情報収集(2)
「ここって......、使用人協会?」
マークスが入っていった建物ーーメンデル使用人協会ーー。
ノルディア国で働く執事や侍女などの使用人すべてが、ここで把握されている。
使用人の教育のための学校運営や仕事先の斡旋などをおこなっており、貴族の屋敷などで働く者もここを通して派遣される。
使用人協会というだけあって、エントランスや置物も豪華ではないが綺麗に磨かれていて、清潔感がある。
マークスは建物の中に入ると、そのまま正面の受付に向かった。慌てて後を追うソフィ。
受付には年輩の女性が2人並んで座っていて、こちらを見て一人がニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「あらぁ~、珍しいお客様だこと!」
もう一人も同じような顔で頷いて、「明日、雪じゃないの」などと澄ました顔で外を見ている。......来るんじゃなかった......
そのようなやりとりを、ソフィは不思議そうに見つめている。
「......エリオットは居るかい?」
めんどくさい2人をじろっと睨んでマークスは聞いた。
「あぁ、会長ね。会長ならーー」
2人はそろってマークスの後ろに視線を向けた。
「お坊ちゃ~~ん!!!」
後ろから聞き慣れた声がする。
「お坊ちゃん言うなっ!」
叫びながら振り返ると、目をウルウルさせたシワくちゃの顔面が目の前にあった。
どこにでもいそうな小柄な白髪のじいさんだが、メンデル使用人協会のトップーー会長ーーである。
「お坊ちゃ~ん、会いたかったですよ~」
抱きついてくるエリオットを、さっとかわして手短に用件を伝えるマークス。
「リュシドール伯爵家について聞きたいんだが」
「......リュシドール伯爵家、ですか?」
エリオットは事情を察したらしく、少し表情をひきしめると、マークスたちを自室ーー会長室ーーに案内した。
使用人が他家についてペラペラ話すなど、もちろん御法度である。
エントランスでする話ではないと判断したのだろう。
会長室につくと、エリオットは慣れた手つきで3人分のお茶をいれ、リュシドール伯爵家について話し始めた。
「リュシドール家ですか。......あまり良い噂は聞きませんな」
エリオットの話では、先代から家督を継いだ現当主リュシドール伯爵は、先代が立て直した領地経営をすべて使用人任せにして、本人は毎夜豪華な社交会を催しては、湯水の如く金を使い遊び暮らしているのだという。
「今のリュシドール家の執事も優秀ではあるのですが、さすがに経験不足と言いますか......、いろいろ苦労しているようでございます」
モーリスの異様に鋭い眼が浮かんだ。
執事の仕事は、主人を支えて仕えることであって、主人の代わりにはなれないということだろう。
「今の当主は、たしか......まだ若かったような気がするのだが」
「はい。 30代後半だったかと」
顎に手を当てて思案しているエリオット。
「そういえば、先代は少し前に亡くなったと聞いたが」
「はい。 ご隠居されてからすぐ、でございました」
エリオットは少し寂しそうな顔でお茶を一口啜ると、ふと思い出したように言った。
「あぁ、そういえば。 現在のご当主は、たしか先代のご次男でありましたなぁ」
「次男?」
マークスの眼が光ったのを見て、すこし困ったような顔をしたエリオット。
「はい......。それが......その......。ご嫡男はお若い時に......その......」
マークスはじろっとエリオットを見据えた。
「その......駆け落ちをされたとか......」
「かかかかかぁ、駆け落ちぃ~~~!!!」
ずっと不思議そうな顔をしていたソフィが、顔を真っ赤にして叫び声を上げた。
マークスにキッと睨まれて、口に手をあてて黙るソフィ。
ソフィの声に眼をパチパチさせると、落ち着きを取り戻すように咳を一つしてマークスを見て続けた。
「とにかく、リュシドール家について知りたいのでしたら......。そう、エマを訪ねられるのがよろしいかと」
「エマ?」
「はい。 先代の時の執事で今は引退して郊外で暮らしておりますよ」
そう言うと、はじめから用意してあったように、エリオットは一枚の紙切れを渡した。
それを受け取り、少し話をすると、マークスは礼を言い部屋を出て行った。
使用人協会を出たマークスとソフィ。
外は夕焼けで、街全体が赤く染まっている。
「......」
「......」
「......先生......、えらく話しを引っ張っていますけど......」
「......」
「この作者......ちゃんと話しを収集できるんですかね......」
「......さぁ......」
それは言わないで......。
お読みいただき、ありがとうございました。




