第四十五話 泣きっ面に蜂
討伐隊の拠点に到着すると俺とデイモス、そしてヴェルデにはしばらくの待機時間が設けられた。討伐隊の彼らは今後の対応についての打ち合わせなどがあるという事らしい。
そんな説明を俺はほーんという生返事を、半開きの口から漏らしながら聞いていた。
俺とデイモス、ヴェルデは会議室のような場所に案内された。
ここで俺はジャージから元のスーツに着替え、デイモスには戦闘でボロボロになった俺そっくりのスーツの代わりに、前に着ていた服に着替え直した。
……もちろん、その間はヴェルデにはちょっとだけ後ろを向いてもらってたよ!?
そんなわけで。
俺たち3人は部屋に通されて待っていたが、デイモスがヴェルデを呼び出して部屋の外へ連れて行ってしまった。
……一人寂しく残された俺。
……折角なのでヴェルデに魔法の事について詳しく聞いてみようかなとか考えてたんだけどなぁ、なんて独り言をぶつぶつと呟いて1人で待っていたが、あんまりにも退屈なのでそこら辺を散歩することにした。
まあ、自由時間だしここの施設見学ということであっちこっちを見て回ったわけよ。
けど、そんな事をしてみたはいいが、なんだかよく分からない機械とか書類ばっかりで、俺が見ても当然だがちんぷんかんぷんだ。
気分転換のため、俺は一旦外の空気を吸うことにした。
「あー、だいぶ晴れてきたなー」
入口を出てすぐのところにあった木製の頑丈な箱に腰掛け、気の抜けたアホ面で空を眺める。
しばらくすると、聞き覚えのある男の声が物陰の方から聞こえてきた。
「――お前、いい加減本当の事を話したらどうだ?」
ん?と眉をピクリと動かし、周囲をキョロキョロと見回す。どこから聞こえてきたんだ?と、俺は耳を澄ませてその声の聞こえる方向を調べる。
すると、どうやらこの声はこの討伐隊の施設の裏から聞こえてくるようだと分かった。
俺は好奇心に身を任せ、危機感も持たずに顔をひょっこりとのぞかせて様子を覗き見る。
そこに居たのはデイモスとヴェルデだった。
こちらからは彼らの横顔が見え、二人とも眉に皺を寄せ、真剣な面持ちで何か話をしている。
「…………あいつら、何やってんだ?」
俺は2人には聞こえない程度の声量でポツリと呟いた。
話し合っている2人の様子から察するに、何かまずい事が起こったであろうというのはすぐに分かった。……というか、ふたりとも表情が顔に出すぎなんだよなぁ。
しかし!そういう事なら何故、勇者の俺に何も相談しないのだろうか!不思議だなぁ!
………………。
……俺はそのままこっそり2人の話を盗み聞きする事にした。
そういえばさっきデイモスが「本当の事を話せ」とかどうのこうのって言ってたっけな……。
俺は黙って神経を集中し耳を澄ませる。
「……一体、いつから勘付いてたの?」
「怪しいと思ったのは最初に会った時からだ」
(は?え、ちょっ、何がどういうこと?)
2人の話にさっぱりついていけない俺。
……ちょっと待てよ、一旦冷静に考えよう。
とりあえず今の話の内容だと、ヴェルデには何か隠された秘密がある、と!
そして、デイモスは最初にヴェルデと会った時から、その隠している事に気付いていたという事か。
ここで俺も最初にヴェルデに会った時の事を思い出す。
確か……デイモスと俺が街中でちょっくら揉めた後に、ヴェルデと会ってギルドに案内してもらったんだ。
けれど、別にあの時点では特におかしいところは……、とここまで考えたところで、俺はあることを思い出した。
そういえばデイモスは最初っから「怪しい、怪しい」ってずっと言ってたな。
ほへぇ、あの段階で何かに気付くなんて凄いなぁデイモスは〜、なんて呑気に思っていると、次の瞬間ヴェルデがとんでもない事を言い放った。
「デイモス、あなたは人のことを言える立場なの?……少なくともあなたは人間じゃない、違う?」
!!!!!!!
