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緋き追憶  作者: castella
2/5

壱/帝都凶相/夏/出会い

二話です。大切です。


壱/帝都凶相/夏/出会い




刀とは人を殺める為の凶器だ。だが同時に人を護る為の刃にもなり得る。

人間がこの世界に誕生してから今迄、闘争というものは人類の生存と同居して存在していた。

その中で生まれた闘争の為の道具、武力という概念が形を成した物が武器であり、刀であった。

多くの人間が刀で斬り斬られ、血を流し果てていった。

この世界で初めに争いを仕掛けた人間は積み上がり続ける尸を見て何を思うのだろうか。

闘争という悲劇を齎した人間は永劫地獄で焼かれ続けるべきなのか。はたまた、闘争による進化を齎した英雄として祀られるべきなのか。現段階においてその是非を問うことは不可能だろう。何方にせよ、闘争は現在でも脈々と受け継がれている。その血に宿る鼓動が争いを求め続ける限り、人間は存在する事を辞めることはない。








熱狂という言葉が相応しいだろう。駅に降り立った、編み上げブーツに黒の外套を畳んで持った、年の功十七程の少年、(りょう)の眼には其処彼処から濛々と噴出する列車の蒸気、停車した列車から降りてくる多くの乗客、人でごった返したホームが映っている。

綾が立っているホームは遠くの街から帝都までを結ぶ路線雲業(うんぎょう)。今停車したのは労働者達を乗せた列車だった。降り立った彼等は皆、新天地で栄光を掴まんと誰もが闘志を燃やしていた。忙しなく歩く彼等は我先にと周りを押しやり、下へ下る階段へと押しかけていく。


——凄い、これが帝都か。


綾は遠く離れた家から、帝都に列車に乗り移動してきた者だった。

帝都、そう呼ばれる巨大な都市、正式な名は『御上(みかみ)』と言う。帝都は三つの大きな路線を持ち、人や物資が列車によって運ばれてくる。程近い位置には鉱山、運河があり、硬い地盤の上に築かれた帝都は工業、商業の大拠点となっていた。

巨大な都市には遠方から出稼ぎに来る者が多く、街には絶えず人が流れ込み今でも都市は巨大化し続けている。

元々住んでいた処は人里離れた山奥で此処まで多くの人を見たことがなかった綾は目の前の光景にただ圧倒されるばかりだった。


多くの人達と同じように列車に乗り帝都までやってきた綾だったが目的は出稼ぎではなかった。


目的はある盗まれた刀を取り戻す事。但し、あてがあって御上に訪れた訳ではない。人が多くいれば情報が集まるという単純な理由からだった。勿論、当てずっぽうで来たわけではない。


ここは帝都御上。言わずと知れた工業、商業の中心地。であれば、盗まれた刀が売り捌かれていたのならば、そのルートを辿っていけばいずれ刀にも達するだろうという目算はあった。


しかし、


「これからどうするか」


嘆息と共に呟かれた一言。

刀の搜索に当たって、人海戦術にしろ商業ルートを辿るにしろ、搜索は難儀する事が予想された。

何故なら、御上に綾と縁のある人物は誰一人とおらず、住む場所さえまだ決まっていない。人の縁に頼って物事を進めるという選択肢がない以上全て自分の力で行わなければならない。正に、身一つで乗り込んできたのだ。つまり刀の搜索に入る前に、先ずは其処から如何にかしなければならないからだ。刀の搜索に入る前に行き倒れてしまっては余りにも恥ずかしい末路だ。

やる事は山積みであるが目下は今日の宿探しから。住んで居た家から持ってきた荷物は鞄と腰に刺してある一振りの刀のみ。先が思いやられるが、それも承知のこと。気合は十分だ。

だがその前に、この人混みが引くまでは待とう。初めて見た大混雑に人酔いした綾の御上での初めの課題は宿探しではなく人混みに慣れることになりそうだった。







お母さんはとても綺麗でいつもにこにこと笑っていて優しかった。お父さんは寡黙で見た目は怖いけど、私を褒めた時、頭を撫でてくれた掌は暖かかった。二人は幸せそうで私の目から見てもお似合いの夫婦だった。いつか私もこんな幸せな場所を築けたらいいなと思わずにはいられなかった。


陽炎が立ち込める夏、帝都御上の持つ巨大路線《雲業》の高架下、広大な面積の中に幾つも店が立ち並んでいる。

通りの脇には幾つもの建物が並び、見上げれば建物を繋ぐ電線が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。並ぶ建物は新しいものから、今にも崩れそうな古めかしいものまで様々ある。巨大路線《雲業》の高架下にある此処は帝都の中でも特に商売が盛んで出稼ぎの客や、取引に来る商人などでごった返していた。

帝都自体、何処もかしこも此処と似た様な様相ではあるが。

店の並ぶ大通りの前には人の群れ。さらには路上で客引きをする小洒落た雰囲気の男や、店の前で大声で宣伝をする坊主頭の大男。何時もと同じように何処もかしこも、商売をする人に溢れ、喧騒と混ざり合い夏の高い気温を熱気で更に押し上げていた。


