エピソード1 「便利屋のおっさん」
最期に視界に映ったのは俺に向けられていた銃のうちの一つが一瞬の閃光の後に煙を吹いたところだった。
...
心臓から指先まで血が伝わる。脈がある。「ギリギリ」生きていたのか?
撃たれたのは頭部で間違いなく死んでいるはず……額を伝う血の感覚を覚えている。
どうなってるんだ?つい先ほどまで全身を支配していた死の気配に怯えながら周囲に気を配る。
木々のざわめきに鳥のさえずり。優しい風が身体を撫でる。俺がいるのは草の生えた土の上?
……拉致でもされたか?先刻まで俺はある男の追跡を頼まれていた。
依頼の内容は抽象的でその男が何か犯罪や後ろめたいことをしていたら証拠をとらえて報告すること。
普段の仕事は二束三文の迷子のペット探しの依頼や日曜大工。探偵の真似事は浮気調査が関の山だった。
ようするに俺は便利屋。それも寂れた駅前にある安い事務所を借りて自宅兼用にしているような。
そんな実績も知名度もないはずの俺に札束を積んでまで依頼をするような人間なんて考えるまでもなく裏社会の人間で俺は使い捨ての駒といったとこだろう。
胡散臭い依頼だったのは分かっていたが机の上に置かれた札束を前に断ることは出来なかった。
酒と煙草と肉がなければエンジンがかからない壊れかけのこの身体は金食い虫だ。
それに加えて突然現れた自称経営コンサルタントの男の、初回相談料「無料」という口車に載せられて契約して一か月たったころになぜか口座から30万ほどおろされていた。
呼び出して問いただしたら平然とした顔で契約書を顔の前に突き出して、
「最初のひと月は無料。一か月経っても契約を解除しなければ30万円。ここにちゃぁんと書いてるでしょ」
と小憎らしい笑みと目で一言。反論してもまくし立てられるだけなので、後日体裁を立て直してやっつけてやろうと思ってその日は返したところ二度と連絡が取れなくなった。
会社のホームページも消えていたし住所はまるででたらめ。免許証から何からなにまで偽造だったのだろう。
そんなわけで俺は見るからに怪しい高収入な依頼を受けてあっけなく三十路真っただ中で人生に幕を閉じた…と思っていたのだが。
恐る恐る目を開けて周囲の確認をした。
どこだ?ここは。
額に空いたはずの穴は?
俺を囲んでいたスーツの男たちは?
そもそも手錠もしてないなんてあり得るのか……?
とりあえずの「生」とさきほどまでの「死」が俺の頭を混乱に陥れる。
取り乱してはいけない。無事に生きて、身動きも自由にとれるのだから一つ一つゆっくりと考えていこう。
半年に一回程度しか剃らないこだわりのアゴ髭を撫でながらコートのポケットから煙草を取り出して火をつけ、身体についた土と草を掃う。
薄暗闇の中で煙草の先端の明かりとそれに照らされる紫煙だけがいつも通りだった。
夜はまだ明けていない。
「さて、どうしたものかな」
どことなく異世界ごちた風の香りと植物。当然のような顔をして佇む二つの月に気付くのはもう少し後だった。