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SweetStrawberryRondo 2

作者: M11

ご要望があったので、SSRの続編をうpってみました

後半は、8割方筆者の実体験が盛り込まれています(特に雪のシーン)

「さて、夕飯の支度も完了、っと」

 久しぶりの休暇。私は家事にいそしんでいた。トップシーズンも終わり、年末年始の怒濤の忙しさも終わり、久しぶりの連休を堪能……したかったのだが、やることが溜まっていてそれどころではなかった。

 ……あぁ、自己紹介を忘れていたわね。

 私の名は、宮下佳奈子(みやしたかなこ)。さくや観光でガイドをしている。此処は、会社から車で15分ほど離れた、とあるアパート。ここで、満水通江(たまりみちえ)という会社の事務の同僚と二人暮らしをしている。

 私達は世間で言うところの百合ップル。かれこれ二年くらいの付き合い。すれ違いやら喧嘩やら色々あったけど、何とかやってきている。というか、私の方が普段助けられていることが多い気がする。

 私はガイドをやっている関係上、お休みが不定休。かたや、通江は事務職なのでカレンダー通りの休日。但し、会社は年中無休で動いているので、月に二度は休日出勤がある。故に、私達の休みは計画を立てないと合うことはまずないと言ってよい。

 今日は金曜日。私は明日から二泊三日の泊まり仕事。通江はお休み。また今週も離ればなれかぁ。日帰り仕事なら、家に帰れば彼女に会えるんだけど、泊まりとなるとねぇ。さて、そろそろ帰ってくる頃かしらね。明日の仕事の準備はもう出来ている。制服をクローゼットから出しておくくらいかな、後は。


「ただいま~」

この家のもう一人の主が帰還されたようです。

「何か良い匂いがするんだけど?」

ここ最近寒いので、今日は鍋にしてみました。チゲ鍋です。

「かな。また豪勢にしたわね。泊まり仕事の前日に必ずやるの、やめてって言ったでしょ?」

「え、気に入ってもらえませんでした?」

「今月だけで何回泊まりに出たか数えてご覧なさい。その度に鍋だの何だのって……今月、苦しくなっているの分かっていて?」

「そ、そんなにやっていたかなぁ」。

「先週だって、考えも無しに松阪牛買ってきて……あの時も怒ったのに、また鍋?」

「だ、だって寒かったから暖まろうと……ね?」

「はぁ、作っちゃったものは仕方ないわ。いただきましょう」

「今日のは会心の出来だよ?いいコチュジャンが手に入ってだね……あ」

「そこで無駄遣いですか」

 通江……ミッチーの周りの空気が冷えた……気がした。やっば~、と思って爆発に身構えていたが、なかなか爆発しない……あれ?

「今度やったら……キレるわよ?」

 プギャ~ッ、いつもの爆発より恐い!でも、何か雰囲気が違うのは気のせい?

「何かいいことでもあった?」

「ん~ん、何も無いわ。ただ、明日からわたしも休みなだけよ」

 そう言えば、そんなこと聞いたような……

「何処か行くの?」

「ん、ちょっとね」

 はぐらかすミッチー。これもいつものこと。自分のお出かけに対して、あまり語らないのがミッチー流。二人で出掛けるときは色々議論を重ねているけど、一人でのお出かけの時はあまり多くを語らない。確かに、寝室には私が仕事で使っているのとは別に、トランクケースが一つ余分に鎮座している。それを持って出掛ける姿を何度か見ているので、

(ミッチーもお出掛けかぁ)

という程度にしか見ていなかった。

「さ、食べましょ。折角かなが作ってくれたんだし」

「あ、そういえば、アレがまだだった」。

「アレ、って?」

 横にいた疑問顔なミッチーの唇を不意に奪う。

「おかえり、ミッチー」

 唇から離れ顔を見ると、真っ赤な茹でタコのようなミッチーが出来上がっていた。

「た……だい……ま……」

 うんうん、これを見ないと今日一日の疲れが抜けないね!

