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緋き追憶  作者: castella
3/5

弐/帝都凶相/夏/和解

今回は主に2人の話です。


『刀の絵を描いて欲しいんだ』


一つの言葉が頭の中を駆け巡る。



昔、家には刀があった。お父さんが言うには代々受け継がれてきた家宝らしい。とても長い刀だった。

お父さんは剣士でも武士でもなんでもないけれど、町工場で一応鍛治と技師をやっていたから、刀を持っていても不思議と違和感はなかった。

肝心の刀の名前は実は知らない。けれどお父さんが言うにはその刀は血の様な色の紋様を浮かべて輝くらしい。

貴重な物で誰にも教えちゃいけないよと言っていた。思い返せばそれは静葉と、父親の間で交わされた数少ない約束だった。




「はっ」


蒸し暑く、夜でも喧騒に包まれた御上の夜。寂れた借家の一室で、静葉は目を覚ました。木製のベッドの横に置いてある時計を見ると時刻は午前五時。何時もの起床時間より一時間以上早い。

昨日は仕事の為に歩き回り疲れていたのだが、どうにも睡眠が浅いようだった。原因は恐らく今日の一言。

夢にまで出てくるなんて、と静葉は気が沈んでいた。



刀は嫌いだ。人を傷付けるだけの物だ。触れれば何もかも切り裂いて、後には無残な亡骸しか残らない。

争いはもっと嫌いだ。人が傷付け合うのは好きじゃない。

だから争いに使われる刀が嫌いだ。けれど戦わなければいけない時だってあることは分かっている。今の状況だって生きる為に戦っているということなのだろう。それは自分との戦いかもしれない。自分との戦いに負けた時、人は死んでしまうのか。ぼんやりとした頭で静葉は考えていた。


争いが嫌いな私は帝都でやっていけるのだろうか。静葉の頭の中では今日の言葉と、これからの不安が黒い靄のように立ち込め、渦を巻いていた。








ボキリ。上半身を捻ると共に骨が鳴った。

「ふぁ〜」

間の抜けた欠伸。綾は建物の屋上で身体を伸ばしていた。

黒い外套を手に持つと付いてる塵を叩き落とす。

帝都はどうにも埃っぽい。

自然の多い場所。山の中にあった自分の家。木々が生い茂った森には小川があり、そこによく水汲みに行っていた事を思い出す。森の木には小鳥がとまり囀りを音楽に、森の中を歩いたものだ。


人の少ない、自然の多い場所にいた綾にとっては帝都の空気は特に埃っぽく息苦しいと、そう感じたようだった。


昨日の一件があって以来、綾はこれから先どうやって刀探しをしていこうか、ということについて考えていた。

しかし、ずっと考え込んでいる内に日が暮れ、泊まる宿の事について完全に失念していたのだった。

帝都は人が多く、宿は何処も彼処も直ぐに埋まってしまう。綾が気付いて慌てて宿屋を探したものの、何処に行っても部屋は空いていなかった。

帝都に着いて早々、野宿することになるとは……。

出だしから最悪だったが、取り敢えず近場の銭湯に行き汗を流し、野宿に適した場所を探した。

現在綾が持っているものといえば鞄と刀のみ。テントも寝袋もないが、堂々とそんな物を張って寝る場所はないから良しとする。

けれど、路上で寝るというのは避けたかった。人が歩く道。汚いのは当然として寝ている間に何をされるか分からない。

其処で思いついたのが建物の屋上だった。というような経緯があり、綾は所々がひび割れたコンクリートの上で一晩を過ごした。外套を敷いて寝たとはいえ体の節々が怠い。早く宿を見つけなければと綾は思う。


