表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋き追憶  作者: castella
1/5

序/夏/憧憬

楽しんでくれれば幸いです。

序/夏/憧憬




「この刀は然るべき者が使えば血の如き紋様がその刀身に浮かび上がると言われている。代々、此処に伝えられている刀だ」


遠い夢。遠い記憶。日の高い、熱く陽炎の立ち昇る頃。鬱蒼と茂った広葉樹林の中にある大きな社。そこにあるのは一本の刀。


——刀はいつから此処にあるんですか?


「さてなぁ。儂が生まれた頃には既にあった。儂の祖父に此処に連れてきてもらって話を聞いたよ。祖父の生まれた頃にも既に刀はあったらしいなぁ」


社の中、眉間に深いシワを刻んだ男の背後、静謐な空間に一際異彩を放つ物。 長い刀だ。優美な反りを描く刀身は厚めで、身幅は並みの刀と大差ない。色は重々しい鈍色。社の中の静けさは、まるで刀が全ての音を吸い込んでるみたいだ。濡れるように微かに引かれた刃文が冷たい煌めきを放つ。是が命を断つ物の冷たさか。


——それはどんな風に輝くのですか?


純粋な好奇心から放たれた言葉。鏡を見たのなら目を輝かせていたかもしれない。


「それが儂もこの刀の紋様を見たことがない。祖父もそうだ。儂はこの刀には相応しくはなかったのかもしれんな」


悔恨のような呟き。どこか名残惜しそうに男は言った。


——師匠、じゃあどうすればその刀に相応しくなれますか?


羨望と期待に満ちた若い声。師が果たせなかった夢を継ぎたいのか、或いはこれが英雄の持つ聖剣に見えていたのか。


「そうだなぁ。この刀に相応しくありたいのなら他人を護れる広い器の人間になれ。そうすれば刀もお前の器を認めるだろうさ」


他人を護れる人間になれ。それは常から人に優しくあるように説いていた、唯の男の願いだったのかもしれない。いや、伝承自体が曖昧で多くの伝承と同じくこの話も例に漏れず教訓のようなものだったのだろうか。真偽は分からないが、此処で生まれた者は皆そう伝え聞き育っていったのだろう。どちらにせよ、語る本人は単なる造り話だと思っていたかもしれない。だが、夢見る少年に取ってそれは英雄を導く賢者の託す預言に等しかった。


——分かった。人を護れる立派な人間になるよ。そして、師匠にもこの刀の輝きを見せてあげる。



「そうか、それは楽しみだ。お前ならきっとこの刀に相応しくなれるだろう」


男はまた名残惜しそうに、しかし、何処か満足そうに言った。目の前の少年がずっと続いてきた夢を継いでくれることが嬉しかったのだろう。あるいは幼い頃の自分を少年に重ねていたのかもしれない。この先の人生、彼に良きものになって欲しいとそう願っていたに違いない。

だが、昔のことだ。もう本当のところは分からない。じき夢は終わりを迎えるだろう。


最後に男は言った。


「強くなれ」


それが二人で交わした最期の言葉だった






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