これを聞いて一気にパニックに陥る俺。
しかし、分かりやすく慌てふためく俺とは対照的に、デイモスはそんな事は想定内だと言わんばかりにニヤリと笑う。
「そこまで分かってるんだったら話は早ぇ。……何で正体を隠して太郎に近付いた、一体何が目的だ?――『サイキョウの魔法使い』さんよぉ」
「あら、やっぱりあなたって『アンデッド』のわりにかなり知能が高いのね。こんなに珍しい存在は初めて見たかも」
ヴェルデは感情を感じないサイコパスな視線をデイモスへ向け、ゾクリとさせる狂気じみた笑みを浮かべた。
あまりにも急展開過ぎて理解が追いつかない俺は、思わず放心状態となる。
……ここで何を思ったのか、俺はその放心しポカンと間の抜けたアホ面のままで、ゆらゆらと揺れるゾンビみたいな歩き方で彼らに近付いていってしまった。
そんな事をすれば俺が盗み聞きしてたのがバレるのは至極当然なわけで。
「――ッ!太郎、お前……ッ!」
「あら、見られてましたか」
俺の姿を見て動揺するデイモスと、横目で俺を見ながらわざとらしく微笑むヴェルデ。
「ヴェルデ……ヴェルデが『最強の魔法使い』ってどういう事?」
白目を剥いて意識が朦朧とした状態の中、俺はうわ言のようにボソボソと呟く事しか出来ない。
そんな中でデイモスは俺を庇うように前に立った。そして、視線は真っ直ぐにヴェルデを捉えたまま、強い口調で言い放つ。
「馬鹿野郎が!何で来ちまうんだよ!相手は何をしでかすか分からねぇ奴なんだぞ!?ましてお前なんぞ一瞬でやられちまうだろうが!」
これまた混乱させる情報が脳に流れ込み、俺は震える声で尋ねる。
「……ヴェルデってそんなに、ヤバいの?」
「ヤバイなんてもんじゃない。『戦闘において数々の未知な魔法を使って敵と味方を混乱に陥れた、戦闘において手段は一切選ばない残虐非道なサイコパス魔法使い』……それがこの【サイキョウの魔法使い】と呼ばれるヴェルデ・フラウだよ」
「……その説明だとお前が言ってる『サイキョウ』って、最も狂ってるって書いて『最狂』の方がしっくりくるんだけど……まさか、違うよね?最も強いの『最強』だよな?」
俺は心の中で(頼むから間違っててくれ!)と叫びながらデイモスの様子を伺う。……けど、これまでの経験から言わせてもらうと何故かこういう時って絶対良くない方にいくんだよなぁ……なんて考えてると。
「そう、その狂った方の『最狂』だ」
ほら、やっっっっっっっぱりこうなった。
もう……なんだろう、俺は何かに呪われてるんだろうか。というか!それが分かってるならデイモスは何故何も教えてくれなかったんだ!?
「だったら何でそれを事前に言ってくれなかったんだよ!」
正直な意見をデイモスにぶつける。
そうして返ってきた答えが――
「――その細かい情報はアンパン魔人にぶん殴られた時の衝撃で思い出したんだよ」
………………………………。
「…………なんかあれだな、叩かれて直るとか一昔前の電化製品みたいな脳みそしてんだな」
「……それじゃあ、試しにお前の頭も全力でぶっ叩いてやるよ。そうすりゃ俺みたいに今よりまともに動く可能性が天文学的数字レベルで残ってんだろ」
そんなくだらないいつものやり取りを『最狂の魔法使い』の目の前で繰り広げてしまう、なんとも間抜けな俺とデイモス。
その様子をヴェルデはまるで観察でもするかのような視線でじっと眺める。
「あなた達、随分余裕そうね。それとも追い詰められて開き直ってるの?……まあ、それも無理ないかもね。『アンデッド』と『魔法を使えない人間』が手を組んでもどうしようもないものね」
「ファ!?なんでそれ知ってんの!?」
俺が慌ててそう言うと、それを確認したヴェルデがニヤリと笑った。
「あら、本当だったの。今のあなたの発言で確信になったわ」
その笑みを見て俺は、彼女の発言の本当の狙いにようやく気がついた。
しまった!今、自分で魔法が使えない事を認めちゃったよ!
