本当の依頼人
マークスとソフィは郊外の閑静な住宅街にいた。
マークスたちがメンデル使用人協会を訪れたのは、昨日。
昼前に事務所を出た2人は、ソフィおすすめのパン屋で昼食をとり、1時間ほど馬車に揺られて、この郊外の住宅街にやってきた。
もちろん、昨日エリオットが言っていたリュシドール伯爵家の前執事ーーエマーーに会うためである。
「エリオットさん、おもしろい人でしたね~」
昨日の使用人協会での事を思い出したのか、ニヤニヤしながらマークスをちら見するソフィ。
「お坊ちゃんって! ぷぷっ」などど口を押さえて笑っている。......ふっ、あとで覚えてろよ。
エリオットに教えてもらった住所をあてに、静かな通りを歩く2人。
昼過ぎの暖かな日差しと、時折吹く柔らかな風が心地よい。
「エマさんって、どんな方なんでしょうね」
ソフィが独り言のように呟いた。
エリオットの話しでは、エマは先代当主のリュシドール伯爵が家督を譲った際にともに引退して、隠居した先代が亡くなるまで身の回りの世話をしていたという。
先代の信頼も厚く、リュシドール家が今の地位にあるのは、彼の力も大きいのだとか。
「あ、ここじゃないですか」
ソフィが紙に書かれた住所と表札を確認しながら声をかけてきた。
白を基調としたその家は、煉瓦の低い塀に囲まれていて、庭には色とりどりの花が咲いている。
マークスはちらっと表札を見て、敷地内に入っていった。
「おや、お客さんですかな」
玄関に向かおうとすると、庭の方から声が聞こえた。
「あ、あの、私たち、エマさんに用事があって伺ったんですが、いらっしゃいますか?」
庭からこちらを見ている声の主に、ソフィが慌てて尋ねた。
「私が、エマでございます」
柔らかく微笑むその老人ーーエマーーは、こちらに軽くお辞儀して答えた。
庭の手入れをしていたらしいエマは「少しお待ちください」というと、手や服についた土を軽く払って家の中に入っていった。
しばらくすると、玄関のドアが開けられ、マークスたちはリビングルームに案内された。
落ち着いた雰囲気のリビングルームからは、庭の綺麗な花がよく見える。
窓際にあるソファーに促され、マークスとソフィは並んで腰掛けた。
エマはお茶とお茶菓子を持ってくるとテーブルに置いて、2人の向かい側のソファーに静かに座った。
さすが名門貴族家の元執事というだけあって、立ち振る舞いや柔らかな微笑みからは気品が漂っている。
どことなく、エリオットと雰囲気が似ている気がする。
「探偵事務所、の方ですかな」
こちらが名乗るまえに、微笑みながらエマは言った。
エリオットから今日の訪問を聞いていたのか、それとも......。
「マークスと申します。 こちらは助手のソフィです」
マークスは軽く会釈すると、隣のソフィに目配せした。
ソフィが例の肖像画をだしたのを確認すると、さっそく続けた。
「こちらの女性を探しています」
「ほぉ」
顎に手をあて、興味深そうにテーブルの肖像画を見るエマ。
「あなたが以前お勤めだった、リュシドール伯爵家からの依頼です」
「へぇ」
穏やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「先生! 依頼人のこと言っていいんですかっ?」と声をひそめてソフィが聞いてくるが、構わない。
マークスは、エマの深い茶色い眼をしっかり見て言った。
「......というより、この依頼をしたのは、あなた、ですよね?」
一瞬驚いたような表情をするエマだったが、はははっ、と短く笑うと「バレましたか」と言って、イタズラした子供のように笑った。......この、たぬきジジイめ。
「噂通り、ですな」
エリオット......お前も、グルか。
なんとなく想像はしていたが、老人2人にまんまとハメられたらしい。
苦い顔をしているマークスを見てクスッと一つ笑うと、エマは表情を引き締めて話し始めた。
「お察しの通りでございます。 私がモーリスにあなたの探偵事務所を紹介いたしました」
テーブルに置かれた肖像画を見て、エマは静かに続けた。
「この少女は......先代のリュシドール伯爵のお孫様でございます」
「つまりーー」
「......はい。今のご当主のお兄様ーー先代のご長男、オズワルド様のお嬢様です」
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