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緋き追憶  作者: castella
4/5

参/帝都狂騒/夏/殺陣(上)

四話です。頑張ります。


参/帝都狂騒/夏/殺陣(上)





力ある者は孤独になる。誰も追い付けない世界は静かでただ冷たいだけのもの。其処に達成感など無い。常に上へと、まだ知らぬ事を探し求め続けた果てに、遂に終わりは訪れた。ありとあらゆる温度は死滅し停止した概念だけが、朽ち果てる迄の永遠を享受する。死んだ世界の中では、自身が眠っているのか死んでいるのかすら曖昧で、生きているのか朽ちているのか興味もない。いつからか見続けている、是は正しく、————夢。










御上の街道に高さの違う影が二つ。短い影を後ろに連れながら、それは並んで歩いている。

一つは背の高い方、黒い外套を手に持ち腰に刀を下げた少年。もう一つは背の低い方、作業着のような服装に、スニーカーの少女。

綾と静葉。二人は今、雲業の高架下から離れ、御上の中心街を歩いていた。




「……はぁ」

「熱いですね……」


夏の暑さに思わず溜息をつく。気温は恐らく三十度近い、外を歩き回っているなら尚更暑さを感じるだろう。


綾の希望で静葉から刀の話を聞くことになったのだが、人口が時を刻む毎に増えていくような御上には、静かな場所というのは歩き回っていてもそう見つかるものではなかった。


「お前さ、帝都いるの長いんだろ。話せる場所とかってパッと思いつくもんじゃないの?」

静葉は帝都に一年以上住んでいて、昨日帝都に来たばかりの綾よりも断然街には詳しい筈なのだが、いざ蓋を開けてみれば道を何度もまがったり、引き返したり右往左往として、何処に向かっているのかも分からなかった。


「まぁそうですが、店とかならそういう場所も幾つかありますかね。今は諸事情でお店は行けないんですけど」


アハハ、とぎこちなく笑う静葉。


「ははん、諸事情ねぇ」

「な、なんですか、そのいやらしい目付きは!」

「別にいやらしくはないだろ!」


諸事情と言えば、今の綾の懸念事項の一つは金銭問題だった。まだ手持ち十玉はあるものの、このまま何もせずに暮らしていたら直ぐに底をついてしまう心もとない額だった。


そんな経験から、恐らく静葉の諸事情に辺りを付けた。が、其処は優しさ、言わないでやることにしたらしく、


「色々大変なんだなお前も」

「綾さんの文明離れよりは全然マシですけどね」


綾は優しさが相手に伝わるとは限らないと改めて肝に銘じた。




こうして、二人で街を彷徨っている訳なのだが当初の目的は果たせずにいた。しかし、その間何もせずに歩き回っていた訳ではなく綾にとって、それなりに収穫はあった。







時は遡り、此処は御上の街道。


綾は御上に来たばかりの右も左も分からないズブの素人である。今更言うまでもないが、宿も職も決まっておらぬ現在は正に浮浪者そのものと言えた。

そんな綾であれば、目に見える景色は全てが新鮮なもの。行く先々の通りを見ては此れは何屋かと静葉に聞き、それを静葉が答えて街を歩いていた。

目的は違えど、街のこと何一つ知らない綾にとっては素直に有り難かった。長い時間歩いたとはいえ、談笑を交えつつの道程故か退屈さは感じず、寧ろ楽しいとさえ感じていた。


様々なものに目を付けては気になる物について聞いていた綾であったが、その中でも一際気になる物があった。


其処にあるのには沢山の張り紙がしてある大きな看板のような物。画鋲で紙が何枚も貼り重ねられており、風に煽られては音を立ててはためいていた。


これはなんだ、と綾は尋ねる。


「これは、掲示板ですね。仕事依頼とか御上での事件とか色々な情報を纏めて貼ってあるんです」

と、其処で静葉は一区切り起き道中ずっと気になってることを言った。

「さっきからずっと思ってたんですが、綾さんって余りにも知らないことが多過ぎません?何処の辺境の地で暮らしてたんですか」


「え、これって帝都以外の街でもフツウなの?」


何か信じられないような物を見る顔。


「えぇ、恐らく何処でもかと……」


綾は自分の住んでた場所が遥かに文明から置いていかれていたことを初めて知った。


「仮に今、過去から来たって言われても驚きませんね」

「其処までか!」


随分な言われようだなと、思うものの知らずこの子と打ち解けていたなと綾は思う。


掲示板とやらを眺めながら思案していると、風にはためいている張り紙の中で一つ気になる物を見つけた。

その紙には、目撃情報を求む、との文字。内容は御上西側地域に於ける事故についての情報が欲しいとのことだった。が、一番目を引いたのが報奨金と書かれている欄。其処には、原因、又は犯人の発見の際には二十玉支払うと記載されていたからだ。