 この時点で、ミッチーのお出かけのことは私の頭の中からすっかり抜けていた。此処で深く追求しなかったのを、次の日後悔する羽目になるとは微塵も予想していなかった。


「うん、ちょこっと辛めで美味しいわ~」


 思い起こせば、この普段ツンな彼女が食事中ずっとこんな上機嫌な態度を見せていたことが、全てを物語っていたのだ。



『おはようございます』

「おはようございます。始業点呼を行います。まずはアルコールチェックから」

 次の日、相変わらず朝も早くから会社の点呼場にドライバーといる私。さすがのミッチーも、今朝は私の出勤時には起きてこなかった。にやけ顔で寝ていた彼女に少し引いてしまったが……ま、そんなことはいい。取りあえず今日の仕事の最終確認、っと。

「今回のツアーは、下呂(げろ)石和(いさわ)の両温泉への二泊三日です。まだ雪が充分に多い時期なので、安全運行を徹底してください」

「了解」

 ドライバーが応える。

「ガイドも、お客様の誘導には細心の注意を払って、転倒事故などが起きないよう留意してください」

「分かりました」

 雪に慣れてないお客様が殆どだから、その辺は気を付けないとね。凍っていたりしたらホント怖いからね。

「後は……国道で工事箇所が何カ所かあると、昨日のドライバーから報告を受けています。気を付けて運行してください」

「了解。行ってくる」

「行ってまいります」

 点呼場を後にし、本日乗務するバスへと乗り込む。必要なものは積んだね?準備は万端。

「忘れ物はないな?」

「OK、ボス」

「ボス言うな」

 そんな軽口を叩きながらエンジンを始動する今日のドライバーは、入社以来お世話になっているベテランさん。ガイド研修で初めて一緒に乗り込み、厳しいながらも色々教えてくれる渋いおじさん。定年がもうすぐということで、この度納車された新車の担当になった。キーを捻ると、直列6気筒13リッターディーゼルターボエンジンが控えめに唸りを上げた。

「よし、出るぞ。集客は、駅3箇所だったな」

「そうです……左オーライ」

 私が左を確認して、バスが車庫を右折で出庫する。バスは、左側方が運転席からは死角で殆ど見えないため、カーブや交差点ではガイドが左側を確認してあげるのが仕事。これをやるとやらないでは、運転士の負担が違ってくる。のうのうとお客様相手ばかりしているわけではない。時には、ドライバーの目となってあげることで安全運行に協力するのだ。

 フィンガーコントロールシフトの小気味よいエアー音を聞きながら、最初の配車場所へバスは走る。配車場所への道中、今回のツアー内容の確認をしていく。お昼場所の施設、到着予定時間、立ち寄り箇所、宿泊場所……添乗兼任なので、色々忙しい。後は、集客場所と乗車人数。今朝、点呼時に渡された書類で確認し、座席表をドア近くのサービスボックスに張り出し、お客様にも見えるようにしておく。

「おっと、これは明日の座席表か」

「この前みたいに間違えるなよ?」

「いつの話ですか、それ」

ツアーは申込み順で前から席が埋まっていくのが原則。但し、二泊三日のような長旅だと、後席のお客様に配慮して、三日間とも席が替わる。一泊だと、会社の考え方の違いで席替えするところとしないところがあるみたい。ウチは前者です。やっぱ、皆さんに気持ちいい旅をしてもらいたいですからね。

そうこうしている内に、最初の配車場所へと到着。今回は、この他に二箇所の駅を経由して行く予定。

「ちょっと時間あるな。トイレ行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 道が空いていたのか、予想より早く到着したようね。まだお客様が見えてないようなので、チャンスとばかり私もお手洗いへ。こういうタイミングを逃すと、次いつ行けるかわからないからねぇ。

 ドライバーとお手洗いから戻ると、既に数組のお客様がバスの前に。まずいと、慌ててバスに駆け寄りドアを開ける。

「大変お待たせ致しました。二泊三日温泉ツアー参加のお客様、受付とお席のご案内を致しますので、お名前を下さいませ」

 一組ずつお名前を名簿で確認し、座席表で席を案内していく。この時点で必ずと言っていいほど出る文句が、席の不満。何で後ろなのぉ?という声を耳にしない事は殆どない。こればかりはいわゆる早い者勝ちなので、先述の申込み順云々を説明して納得してもらうしかない。

