第七十二話 魔王と二つの大罪
太郎達がアッタマルドを倒してからしばらくして――。
魔王城の玉座の間には、様々な感情が綯い交ぜになった空気が張り詰めていた。
玉座に前のめりに腰掛ける魔王は、部下のリッチーから魔王軍最高幹部の一人であるアッタマルドが倒されたことの報告を受けていたところだった。
魔王は目を見開き、信じられないといった表情で首を横に振る。
「まさか、あのアッタマルドが倒されるとは。彼ほどの実力者なら、いくら相手があの勇者達でも何の問題もなく倒せるだろうと踏んでいたが……。ビフロンスよ、一体何があったのだ?」
魔王からの問いかけに、リッチーのビフロンスは静かに答える。
「……どうやら、大賢者のダリルが勇者の仲間となり共闘したようです」
「どぅええええええええ!!!!!??」
その名前を聞いた魔王は、玉座からひっくり返るくらいのリアクション芸人も真っ青な驚きっぷりを見せた。
「そいつ我でも知ってるぞ!『とびきりイカれた賢者がいる』って一時期話題になってたよな!なんかヤバそうな二つ名が色々ついてたから印象に残ってたんだ!たしか……実力は賢者の中で1、2を争うくらいだが、やべー魔法を平気で使うわ、酒や賭博なんかにものめり込んで、結局賢者界隈から追放されたはず……」
魔王は顎に手を置き、何かを考えているようだった。
「確かに、アイツならアッタマルドともいい勝負ができるかもしれないが……酒を飲まなきゃ全力を出せないんじゃなかったか?」
「魔王様……なんだかその賢者について、異様に詳しくないですか?」
「ん?あぁ、実は魔王軍に入れたいなとちょっと考えたことがあってな、その時に色々調べたのだ」
あっけらかんと話す魔王。
それを聞いたビフロンスは、んなヤベー奴がもしかしたら同僚になってたかもしれないのかよと、ビフロンスは骨に張り付いているだけの皮膚に、立つはずのない鳥肌が立つのを感じた。
しかしリッチー、伊達に不死の王と呼ばれているわけではないようで、その感情を表情にはおくびにも出さない。
……まあ、ほぼ骸骨なのでその表情が変わることはないのだが。
魔王もドン引きしているビフロンスには気づいていないらしく、話を続ける。
「ともあれ、それは過去の話。今は敵だ。……ダリルと勇者達にアッタマルドほどの者が倒された以上、あとは我が出るしかあるまい」
そういって魔王は、玉座からゆっくりと立ち上がる。
瞬間、全身からは凄まじいオーラが放たれ、並の者では近くにいるだけで気を失いかねない。
それだけではなく、空からは激しい雷鳴が鳴り響き、大地は地鳴りと共に細かく震えている。
体内のエネルギーを少し放出しただけで、天変地異を引き起こす。
これが、魔王と呼ばれ恐れられている者の力の一端である。
「『貧困』のアンパン魔人、『遺伝子改造』のイナゴライダー175号、そして『薬物中毒』のアッタマルド……他にもたくさんの仲間が倒された。……後はこの我が仇を――」
魔王がそこまで言ったところで、ビフロンスから待ったがかかる。
「――なにを言ってんですか!!あなたは魔王なんですよ!?この魔王軍における、いわば最後の砦なんです!!どんな事があっても最後まで出てきてはいけませんッ!」
ビフロンスのあまりの剣幕に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして困惑する魔王。
「え、えぇ……?」
そんな困惑する魔王を見て、ビフロンスはハッとした表情で「声を荒げてしまい申し訳ありません」と謝罪し、その後は落ち着いた口調で話し始めた。
「魔王様という存在がいなければ、我々はやがて烏合の衆と成り果てます。統率を失った組織などで立ち向かえるほど、相手は甘くありません。それに、魔王様さえ最後まで生きていれば、後はなんとかなるんですから」
ビフロンスは続ける。
「……ですから、今の魔王様ができることはひとつ。――部下を信じて、その椅子にどっかり座っていればいいんです」
その言葉を受けた魔王は目線を落としたが、すぐにフッと笑いまっすぐに前を見つめる。
「あぁ、分かった」
「とはいえ、魔王様の仰ることも分かります。これ以上の敗北は許容できません。……そんなわけで、今回は七つの大罪のうち、『社会不公正』と『環境汚染』二つの大罪の最高幹部をぶつけていきたいと思っております」
「それならば『環境汚染』だけでいいのではないか?他の大罪と違い、彼らは4人で行動している。数的な不利もない上、彼らほどの実力者達であれば、問題なく勇者たちとも渡り合えるだろう」
魔王からの問いにビフロンスは一瞬何かを考えるように俯き、ゆっくりと答える。
「……『社会不公正』はいわばジョーカーです。基本的には『環境汚染』達で任務にあたりますが、万が一、劣勢となった時には彼が全てをひっくり返してくれるはずです」
「なるほど……それでは今回、その二つの大罪を送り込むとしよう。彼らなら必ず成し遂げてくれると信じているぞ」
「そのお言葉を伝えたらきっと彼らも奮起することでしょう。……では失礼致します」
片膝をつき深々と最敬礼をしたビフロンス。足元から徐々に黒い霧となり、空中へ霧散し消えていった。
その様子を静かに見つめていた魔王。
ビフロンスが消えた場所をしばらくの間ガン見していたが、痺れを切らしたのかおずおずと話しかける。
「え、あの……何してるんだ?」
魔王の困惑した声が玉座の間にやけに響く。
すると、先程消えた何もないところからビフロンスの声が聞こえてくる。
「なんか、こんな感じでスーッと消えたら格好良くないですか?いかにも有能な部下っぽくて」
「……まあ、気持ちは分かる」
そう言うと、満足したのか透明化したビフロンスは、足音を立てながら普通に扉を開けて出ていった。
玉座の間に一人取り残された魔王は、困惑する表情のまま入口の扉を見つめていた。