二十玉、綾が今持っているお金の合計が十玉と少しなのでその倍の値段。そう高くないところなら宿屋に、三食ご飯付きで宿泊しても一ヶ月は悠に暮らせる金額だ。


————これしかない。


未だ、仕事も決まっていない綾にとって正に天啓。取り敢えずはこの二十玉をなんとか手に入れて、其処から新たに仕事を探す計画を立てる。

綾には此処に導いてくれた静葉がまるで天使に見えた。



「ありがとう」


感激のあまり静葉の手を握り感謝する。


「え、あ、あの」


突然何をされたかも分からずにポカンとする静葉。しかし、握られた手と近くに顔が来ていたことに気付くと、何故だが静葉の顔はみるみる赤くなっていった。


「な、何をするんですか!」


静葉が目の前で狼狽している。耳迄赤く染まった静葉は動揺して目の焦点がグルグルと定まっていない。


「悪い。ちょっとな」


少し気恥ずかしくなり綾は掴んだ手を離す。静葉はなんとか冷静さを取り戻していた。

急に手を掴まれれば驚くよな、と少し思考がズレているのを知らず綾は納得する。


「ちょっとで、人の手を掴むなんて一体何処の田舎でそだっ、……何処かも分からないような田舎で育ったんでしたね」


「文明に取り残されると此処まで酷い仕打ちを受けるなんて知らなかったよ」


帝都とはかくも恐ろしい、文明に支配された土地だと認識しつつ綾は今日の夜西側地域に行ってみようと決意した。






/幕間




刃が疼く。まるで生きているかの如く鼓動する。それは誇張などではなく、淡く消えそうな光が明滅していた。







空に登る日は落ちかけていた。時刻は夕暮れ。差し込む夕陽が二人を紅く染め上げ、影は伸びて二人の後に長く続く。


「そろそろ、暗くなる。ここらで解散と行こうか」


今日は随分と街を歩き回った。人と此処まで長く会話するのは久しぶりで長らく忘れていた感覚を取り戻したと綾は思う。

気が付けば夕刻、長い様で時間は短い。あっという間の一日だった。


「そうですね」


小さく返された言葉。俯いた静葉の顔は夕陽の影が落ちて表情が読めない。


「あの、」


私、と続ける前に綾が遮った。


「今日は楽しかったよ。静葉は退屈だったかも知んないが、俺には分からないことばかりで、色々聞いてしまって苦労をかけた。ありがとう」


「いえ、別に苦労なんて。私も楽しかったです。途中で綾さんにお昼をご馳走して貰ったり、お世話になりました。必ずこの恩は返します。けど」


静葉は言葉の最後で俯いた。けど、と何かを躊躇う様に、続ける。


「けど、まだ肝心なことが出来てないです」


顔を上げた静葉の表情は少し固い。


「別にいいよ。それ以上に楽しかったから。本当に俺は此処でずっと一人でやっていくものだと思ってた。だから誰かとこうして話せて、笑えてそれだけで十分過ぎるよ」


「それでも、約束が。私だって助けて貰った恩があります。それに、今日のお昼の分だってあります」



二人はあの後も、時には休憩しながら街を歩き回っていた。しかし、本来の目的である刀の話は聞けていなかった。

何処を歩いても、静かな場所が見つからなかったから話せなかったのは事実だ。だが、大都市とはいえ何処かしら人が少ない場所というものはある。御上にしてもそれは変わらない。

