第六十五話 全ては傀儡師の手の中に
「爺さん……まさか、あんたが?」
俺は震える声でそう尋ねた。
老人は数秒ほど考え込むように俯いていたが、すぐにパッと顔を上げて、ニヤリと笑う。
「…………そうさァ、ワイが今回の事件を起こした魔王軍幹部の一人、『麻薬中毒』を司るアッタマルドよォ」
それを聞いた瞬間、俺たちは驚愕のあまり目を見開き絶句する。
なおも、老人――魔王軍幹部のアッタマルドは続ける。
「ワイの傀儡共を殺ってここまで来るたァ、ちょっとは骨がありそうじゃねェか。……にしても、まさかおめぇらが噂の勇者達だったとはねェ。ったく、世間って奴ァ本当に狭ェなァ」
「街の人達をゾンビみたいにしたのは、本当に爺さんなのか!?」
俺はアッタマルドに問いかける。それに、アッタマルドはこくりと頷く。
「あぁ、そうさァ。今、ああいう状態になってるやつはみーんなワイの組織『カラマス・アウトプット』が作った薬物の使用者か、そいつらに伝染された奴らよォ」
淡々と伝えられる言葉に、デイモスは手に持ったヒノキの棒を強く握りしめた。
「何でそんなことしてんだよ……あんた、『薬物に手を出す奴はゴミ』っつってたじゃねぇか。そんなことしたらそのゴミ以下になっちまうだろうが……!」
「……んな事言われてもこちとらこれが仕事なんでねェ、出来なきゃ明日からおマンマ食いっぱぐれちまうんだよォ。それに、どんな仕事にも個人的な感情を持ち込むのは三流以下の野郎がするこったァ」
そう言ってアッタマルドは、ついている杖をゆっくりと地面から離して、軽くトンと打ち鳴らす。
「お前らこそ、何でまだこんなところをほっつき歩いてやがる。『長居はするな』とせっかく警告してやったのによォ……。いや、もう御託はいい。――さァ、そろそろ始めるとしようやァ」
静かにそう言ったアッタマルドは、次の瞬間には杖をまるで刀のように左の腰に差し、深く深く腰を落とした。
そして、右手を杖の持ち手に軽く当てる。
あれはいわゆる、抜刀の構えというやつだ。
……まさか、あの杖は仕込み刀になってるのか?
だが、アッタマルドから殺気や敵意のようなものは全く(・・)感じない。
……いや、なさすぎる。まるでそれらの気配をあえて心の奥底に押し殺しているような、そんな不気味さを感じた。
「安心しなァ、苦しいのは死ぬまでの間だけだからよォ。だからとっとと死んで楽に――」
「――先手必勝ッ!!」
しかし、デイモスはアッタマルドの話を最後まで聞くことなく、手に握り締めたヒノキの棒を振りかざし突っ込んでいく。
このデイモスの攻撃は俺も予想していなかったため『今、アッタマルドに攻撃してはいけない』と咄嗟に制止の声を出すことが出来なかった。
だが、デイモスの駆け抜ける速度は凄まじく、俺の目ではその姿を追うことも難しい。
もしや、これならばすぐにでも決着が付くのではないか、そんな想像が脳裏をよぎった。
「オイオイ……年寄りの話は最後まで聞くもんだぞ?」
しかし、アッタマルドは動揺する様子もなく自分の杖の持ち手……刀でいう柄の位置に手を置き、その目を瞑った。
次の瞬間、アッタマルドの右手が微かにブレたように見えた。
そして、デイモスが思い切り振るったヒノキの棒は、アッタマルドの顔面に直撃するわずか数センチ前でピタリと停止した。
状況が理解できない俺とヴェルデは固唾を飲んで、二人を見る。
「弱者は強者に敵わず、苦しみから逃げようとした結果、死にたくても死ねない、生きたくても生きられずワイの傀儡人形になっちまう……なんとも厳しい世の中だねェ。だが――」
アッタマルドは体勢を変えずにポツリと言った。それと同時に、手元の杖の一部が鈍く光るのが見えた。それは紛れもなく刃のぎらめき。やっぱりあの杖は仕込み刀だったらしい。
アッタマルドは大きなため息をひとつ吐いた後、抑揚のない声で呟く。
「――同情はできねェ」
チン、と刀が鞘に収まる音が聞こえた。その音と同時に、デイモスの頭がごとりと地面に落ちる。
その光景を目の当たりにした俺とヴェルデは、目を大きく見開いて絶句した。特にヴェルデは手で口元を覆い、体を小刻みに震わせていた。
アッタマルドは抜刀の構えを解き、真っ直ぐに俺たちを向いた。
「……そもそも、そんなに都合よく快楽を得られるわけがねェんだ。良いものを与えたら、それに見合った対価を貰う。……クスリを良いものとはこれっぽっちも思わんが、当たり前のことですら理解できない、その当たり前すら分からねェ馬鹿がここには山ほどいる。まるで救いようがない」
ここまで話したところでアッタマルドは、苦笑を浮かべながらポリポリと頭を掻く。
「……まァ、そんな馬鹿どものおかげで飯を食えてんだからあんまり悪く言っちゃあアレだわな。ともかく、傀儡の奴らのことはたっぷり食いつぶしてやるからよォ」
ニヤリと笑ったアッタマルドを、俺は真っ直ぐに見つめてながら手を固く握り締める。
「……けど、諦めるわけにはいかない。俺たちは圧倒的に不利な状況でも諦めず、ここまで必死に、意地汚く、そして泥臭く勝ちを拾い続けてきたんだ。……このくらいの絶望で、いちいち投げ出してなんかいられないんだよ」
その表情から笑いが消えたアッタマルドは、真っ直ぐに見つめる俺を見つめ返してきた。
「ほゥ、その貪欲に勝ちに来る根性……気に入ったぜ、兄ちゃん。じゃあ、少しだけヒントをくれてやろう。……今、あんな状態のやつらだが『ワイを殺せば元に戻る』」
「「!!?」」
その一言に驚愕の表情を浮かべる俺とヴェルデだったが、アッタマルドは俺たちの表情が一変したことを確認するとニヤリとした笑みを再びその顔に浮かべた。
「……とでも言って欲しかったかァ?だが残念、薬物に手を出した者は一生ワイの傀儡よォ……いや、一生を終えても逃がしはしねェけどな」
「どういう意味……?」
ヴェルデが疑問を漏らす。その言葉でさらに笑みを濃くしたアッタマルド。
「俺がいつ『生きている人間だけを操る』なんて言ったァ?付け加えるなら『元に戻す方法がある』とも言ってねェはずだが?」
アッタマルドは続ける。
「お前らがどんな行動を取ろうとも、それは全部無駄になるんだよォ。なぜなら、ワイの特殊能力は【傀儡】っつって、効果は『一度でもワイ特製の麻薬を使用した者の肉体を操る』からだ。そいつらの生死や種族は関係ねェんだよ。つまり、皆等しくワイの傀儡ってことよォ。……それに、どうやらこの町の奴らは全員落ちたみてェだぜェ?」
そう言い放ったアッタマルドは周囲を見ろと言わんばかりに、指で軽く周りを指した。
そうして周囲を見渡すと、俺たちはいつの間にか現れたゾンビ達に、完全に囲まれていることに気が付いた。
「――つまりだ、勇者。今のお前たちが倒そうとしている敵は、この町そのものだってこったァ」




