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エマの願い

ガラス越しに、庭の花や木々の葉が風にそよいでいるのが見える。

マークスとソフィはリュシドール家の前執事ーーエマーー宅のリビングルームのソファーに腰掛けている。

向かい側のソファーにはこの家の主、エマ。



「先代様には、今のご当主のほかに、もう一人お子様がいらっしゃいました。 それが、オズワルド様でございます」


エマは懐かしそうに微笑みながら続けた。


「オズワルド様は先代様によく似ておいででした。 心根のお優しい方で、使用人ばかりか出入りの商人などからも、大層慕われておりました」


そのオズワルドが、恋に落ちた。相手は商人の娘だったという。

だが、貴族と平民では、身分が違いすぎた。


「先代様は、えらく反対しておいででした」

「でしょうね」


ましてや、それが名門貴族となればなおさらである。


「先代様も諦めさせようと色々と手を尽くされましたが、オズワルド様の意志は固く......」


ダメと言われれば、燃え上がるのが恋心、ってところか。

両家の反対を押し切って、駆け落ち同然で2人は家を出た。

それが、21年前のことだという。


一息ついて、エマは静かにお茶を啜った。


「先代は、決して探すな、とおっしゃいましたが、密かに消息だけは確認しておりました」


家を出た2人は、とりあえず隣国に身を寄せたという。

慣れない生活に苦労も多かっただろう。

そして、やっと生活に慣れた頃......

娘が生まれた。 それが、フレアである。


「この肖像画は10歳の頃に描かれたもので、オズワルド様が先代様に送られたものでございます。 先代様はご覧になられませんでしたが......目元がオズワルド様によく似ておられる」


優しく微笑みながら、肖像画を見つめるエマ。

ソフィも食い入るようにテーブルの肖像画を見ている。


オズワルド一家は隣国で小さいながらもパン屋を開いて、慎ましくも幸せに暮らしていたという。


だが......


「生活が落ち着かれたのを確認できましたので、安心してしまいました」


そう、マークスたちは依頼を受けたのだ。

フレアを探してくれ、と。


「何があったんですか」

「しばらく時をおいて、手の者にお店を見にいかせたのですが・・無くなっていたのです」

「......」

「オズワルド様と奥様が事故で......亡くなった......と、近所の者に聞いて知りました」


エマは気持ちを落ち着けるように一つ深呼吸をした。


「フレア様はその時13歳だったそうなのですが、隣国を方々探しましたが、誰も行方を知りませんでした」

「母親の実家にも連絡はないんですか」

「はい。 親しかった者にも聞きましたが......」


静かに首を左右に振る、エマ。

部屋には、しばしの沈黙がおりた。


マークスがテーブルのお茶を一口啜ると口を開いた。


「今のリュシドール伯爵は、彼女のことをご存じですか」

「......はい」


エマは静かにマークスの目を見つめる。 


愚問だった。

伯爵家であれば、少なからず私兵がいるはずである。

今のエマにフレアを探す力はなくても、リュシドール伯爵が望むのならば方法はいくらでもあるはずだ。

それができないから、エマはモーリスにマークスの探偵事務所に行くようにしむけたのであろう。

フレアが見つかったとしても、今のリュシドール家では暮らしていくことも援助を受けることも難しいということだ。


マークスの考えを見透かしたように、エマは静かに言った。


「私一人ができることなど、ないのかもしれません。 ですが......」


エマはマークスの目をまっすぐ見て続けた。


「少しでも、私がフレア様のお力になれるのならば、お側にいたいのです。 先代様のためにも」


エマはフレアのためにリュシドール家を出たのだ。

そして、それは先代の願いでもあったのだろう。


少し不安そうに見つめるエマの目を、マークスもしっかり見つめた。


「探してみましょう」

「よろしくお願いします」


こちらに頭をさげたエマの顔はホッとしたように見えた。



マークスは綺麗に手入れされた庭に目をやった。

先程まで風に揺れていた花々も、今は静かだ。


これから暫く忙しくなりそうだ。......めんどくさいなぁ。

まずは、フレアを直接見た人物に会って、話を聞こう。

それからーー。


「あの~」


ずっとテーブルの肖像画を見ていたソフィが、おずおずと手をあげてマークスとエマを交互に見ている。


「あ、あの、私......この子、見つけちゃった......かも......」

「「はぁ?」」


マークスとエマの怪訝な顔に、ソフィは一瞬怯みながらも、今度はマークスだけを見て続けた。


「先生っ! パン屋ですよっ! ここに来る前に寄った、パン屋さん!」

「はぁ? それが何?」



「フレア、っていうんですよ。 あのパン屋で働いてる子も!」





お読みいただき、ありがとうございました。

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