 何とか無事に揉め事も起こらず、一箇所目の集客を完了。ドライバーに伝えて、次の駅へ移動。受付と案内を繰り返して、こちらも終了。最後の駅へと向かう。

「集客の残りは?」

「あと七人ですね。次は、珍しく一人参加の方がいますねぇ」

「確かに泊まりでは珍しいな」

 泊まりのツアーで一人参加だと、ルームチャージの関係で宿泊代が高くなるから、一人参加は滅多にない。ふと、参加者の名前を見てあれ?と思った。

(何か見たことある名前だねぇ……)

 私が持っている参加者名簿は、名前以外にも乗車場所・住所・参加回数……etc.と、個人情報が満載。ただ、名前がカタカナで出力されているので、最初は気づかなかった。

「よし、もうすぐ着く……ん?見知った奴がいるなぁ」

 ドライバーがそんなことを言ったので、バスの前方に見える人だかりを私も注視した。

「……え、何で彼女がいるのぉ!?」

 私が気づいて間もなく、最後の集客場所に到着。ドライバーの手によって、スイング式の自動ドアが開け放たれる。私は動揺を隠せないまま、お客様の対応にあたる。他のお客様には何とか普通に対応出来たが、最後の一人でボロが出てしまった。

「おおおきゃくさままままのおおおなまえ……」

「言えてないわよ?かな」

 さも当然のように、しれっとしている彼女。

「満水通江です。席は何処かしら?」

「……ご案内致します」



(やりづらい……)

 集客も終了し、バスは直近のインターチェンジを目指している。高速道路に乗ったら、いつもの挨拶を始める。普段なら緊張しない私が、極度の緊張感に包まれている。どうしてこうなった!?

「気楽にいけや」

と、ドライバーも言ってくれてはいるのだが、とてもそんな気分にはなれない。

(何で?どうしてミッチーがこのツアーに参加しているの?一人でのお出かけじゃなかったの?)

 いろんな事を自問自答しながら考えたのだが、結論は出ない。車が高速の本線に入った。仕方がない、といつもの定位置に立った。そして車内を見渡す。45名分あるシートに35名様が座っている。件の彼女は、一番後ろの席で車窓を眺めながら、興味なさそうな雰囲気で座っていた。

(そっちがその態度なら、やりやすいかもね)

 そう開き直った私は、いつものテンションに戻り、仕事を始めることにした。

「皆様、おはようございます……」



 行程上での最初の休憩。少し大きめなサービスエリアに立ち寄り、15分間の休憩。そこで、私は彼女をバスの後ろに呼び出した。

「どーして此処にいるのっ!?」

「ツアーに参加しているからでしょ?」

 もう……そうじゃなくて!

「どうしてこのツアーに参加しているのか聞いているのよ!」

「それは、私の自由でしょ」

 確かにそうなんだけどね……

「サプライズ成功?」

「ビックリしすぎたわよ!心臓に悪いったらありゃしない」

 彼女の話を要約すると、こうだ。

 ミッチーは事務系でも、営業寄りの仕事をしているので、ツアーでの立ち寄り手配なんかをよくするとのこと。そしたら、今回のツアー企画書が回ってきて、担当の添乗員が私ということが分かり、手配をしつつツアー参加の申込みもついでにしたらしいのだ。全く、私に内緒だなんて……