「おまっ、馬鹿がっ!あれほど気をつけろっつったのに!!」
「いやそんなこと言ったってさぁ!今のはどうしようもないでしょ!」
デイモスの言葉を聞いたヴェルデは、急になんとも言えないような渋い顔で、申し訳なさそうに歯切れ悪く話を始めた。
「……あの、大型ビジョンの前でデイモスが『お前は魔法を使えないのに』って言ってたのが、その根拠というか……」
あぁ……そういえば、アンパン魔人がテレビを通して勇者を連れてこい的なことを言って、俺が討伐隊に名乗り出ようとした時に、
『魔法も何も出来ないお前が行ったところで何が出来るってんだ!』
って言ってたな。
スっとデイモスに冷たい視線を向けるが、当のデイモスは空を見上げて「今日は風が騒がしいな」とかふざけたことをぬかしてやがる。
「これをバラされたくなければ一つだけ条件があるの」
ヴェルデは動揺した表情から一転して、無表情となり脅迫めいた話を続ける。
この展開は……まさか、と思った俺は思わず呟く。
「……金か?いくら出せばいい」
しかし、これにヴェルデは首を横に振る。
だったら何が目的なんだ……ッ!と言おうとしたその時、ヴェルデは目を伏せ気味にポツリと言った。
「……私をあなたの仲間にして欲しいの」
「「は?」」
それを聞いた俺とデイモスは、ポカーンとした表情のまま軽く10秒はフリーズしてた。
それから正気に戻った俺は、懐からドッデ村で貰った金を取り出し、震える声を絞り出す。
「あの……マジで勘弁してください……こ、これ、俺の全財産です。大体40万ちょいくらいの金はあります。何とかこれで許してもらえませんか……?」
「おおおおい!!何してんだ!金の入った封筒を差し出すな……ちょ、土下座しようとするな!立て!太郎!」
デイモスの制止を振り切り、俺は土下座を頑なに強行する。
確かにかわいい女の子に囲まれながら冒険するハーレムパーティーに憧れてたし、この街に来たのだって『最強の魔法使い』を仲間にしたいなーとかいう理由だった!
それは間違いない!認める!けど、けどさ、これはさすがにないって……。
『最狂の魔法使い』とかぶっ飛んだ二つ名だけ聞くと完全に悪役というか、明らかに世界を救う勇者の仲間に混ざっていいような存在じゃない!
それにだ、そんな二つ名を付けられるってことはそれなりの理由もあるだろう。さっきデイモスが話していた事も含め、他にもいろいろしでかした事とかね。
もうさ、怖くて怖くてしょうがないわけよ。そんな凶悪な人物を仲間にした後に襲い来る俺の将来がさ。
ヴェルデは凄くかわいいし、ハーレムパーティを目指すチート無双できる戦闘力がある正統派主人公なら「ああ、もちろんいいよ(キザったらしい笑顔)」って感じで受け入れる事も出来るのだろう。
だが、悪いが俺はそこまで色ボケじゃない。
万が一、ヴェルデが何かしでかしてトラブルが起こったら真っ先に死ぬのは俺だ。断言出来る。
だから、何とかここで考え直してもらわないといけないんだ!
――しかし、このクソ忙しいって時に限って邪魔は次々入ってくるんだよなぁ、ちくしょう。
「勇者さまーーー!!!!」
大声を撒き散らしながらこっちに走ってくる討伐隊の隊員は、土下座する俺を見てギョッとした顔をするが、そんなのは関係ない。
「なんじゃい!!!こっちはさっきのアンパンマンの比じゃないくらい危機的状況に陥っとんねん!ごっつとんでもないことになってんねん!!野暮用なら後にしてくれやァ!」
俺は出来もしないエセ関西弁で、必死に現在の危機的状況を訴える。
「す、すみません!ですが、隊長が勇者様にどうしても知らせておかなければならないことがあるという事で、すぐに呼んでくれ、と……」
俺はその隊員の言葉を聞いた瞬間、何故か言いようのない不安に襲われた。
泣きっ面に蜂なんて事態は、まさか起こらないだろう。そう、声高に言いたい。言いたいが、今までの経験上から考えると……。
………………。
俺は両手でTの字を作り、ヴェルデに「タイム!」と宣言。
「仲間になるならないの話は、一旦保留という事で」
俺はヴェルデにそれだけを言い残し、案内してくれる隊員に「さあ行こう今行こうすぐ行こう」と言い放ち、急いで隊員の後ろを追いかけた。