そんな喧騒の一角、一人の少女が長椅子の端っこに座って項垂れていた。


「今日は朝から一人も来ませんね」


長椅子の端で身を小さくする少女。格好は薄汚れた作業着。細過ぎるというわけではないがやや華奢な体躯は姿勢と相まってとてもその姿は小さく見える。

忙しなく道を歩き交う人々は椅子に座って休憩する暇などないのだが、それでも真ん中に陣取って座らないところが彼女の性格をよく表していた。


少女、古坂静葉(ふるさかしずは)は椅子に座り昔のことを思い出していた。いつも笑顔の母と寡黙だが優しい父。裕福ではないけれど暖かな家庭だった。

だが、今は違う。静葉は一人きりで生活していた。


「このままじゃ、一週間お風呂も入れず食べるのはモヤシだけの生活になっちゃいます」


静葉の座る長椅子、よく見れば静葉の横には木の板に持ち手を付けたプラカードのようなものが立てかけてあった。表面には、『靴磨きから人探し迄可能な限り何でも承っております』と、丸みの帯びた文字で書いてあった。その横には何故か分からないが小鳥のイラスト。

つまりは、静葉は朝から今迄ずっと客が訪れないか此処で待っていたということだろう。勿論、唯此処で座っていたのではなく、通りに出て人に声をかけ続けていたのだろうが、此処は帝都の中でも一際賑わいを見せる商人の縄張り。人探しならともかく、靴磨きなんかで足を止めるような変わり者はいなかった。何よりも彼女の自信がなさそうな態度を見て貴重なお金と時間をかけて頼み事をしようとする気はお世辞にも湧かないというものだろう。

静葉は朝から一向にお客さんが来ないのと、歩き回り続けた疲労で椅子に座って休憩していたのだ。

少し前迄は唯一の友達である錫切茜音(すずきりあかね)の借りていたアパートで一緒に生活をしていたのだが

、今はその茜音が御上から遠くへ行ってしまい賃貸料金を全て自分で払わなければならなかった。二人で補っていた負担が今は全て自分一人に掛かってしまう。茜音といた頃なら二人分の収入があり、一日二日なら客が居なくともなんとか凌げたが、今はそうは言ってられない。


「がんばらないとですね」


決意を新たに、椅子から腰を上げようとした時、静葉の足元に影が近付いてきた。


「君、今暇かな?ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


軽薄な声。顔を上げると髪を染め着崩した背広と胸元がはだけたシャツにネックレスという風貌をした男が立っていた。


「ひゃッ、はい、なんでしょうか」


今日初めてのお客さんだ。

突然声を掛けられて動転してしまったが、休憩明けに客が来るとは幸先が良い。静葉は久し振りのお客さんに心が弾んだ。


「ちょっとさ、叔父さん困っててさぁ。協力して貰えないかな」


頭を掻きながら悩んでる風を装ってはいるが、どうにもきな臭い様子。だが、静葉は


「何がお困りでしょうか。お手伝いいたしますよ」


客を逃してはならないと、そんな男の態度に気付いてはいなかった。


「ん〜、ちょっと此処では話し辛いことなんだよね。おじさんと一緒に来てくれないかなぁ」


静葉の態度を見て御し易いと思ったのか、男はニヤついた下衆のような笑みを最早隠そうともしていなかった。


「ご相談ということで、よろしいでしょうか」

「あーそうそう相談なんだよ。此処じゃちょっとプライベートなことだからさぁ。静かなところで話したいんだよね」


そう言うと男は静葉の細い手首を強く掴んだ。


「えッ、あ、あの」


物理的な感触を得て静葉は少し、警戒を覚えた。


「時間もないしさ、直ぐ終わるから付いて来いよッ」


警戒する静葉の腕を無理やり引っ張った。


「離してくださいッ」


この人は危ない人だ。逃げなきゃ。

静葉はここに至ってそう思ったが、掴む腕を振りほどけない。少女が成人男性の力に敵う訳がなかった。


「君、なんでもしてくれるんだろう。悪い仕事じゃないからさ。それともこのまま大人しくしないなら君に怪我させちゃうよ。それでもいいのか、あぁ? 」


明確な脅し。それは周りから見ても分かり過ぎるやり取りだったが、この街ではそう珍しい事じゃない。そんなことに構っている余裕があるものなど此処にはいない。常に自分のことを考え成り上がろうと必死な者たちに他者へ割く時間などない。余計なことをするならばその分働く方が圧倒的に有意義だ。


「な、なんでもじゃないです。困ります。離してください」


必死にその場から動きまいと踏ん張る静葉。ジリジリと徐々に男の方へ身体が引っ張られていくのを堪える。

男の方は素直について来るものだと思っていたのか、脅しをかけた後に静葉が此処まで抵抗することに少々面食らっていた。しかし、


「ンなこと関係ねぇんだよ」


遂に手が出る。言って聞かないのなら力づくで聞かせる。男はこうして何人もの若い娘を娼館等で働かせていた。常套手段だ。女など所詮か弱い生き物。男に寄生しなければ生きていけない媚びを売るだけの肉だ。男はそう思って女を売り飛ばすのを生業としている者だった。


