【第1話】 三途の川のほとり
黄金のどんぐり初長編です。
よろしくお願いします。
寝ぼけまなこをこすると、濁流が広がっていた。遠くに朧げな山々が見える以外、殺風景きわまりない。
私は、舟に揺られていた。川…を渡っているのか?
こんなところで何をしていたんだっけ…?
「あの…すいません。」
船の漕ぎ手には、まるで私の声が届いていないようだった。ギイイっと重い扉を開けたかのような音で、淡々と船を漕いでいた。
私の服はボロボロに破れていた。肝心な部分は隠せているが、ちょっぴりセクシーで恥ずかしい。
川の流れは激しいが、不思議なほど舟の乗り心地はよく、物思いに耽ることができた。
私は確か…。車に轢かれて…。救急車に運ばれて…。
記憶が曖昧だった。肝心なことを忘れている気がするけれども、思い出そうとすると頭に鈍痛が走る。
「モウスグツキマス。オダイハケッコウデス。」
舟の漕ぎ手は急にコチラを見て、どこの訛りかも分からないような聞き取りにくい口調でそう言った。
船着場が見えてきた。河岸はハリネズミの背中のような尖った岩が一面に広がっていた。そこは、およそ動植物が生き遂げられる環境ではなかった。
私はうすうす自分がどんな状況にあるか、感づいてきた。
「いらっしゃーい❤︎」
真っ黒なコートに毒々しいチェリーピンクの口紅が凛としている女性が立っていた。美しい女性だ。その女性は舟を降りる私に、手を差し伸べてくれた。
「ようこそ地獄へ❤︎よろしくね新人ちゃん❤︎」
「あの…やっぱり私は死んじゃったってことですよね。私は地獄に落ちたんですか…。」
「地獄は地獄でも、あなたには労働地獄が待ってるわ❤︎
新人ちゃんは、えー…生前はっと…スゴイね❤︎裁判官をやっていたのね❤︎」
「労働地獄…ですか。生きてる間も労働地獄にいたようなもんですから。私は何をすればいいんですか?」
「あら❤︎新人ちゃんたら、飲み込みが早くて助かるわ❤︎
私たちは閻魔庁に勤める弁護士みたいなものよ❤︎閻魔様くらい聞いたことあるわよね?❤︎」
「閻魔様…嘘をつくと舌を抜かれるとかなんだとか?…まさか地獄の裁判にも弁護人がいるんですね。閻魔様には生前のことは何でもお見通しじゃないんですか?」
「さすが教養があるわね❤︎浄玻璃鏡っていう鏡に被告人の全てが洗いざらい映るのよ❤︎でも、実際に何に輪廻するか或いはどんな刑罰をうけるかは『評価の問題』なのよ❤︎元裁判官なら言いたいことが分かるわね?❤︎」
「被告人が悪業を行ってきたのだとしても、弁護を尽くせば情状酌量される余地があるのですね。概ね分かりました。」
「素晴らしい❤︎で、新人ちゃん名前聞き忘れてわね❤︎」
「……葵って呼んでください。」
「可愛い名前ね❤︎私のことは菫さんって呼んでね❤︎人手不足だから早速働いてもらうわよ❤︎何か他に聞きたいことあるかしら?❤︎」
「あの…申し訳ないんですけど…服を貸して頂けませんか?」
「葵ちゃんクールと見せかけて、可愛いところあるのね❤︎私の服を貸してあげるわ❤︎私についてきてね❤︎」
こうして私の労働地獄は、意外にもすんなりと、何の疑念も挟まず始まるのだった…。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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