人の少ない場所が無かったというなら、其れは人の少ない場所へは訪れなかったという事だけの話なのだ。


綾は今日で随分と長く静葉と過ごした。だからある程度ではあるが静葉が何を思っているのかも分かるようになっていた。

初めは道が分からずに、何度も道に迷ったように元来た道へ引き返したりしているのかと思っていた綾だったが、帝都に長く住んでいる素振りの静葉がそう何度も迷う筈はない。


恐らく、と綾は思う。此処に来て静葉は刀の事について話すのを躊躇っていたのだろう。頑なに刀の絵を描く事について拒んでいた静葉。其れは気安く人に触れ回っていいような事ではないのだろう。彼女の大切な記憶。それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、芯に関わることに違いない。


「ならさ、此れからも俺と話してくれないか?客とかお礼とか関係なく。こう見えて実は俺って淋しがりなんだ」


……きっと、この少女は助けられた恩を感じて、言いたくなくとも自分の聞きたいことを話してしまうのだろう。でもそれは彼女の意思じゃない。話したくないのならこの話は彼女の胸の内にあるべきなのだ。


「でも、それだけじゃ」

尚も食い下がる静葉。それだけでは申し訳ないと思っているのだろう。でも、


「それだけじゃない、それがいいんだ。寧ろそっちの方が俺は嬉しい」


綾は彼女の申し出を断った。

夕陽に照らされて紅くなった顔が真っ直ぐに見つめてくる。


「本当にいいんですか?」


首を傾げながら上目遣いに聞いてくる。瞳に溶け込んだ紅が揺らいでいた。


「ああ、それがいい」

「分かりました。……友達のいない綾さんですから仕方ないですね」


そう言う、静葉の顔は綻んでいた。

良かった。綾は目の前の少女が笑っている事が素直に嬉しかった。静葉に悲しい顔は似合わない。心からそう思う。


「ああ、仕方ない」


微笑む静葉を見つめる。


「じゃあ、今日は本当に楽しかった。じゃあな」

「はい、……さよなら、です」


何故か、静葉の笑顔が曇った気がした。だから、


「また明日な」


なんとなくそう告げた。そんな言葉がなくても。きっとまたこうして会う事が出来るだろう。刀の所在が分かるまでは帝都にいるのだから態々言う必要もない。けれど、なんとなくそう告げた。


「はい!また明日」


静葉の声は明るくなったように思えた。それを聞いて綾は歩き出した。


二人の間に降りる沈黙。外はまだ喧騒に包まれている。これから御上の夜が始まる。

綾は帝都に来て初めて、この喧騒も悪くはないなと思った。





/幕間




蒸気が低い唸りを上げて噴き出し、風に流されては後方へ軌跡を描いていく。車輪が幾度回っただろうか。陽は沈み、紅霞の中へ溶けていく。ほど近く辺りは闇に沈むだろう。

規則的な揺れの中で一人の男が席に座っていた。視線は外の景色へと向いている。視線の先には、平地の中に忽然と鉄の色が敷き詰められた一帯が存在した。それは立体的な構造で、幾つもの柱が林立している。この線路は鉄色の一帯の中央部、更にその上部に続いている。

景色を見る姿は何かを憂いているようにも見える。だが、細められた眼には鋭い光がある。腰に提げた刀は、其の柄が軋みを上げるほどの力で握られている。

「……この手で必ず」

奈落に堕ちた悪鬼のように、幽かに漏れ出た呟きには膨大な憎悪と怨嗟が満ちていた。


列車は深夜には帝都に着くと思われる。辺りは既に闇に落ち、文明の明かりを灯した鉄色が次第に大きく見えてくる。


この日の夜は奇しくも西側地域の工事現場で原因不明の事故があった日であった。









御上の西側、整備区画。


不出来な笛の音のように、微かに夏の夜に風が吹く。生温い、纏わり付くような不快な空気。背中は汗ばんでいるが、これは暑さのせいではないないだろう。何しろ身体の芯は凍える程に冷たい殺気に晒されている。周囲に泥のように対流する気体が、余計に身体のこわばりを実感させた。


「ハハハ、」


正面に佇む枯木の様な体躯。気配まで朽ち果てて無くなってしまったかのように、其処にあるのに意識が及ばない。

次の瞬間、その体躯は目の前に迄迫っていた。


ザッと闇の中に沈む音がした。雲に隠れていた月が地面を照らし出す。地面には切り裂かれた黒いモノが落ちていた。






————其の夜、殺人鬼は一人殺した。





ナースウィッチ小麦ちゃんRを見てくれたら幸いです。

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