して、肝心要の刀探しの方は、


『嫌です。申し訳ありませんが描けませんので』


昨日言われた言葉を思い出す。進捗はお世辞にも良いとは言えない。拒絶された理由はイマイチ分からなかったが、そうなると益々この先が思いやられる。

しかし、綾は今日もあの少女の下へ行ってみようという気持ちがあった。あの態度、刀について何か知っているのではという直感にも似た確信があったからだ。

一度断られたとはいえ、此処で諦めてはこの先も上手くいかないだろう。刀のことを知っていそうな人物、これは寧ろチャンスとも言えた。

そうポジティブに考えを改め、今日もあの場所へ行こうと決めたのだった。









「お、いたいた」

「何故いるんですか」


雲業の高架下、ガヤガヤとした喧騒に包まれた大通りの脇、長椅子に昨日見た姿を綾は発見した。

静葉は、休憩だろうか、やはり椅子の端に座り隣にはプラカードが立て掛けてある。


「いや、ちょっと頼みたいことがあってさ。昨日は悪かったよ。本当にごめん」


綾は一晩考え込んだ挙句、何が原因だかさっぱり分からなかったので取り敢えず謝っておくことにした。


「別に、貴方が悪いわけではないです。けど、昨日と同じ以来なら受けられません」


どうやら怒ってはいないようだ。

その事に安堵する綾だが、やはり頑なに絵を描くことを静葉は拒んでいた。

どうにも分からない。ただ、刀に並々ならぬ何かがあることは伺える。


「なぁ、何で其処まで嫌なんだよ。初対面、じゃないけど、会ったばかりの俺が言うことでもないけどさ、選り好みばっかしてると金儲けなんて出来ないぞ。今日も客いないみたいだし」


綾は会話の出だしとして軽い冗談のつもりで言ったのだが、



「——ッ」


反応は予想外。冗談が思いがけずにクリーンヒットしていた。


……やっぱ儲かってないのかぁ。


致命的な所を指摘され静葉は言葉を返せないでいた。別に選り好みしているというほど、仕事の幅を狭くしているわけではないが、今回ばかりはその通りだった。


「あ、貴方にそんなこと言われる筋合いはありません。それにこう見えて繁盛してるんですから。昨日と今日は偶然です。偶然。貴方が来て、皆声を掛けづらくなってるんです。それに貴方だって昼間から仕事してないじゃないですか」


必死に取り繕う静葉だが、誰の目から見ても虚勢であることは明白。自分でもそれが分かっているのか、顔が赤くなっている。


「お、俺は用事があってだな……。お前って見た目弱そうなのに、意外と意地っ張りなんだな」


「よ、よわっ、いじっぱり!?」


……会ったばかりの人に散々な事を言われた。もう帰りたい。これならモヤシ地獄の方がましです。


静葉は自分から進んで行く強さがないことを何時も気にしていた所為か、客観的にそこを突かれると非常に弱る。同居していた錫切茜音は対照的に活発で押しの強い正確なため余計に自分の情けなさを感じてもいた。


「おい、どうした」


返事がない。まるで尸のようだと感じた綾は少し言い過ぎたかなと反省した。人と会話することは少ないが普段なら関係の浅い人間にこんな事言ったりはしないのだが、どうにも目の前の少女の雰囲気が話しやすくてつい口を滑らせてしまっていた。


「すみません。少し凹んでました。貴方の言う通り、やはり私はこの場所には相応しくなかったのです。だから貴方の依頼は受けられません。帰ってください」


「どうしてそうなるッ?」


原点回帰、結局何をどうしても結論は変わらないのか、やはり意地っ張りであるなと綾は思った。


「分かった。其処まで言うなら仕方ない。でもその前に一つ頼みたいことがある」

「なんですか?」


違う依頼だろうか。酷い事を言う人だが言われたことは事実、できる仕事ならやって収入を得なければ本当にモヤシ地獄だ。静葉はその先を促した。


「何で、其処まで絵を描くことを嫌がるのか教えて欲しい。どうにも気になってさ、それだけ聞いたら素直に帰るよ」


綾はそう告げた。

これ以上嫌がっているのなら大人しく引き下がるべきだ。彼女の言っていた通り絵描きなら何人かは見かけた。しかし、何故あれ程まで刀を拒絶するのか。一つのものを嫌うのならば其処にはそれ相応の理由というものがある筈なのだ。