振りかぶられた拳がとんでくる。


「——ッ」



静葉は眼をつぶって身を縮めた。殴られるという恐怖に身が立ち竦む。しかし、痛みはやってこなかった。

恐る恐る目を開けると、


「綺麗な絵だね。君、なんでもって書いてあるけど、絵とか書いたりしてくれないかな?」


一人の少年と眼があった。 少年は振りかぶられた男の腕を片手で握り締め、注文をしてきていた。


腕を握り締められた男は堪らず身を引こうとして、しかし、少年の手は万力のように掴んで離さない。


「おい、テメェなんのつもりだあぁ?」


「あれ、もしかしておじさん絵描けるのかな?それならお願いしたいんだけど、ちょっとプライベートなことだから此処じゃ頼めないんだよね。静かなところで話したいから付いて来てよ」


そう言うと少年は男の腕を掴んだまま引きずり出した。


「はぁ、テメェ舐めてんじゃ、いだだだ」


思い切り腕を掴まれ堪らず声が漏れ出る。男の体はその場に踏み止まってはいられずに引きずられていく。静葉の力では抗うことすら出来なかったのに。

凄い。自分では手も足も出なかったのに。純粋に凄いと静葉は思った。


「ギャーギャーうるせぇな」


男の態度に業を煮やしたのか、怒気を孕んだ言葉が発せられる。先程までの柔和な印象とは打って変わった声音。男は少年の顔を見上げると、その眼光は恐ろしく冷たく人を見る目ではない。男は骨の髄まで震え上がった。もしかしたら失禁していたかもしれない。少年が動いた。拳を振りかぶる。


「ひ、ひぃ」


男の喉からは恐怖で掠れた空気しか出てこない。そして、拳が突き出せれ、ブンと男の耳元へ風の塊が抜けていった。余りの恐怖に男は泡を吹いて気を失っていた。








「あ、あの」


静葉が少年に声を掛けた。先程のやり取りを見て実は怖い人なんじゃないかと思ったが、助けて貰った御があるのと、少年が何か言っていたことを思い出して、おずおずと声を掛けた。


「あ、君。そうそう君に頼みたいことがあったんだった」


笑顔で話す少年。さっきまでのことは嘘だったかのように明るく気さくな雰囲気だった。


「絵を描いて欲しいということでしょうか」


静葉は少年が現れた際に言っていた事を聞いて見た。静葉の元に来る客は多くはないが、その中でも絵を描いて欲しいと言われたのは初めてだった。


「そうそれ。君なんでもやってくれるって書いてあったから頼みたいんだ」



「余り上手に描ける保証はありませんが」


静葉は申し訳なさそうに言った。絵を描きたいのなら絵描きに頼めば良いのだ。似顔絵描きくらいならこの通りに少しはいる。


それを聞くと、少年はズボンのポケットの中から一枚の紙を取り出した。それを広げて静葉に見せる。


「これは、」


其処には黒い線のようなものがある。それだけだった。


「何か分かるか」


静葉は首を横に振る。検討もつかない。まさかこれを自分に描けというのではないだろうか? この絵からは一体なんなのか想像も付かない。静葉が疑問に思っていると


「これより上手くは描けるだろ」


少年は言った。静葉は首を縦に振る。人が見て分からない絵よりかは上手く描ける自信はあった。


少年はそう言って紙をポケットに閉まうと、絵は苦手でさ、と苦笑する。


「分かりました。ではどのような絵でしょうか?」

「刀の絵を描いて欲しいんだ。刀を探してるんだけど言葉じゃどうにも通じないからさ」


刀を探している?静葉は怪訝な目付きで少年を見る。そして、何かに思い至った。


「やっぱり描けません。お引取りください」

「えっ?」


急に態度が変わった静葉。何があったというのか、その変わり様は普通ではない。


「おい、どうしたんだよ。やっぱり絵に自信がなかったのか?下手でもいいよ、俺よりは上手く描けるだろうからさ」


描けません、そう言った静葉だったが意味は絵を上手く描けないのではなく、


「嫌です。申し訳ございませんが、描けませんので」


その拒絶は刀の絵を描きたくないという意味だった。


静葉は踵を返しその場を後にした。


「お、おい。ちょっと」


静葉の後ろ姿にかける声は虚しく喧騒の中に消えていった。


「困ったなぁ」


帝都の人は難しい。頼み方がマズかったか。これから先の不安が益々増していくなと、少年、綾はしみじみと反省していた。


「それにしても熱い」


外は炎天。正に真夏日。陽炎が立ち昇る頃。

綾はふと、妙な胸騒ぎを覚えた。



出会ってはならない二人が出会ってしまったから物語は進んでしまいます。みたいな。

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