3.戦争
何をやるにも、順序や過程が必要だ。
ルクセントに働きかけようにも、俺一人では力が足りない。
都から見てラウラの家の反対側、闇に包まれた城に俺は向かった。
「お前が、魔王だな?」
魔王軍の副官、コウモリのどでかいやつみたいなのを放りながら俺は問いかけた。
「何をしに来た」
憮然とした態度で返された。人間のような見た目だが、頭から生えた角がこいつは人間ではないことを主張している。
「お前たち、ルクセントに負けそうなんだってな。手を貸してやるよ」
「邪魔しに来たとしか思えんな。シュリーガを倒しておいて」
「俺の実力はわかっただろ?」
「私の実力も教えてやろうか?」
「俺を殺すためにどれだけ消耗する気だ? それでルクセントとどう戦う。ちっとは考えろよ」
これで魔王の方が折れた。
「見返りは何が欲しい?」
「日野雄二の首」
誰だ、と聞く魔王に、そういうやつがいるんだよとだけ教えた。
「お前たちはただ俺が一対一になれる状況を作ればそれでいい。それさえやってくれたら、お前たちに力を貸してやるよ」
「悪くはないが、こちらの利益が少ないな。こっちは副官をやられてるんだ」
そこで俺は手土産を用意することにした。
ルクセントに忍び込んで、元クラスメイト二人を攫ってきた。知り合いだったから誘い出すことも、不意を衝くのも簡単だった。
二人が持っていた情報と首と引き換えに、俺は魔王軍と協力関係を結んだ。
俺がもたらした情報を活用して、魔王軍は攻勢に出た。奇襲を繰り返し、兵力を少しずつ削り、警備の隙間を縫って都の中に潜入し、破壊活動を行った。
しびれを切らしたルクセントは、魔王軍に対して決戦を仕掛けた。
ここまでは予定通り。ルクセントはそこかしこがピカピカしていて、闇を使う魔物にとってはやりにくくてしょうがない。だから闇に満ちた魔王の城に呼び出したというわけだ。
魔王軍の協力もあって、魔王城の廊下で、俺は雄二と一対一になれる状況を作ることができた。
「お前、魔王軍についたんだな」
「光栄に思えよ、お前を殺すためだ」
お互い、準備は万端だった。実戦を経験し、力を使いこなしている状態で戦闘が始まった。
拳が、剣が、光と闇が、激突する。
俺と雄二の実力は拮抗していた。力の総量では雄二の方が上だが、闇は隠れ潜むものだ。
床に、壁に、天井に仕込んだ闇の力が、時に絡み付いて足を取り、時に槍になって雄二を狙った。
「随分姑息なことをやるんだな」
「悪いな、お株を奪って。お互い様だと思っといてくれよ」
不意打ちを多用するのは雄二に光の精霊を奪われた意趣返し、だったらよかったのだが、実際は力で負けているためにやむを得ずやっていることだった。しかし、この戦法の副産物として、雄二は力で勝っているのに攻めあぐねていることに多少ではあるが苛立っているように見えた。
「俺はいつだって正々堂々さ。見せてやるよ」
雄二が剣を構えると、光の精霊が剣に触れた。
剣が光の魔力を纏った。これで雄二の剣の威力は数段上がったことだろう。
雄二の斬撃にさらされて、一撃毎にこちらの防御が削られて行く。張り直しが間に合わない。
「これでもう終わりだな」
雄二はもう勝利を確信している。その浅はかさに俺は少しにやけてしまった。
「お前忘れたのか? 俺がどんな状況でこの力を手に入れたのか」
闇は怒り、憎しみによって増幅し、ますます多くの闇を引き寄せる。つまり、俺は雄二から斬られれば斬られるほど、多くの闇の力を手にすることができる。力の量で俺が雄二を上回るのも時間の問題だった。
「この……!」
雄二がこの日はじめて焦りを口に出した。
雄二が勝負を決めにかかる。剣に全ての魔力を集中させた。
俺も迎え撃つ。全身の闇を拳に集めた。
互いの最大出力がぶつかり合い、周囲が焦土と化すほどの衝撃が発生した。もちろんその中心にいた俺も無事では済まず、俺は意識を失った。
気が付いた時には既にラウラの家に戻っていた。がれきに埋もれていたところをラウラが運んでくれていたらしい。
「雄二は……?」
俺の問いにラウラは静かに首を横に振った。
「生きているみたい。凱旋パレードの列にそれらしい人を見たわ」
「凱旋……。魔王は負けたのか」
ラウラは今度は首を縦に振った。