綾はその理由を何故か聞いてみたくなったのだ。


「理由ですか」


話したくない。見ず知らずの人に話したくはない。良い思い出でもないのだ。誰かに言いふらしたいことじゃない。これは私だけの記憶なんだ。

静葉はそう思うものの、何処か話してもいいという気持ちもあった。

目の前の彼とは会ったばかりだ。口も少し悪い気がする。正直いきなり暴言を吐かれるとは思わなかった。けれど、一度は助けられた恩がある。それに、手も足も出なかったあの男を軽くあしらえる程の力があるのに、力尽くで命令したりしない。粗暴だけど、悪い人ではなさそうに見えた。

静葉は目の前の少年の事を考える。ただ一点、刀を探している様な事を言っていたことだけが気掛かりではあった。


「いいですよ。話すだけでしたら」


しかし、静葉は了承した。最近、茜音がいなくなったこともあり、誰とも会話という会話をしたことはない。ずっと一人で気が滅入っていたこともあるだろう。誰かと話して、人の温もりを感じたかったのかもしれない。

帝都は忙しい街だ。静葉のような少女にとって一人で居続けるのはかなりの負担だったのだろう。それに恩もある。だから静葉は話しても良いと思っていた。


「本当か!」


綾の表情が明るくなる。

当初の目的とはやや異なるが、ここに再び来て良かったと綾は思った。


「ですが、余り聞かれたくないプライベートな話ですので少し静かなところで話しましょう。此処は人も多いですから」

「お前がそれを言うとは」

昨日は言われる側だったのに、と可笑しくて綾は笑った。

「笑わないでください。それでええと、貴方の名前はなんですか?話をするなら聞いておきたいのですが」

「俺は綾、宜しく。君は」

「私は古坂静葉です。此方こそ宜しくです」


自己紹介を交わす。綾は御上に来て二日目ようやく、初めて人の名前を聞いた。


「で、何処で話すんだ」

「そ、それはまだ決まってないです」



帝都の喧騒は相変わらず、夏の盛り。綾の刀探しはまだ始まったばかりだ。


取っ掛かりとしてこの少女、静葉の話を聞いてみよう。綾はそう思った。自分より背の低い少女は水先案内人として些か頼りない気はするが、気弱そうに見えて自分というものを持っている。そういう所を含めて嫌いではなかった。


「取り敢えず行くか」

「そうですね」


二人は並んで歩き出した。









いつもと変わらない御上の賑わい。細い路地の暗がりから、大通りの脇にある椅子を見る人影があった。


全体像は闇に紛れて分からない。だが微かに見える部分はあった。其処に在るのは白い仮面。そして、腰に下げられた一本の刀。柳の陰に潜む幽鬼の如く不気味に闇の中に佇んでいた。




帝都では現在事故が起きていた。今もなお発展し続ける巨大都市であれば事故が起きるという事自体は可笑しくない。

帝都で事故が起こったのは現在開発が活発に進んでいる西側地域。建設途中の建物が多く、組み上げられた鉄骨や足場で、灰色の景観をした場所だった。

事故の詳細は鉄骨の落下と建造物の一部崩壊。朝方、現場に訪れた作業員が発見したという。幸い、夜中に起こった事故の為、負傷者はいなかった。其れだけでは恐ろしい話ではあるが不思議な事ではない。が、奇妙な事があった。

事故現場の崩壊した建物の一部は綺麗な断面に切断されているのだ。他にも、爪で抉られたような跡が辺りに見受けられているというのだ。

大型の作業機械はあるものの、現場に残された跡の様な掘削が出来るようなものではない。硬い鉄骨や建物の壁を綺麗に削り取るような大型の機械は此処に存在しないからだ。

巨大な爪を持ち、容易く鉄骨を両断する。現場の惨状はさながら龍が暴れた後のようだった。

現場近くの作業員は悪竜が現れたなどと噂しているが、目撃証言は未だない。














次回は2人の話です。そろそろ、話を動かしはじめたい頃。

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