れた力の種類がどうあれ、雄二のことはどうやっても許せなかったさ」
「そんなことはない。光の中にいられれば、お前も……」
寺大路は本当に俺を連れ戻せると思っているようだった。そんな情は、戦場では無駄なものだ。
だから俺は、寺大路より一歩深く踏み込むことが出来た。闇を纏った拳が、寺大路の腹を貫いた。
「安心して死ねよ。お前の代わりは、きっと雄二がすぐ見繕ってくれる」
黒狼たちも、騎士団を相手に有利に戦闘を進めていた。そもそも人間は、魔物と比べて肉体的にはかなり脆い。それを魔力や武器を使ってどうにか対抗しているだけだ。
俺は勝利を確信していた。このまま戦闘が進めば、騎士団を押しきることができると。
光の衝撃が、俺の目の前を横断していった。この光の『色』には、見覚えがあった。
「なんだお前、ストーカーか?」
光の発生源は、雄二だった。こいつは、今は龍と戦っているはずだった。
「君を殺すためなら、どこへだって駆けつける所存だよ」
雄二の気取った口調に俺は少々苛立っていた。
「ならデートでも行くかい、雄二くん?」
「いや、今日のところは帰らせてもらうよ」
「残念、朝まで付き合ってもらおう」
俺は闇の槍を雄二に放った。
しかし雄二は、剣でそれを軽く払って見せた。
「チッ……」
思わず舌打ちが出た。雄二の力を見て、俺も撤退を始めた。
有利だったとは言え、黒狼側にも多くの負傷者が出ていた。雄二が単独で龍に勝てる力があるなら、ここで黒狼を全員消費しても勝つ可能性は低かった。
黒狼には今後も使い道がある。だから被害を少ないままにしておくことで得られる信用を重視した。
だから今回は、元クラスメイトを一人削ったことで良しとしておいた。