第2章IF もしも主人公が最強だったら②
薄れゆく意識の中、俺は必死に声帯を震わせる。
「頼む……あの、ドラゴンを……倒してくれ……」
しかし、山田太郎と名乗った男は眉間に皺を寄せて俺を見下ろしたまま、何も答えない。
「……えっ?ごめん、ちょっ、わりとマジで聞こえない。もう一回お願い」
「……ドラゴンを……倒して……くれ」
俺が絞り出した声を聞いたその男は、倒れた俺や他の奴等を庇うように、ドラゴンとの間にゆっくりとした動作で立ち塞がる。
「あぁ、はいはい。別にいいよ」
正面の敵を見据えたまま、男はあっさりと引き受けた。
一迅の突風が辺りに吹き込み、横切っていく。
スーツの上着の裾がその風に煽られ、音を立てて翻る。それはさながら勇者が身に着けたマントの様に見えた。
「貴様ごときが、この我を倒すだと?」
ドラグノフは嘲笑を浮かべながら言い放つ。
「……なにか違和感を感じると思ったら、もしや貴様、魔法を使えないな?貴様から魔力が一切感じられないぞ」
「……あ、バレた?」
山田太郎は飄々とした様子でそれを肯定する。
「魔力を持たない人間など、この我の敵ではない。今すぐこの場から立ち去れ。さすれば、生命だけは助け……」
「あ〜〜〜、ストップストップ」
太郎はドラゴンの言葉を制すると、溜め息混じりにこう言った。
「俺さ、ボス戦前のクッソ長いくだりとか別に興味ないから。しかも、ラスボスならまだ分かるけど、序盤に登場するボスの長話はただ怠いだけ。いいからさっさとかかってこいよ、赤トカゲ」
「ふざけおって……!貴様など、一撃で叩き潰してくれるわぁ!!せいぜいあの世で後悔するが良いわ!!」
やや猫背ぎみの頼りない男の後ろ姿、何処か人生に疲れたような雰囲気を纏う男。
その正面には、王国の討伐隊と役人達で構成された臨時討伐隊を瞬く間に壊滅にまで追い込んだ竜王ドラグノフ。
まるで1つの山と錯覚してしまうほどの巨躯を誇り、鮮血を連想させられる真紅の体表。まさにこの世界の生態系の頂点に君臨する絶対王者……ドラゴンが圧倒的な存在感を放っていた。
「さてと、それじゃ特別に俺の相棒を見せてやろうかな」
男は左腰に差していた木の棒に手を掛け、ゆっくりと引き抜いた。
「木の棒だと?まさか貴様、そんなもので我と戦おうというのか!」
「何だよ。木の棒だからってあんまり馬鹿にすんなよ。これ、1200ゴールドもするんだぞ?」
男は木で出来た得物を上に軽く放り投げる。
宙でくるくると回転したそれは、やがて上向きの推進力を失い重力に従って回りながら落下してくる。それを男はノールックでキャッチし、再び上へと放る。
「さぁ、真っ向勝負といこうじゃねぇか」
「ほざけェェェ!虫けらァァァァ!!」
人の身体を有に超える大きさの鋭く尖った爪が生えている巨木のような剛腕が、男の斜め上から勢い良く振り下ろされる。
男も、真上に放り投げて落下してきた得物を掴み、そのままドラグノフに向かって軽く振り下ろした。
―――俺が知る『真実』の全てはここまでだ。
俺はこの結末を、この目で見ることが出来なかった。
元々、俺の意識は朦朧としていて、いつ途切れてもおかしくはなかったが、強い衝撃を受けたのを最後に、不覚にも結末を見届ける事なくここで途切れた。
意識を取り戻すと、俺は病院のベッドの上でいくつもの管に繋がれていた。
しんと静まり返った病室に、心電図の電子音のみが一定のリズムで響いている。
身体を起こそうとするが、自分の思ったように動かせない。
しばらく粘ってはみたが、やはり今動くのはどうにも無理そうなので、俺は誰か人が来るのを待つ事にした。
「おっ、意識が戻ったみたいですね。大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」
「あぁ……聞こえている」
声は出せたので返事をする。
医者はモニターやカルテ、俺の体を見たあと、こくこくと何度か頷いた。
「うん、とりあえずは大丈夫そうですね。ですが、いくら意識がはっきりしているからといって、無理に動いたりはしないようにして下さいね」
「一つ、聞かせてくれ」
「ん?どうかしましたか?」
「……何故、俺は生きているんだ?俺達はドラゴンと戦い、そして敗れたはずじゃないのか?普通なら死んでいるはずだ。……なぜ?」
しかし医者は、困惑した表情でカルテと思わしき用紙に何かを書き込んでいく。
「……やはりまだ少し混乱しているようですね。無理もありません。精神安定剤を出します。今日はゆっくりと休んでください」
「待て!きちんと答えろ!あのドラゴンはどうなった!」
動かない身体を無理やり動かして、医者の白衣を掴む。
「お、落ち着いてください!」
「……ッ!す、すまない……だが、頼むッ。教えてくれないか!?一体あれからどうなったんだ!?」
「どうなったも何も……私は隊長さんと村長達が協力してモンスターを倒した、と聞きましたよ?村中がその話で大騒ぎですよ」
「他は!?どんな事でも良い!何か詳しい情報を!!」
医者は俯き、うーんと考え込んでしまった。しばらくすると何かを思い出したようにスっと顔を上げた。
「……そういえば、王国から派遣されてきた魔族研究課の方々が言っていたんですが……これをお話ししても良いのか分からないんですが……」
「なんだ!!」
「……『跡形もなく消し飛んでしまいデータの回収が出来なかったのは少し勿体なかった』……と」
「――ッ!!」
◆◆◆◆
俺はそれからしばらくして、あの戦いが繰り広げられた森へと足を運んだ。実際に自分の目で確かめてみたかったのだ。
俺が意識を失った後、どうやったかは知らないがあの男が本当に倒したのだろう。しかし、村人達の話をいくら聞いても『山田太郎』と名乗った男の話は出てこなかった。
そんなことを考えながら歩いている内に、ついに例の場所まで辿り着いた。
――俺はそこに在る光景にただただ絶句した。
地面には底が全く見えないほどの深い亀裂が一直線に走り、それは遥か遠くに聳える山までをも真っ二つに斬り裂いていた。
そしてその亀裂は、あの男が立っていた地点から始まり、真っ直ぐにドラゴンがいた方向へと続いている。
あの男が作り出した亀裂である事は明白であった。これだけ地形を変化させるほどの威力であれば、あのドラグノフと名乗ったドラゴンが肉片残さず消滅したのにも頷ける。
「こんなの……」
魔王や魔族、まして人間とも根本的に異なる何か。
これだけの力を持っている者が、魔王軍だけでなく我々人類にも牙を向いてきたとしたらどうなるのだろう?
……いや、仮にだが、もし我々と魔王軍が手を組んだとしても、あの男……山田太郎を倒す事は出来るのだろうか。
そして俺の脳裏にはドラグノフとあの男がぶつかりあう瞬間がフラッシュバックする。
――俺にはあの男はただの木の棒を軽く振っただけに見えた。
とすれば、もし……もしあの男がこれだけの攻撃を繰り出しながら、まだ本気ではなかったとしたら?
……俺は思わず身震いした。
なにか、覗いてはいけない闇の深淵を垣間見てしまったような気がした。