「しっかり後席希望まで出してるし」

「私が前にいるとやりにくいと思うから、敢えてそうしたのだけど」

「ミッチーが乗っているだけでやりにくいっての」

「そんな……折角かなと旅行がしたかったのに」

「え?」

「だって、ここ半年ずっとすれ違いじゃない。さすがの私も心が折れそうになるわよ。だから、今回の企画書が来たときには、これはチャンスだと思ったわけ」

 ……そんな事言われたら、何も文句が言えないじゃない。そう言えばずっとそうだったなぁ、と改めて思い返す。

「そんなに私とデートしたかったの?」

 ちょっと意地悪く問いかける。

「……そ、そうよ。悪い?」

 あ、ツンデレった。まぁ、私もミッチーにかなり甘んじていたのかもしれない。罪滅ぼしも兼ねて、今回は付き合うとしますか。

「それじゃ、貴女を最優先で案内してあげようかしらね?」

「そ、それはダメよ。き、気持ちは嬉しいけど、ほかのお客様優先じゃなければ、め、迷惑がかかるわ」

「分かりました。お姫様の機嫌を損なわないように頑張りますか」

「ぜ、全力で私を楽しませてよ」

 興味なさそうに乗っていたのに、そう来ますか……おっと、そろそろ休憩終わりの時間だ。

「ミッチー、乗って」

「……わ、わかった。ふふ、お楽しみはこれからよ」

 その台詞を聞いて、後に彼女の本気度が半端じゃないことを、私は思い知らされるのだった。




 バスは順調に進み、最初の立ち寄り施設へ。南木曾の一角にある『木地師(きじし)の里』と呼ばれる伝統工芸を商いにしている地域の中にあるお店へ到着。木彫りの技や工芸品の数々を見学。中には、目が飛び出るほどの値段が付いた商品があったりしたが、出来映えを見ると納得というか。一通り案内して、乗務員休憩室で一息ついた後に、店内でのお客様の様子を見ていると、何やらミッチーが熱心にとあるお椀を手にとって見つめていた。

「何をしているの?」

「ん?あぁ、こういうお椀が家にあってもいいかなぁ、ってね」

「お椀なら百均ので充分でしょ?」

「お吸い物とかはさ、こういう木の温もり?みたいなのがあってもいいんじゃないかな」

 う~ん、確かにお宿なんかで出されるお吸い物系は、こういう木椀だものね。

「んじゃ、セットで買ってみる?色違いでさ、夫婦茶碗みたいに♪」

 そう私が冗談交じりに言ったら、ミッチーは顔を赤くして俯いてしまった。

「……め、おと……」

 反応するとこそこかいっ!!

 固まった彼女からお椀を奪い取り、同じ柄の色違いを探し出して会計する。

「ほら、買っておいたわよ」

「あ……ありがと」

 俯いたままの彼女に物を渡し、バスへと促す。店内に残っている他のお客様にも、出発時間が来たことを伝え、バスへ誘導する。人数確認をして、ドライバーに出発OKの合図を出す。

「お世話になりました~」

 ドアが閉まる際に、見送りに来たお店の人に挨拶をして、バスは昼食会場へ向けて走り出した。



 昼食会場に到着後の出来事。

「さくや観光の○○ツアーです」

「道中お疲れ様です。会場にご案内致しますね」

「お願いしますね。……皆様、このイケメンお兄さんが、お昼場所までご案内してくれますのではぐれないでついてきてくださいね~」

「人数は34名様ですね」

「え?35名のはずですが……?」

「あれ?最終確認では34名(プラ)(プラ)2、と伺いましたが?」

「35名参加のはずですが……え、+1+2?」

「えぇ、タマリ様という担当者様から昨夜お電話頂きました」

「……タマリ?」

 その名前を聞いた私は、最後にバスから降りてきたミッチーを捕まえて、昼食の件を問いただした。

「ミッチー、どういう事なの!?」

「主語を入れて話そうよ、かな」

「どうして、昼食が1名分足りないの?って言うか、乗務員分が1名増えているんだけど?」

「その様に私が頼んだから」

 さも当然のように返答する彼女。

「何故っ!?」

「わ、私がかなと食事したかったからよ。悪い?」

 真相はこうだ。

 手配はお手の物の彼女。どうせ一緒にツアーに行くならなら私と一緒に食事をしたい、という理由で自分を添乗員扱いとしていたらしい。そうすることで、彼女は私と一緒にお客様と別室で食事が出来るから、その旨を前日に会場へ手配していたらしいのだ。道理で、私は当日一切電話連絡しなくていい、と運行から言われたのかぁ。恐るべし、ミッチー。

「これもサプライズ?」

「そ、そうなるかしらね」

「まぁ、いいわ。取りあえず、お客様の席を見てくるから、ドライバーさんと乗務員室で待ってて。落ち着いたら、ご飯にしよ。ドライバーさん、連れて行ってあげて。その子、私達とご飯一緒らしいから」

「ん、そうなのか?わかった」

 そう頼んで、昼食会場へ急ぐ。席トラブル、発生してないといいな~。


「まったくもぅ、焦ったよ~」

 乗務員室でのお昼。ちょっとトラブルがあって、お昼が遅くなっちゃった。ドライバーは既に食べ終わっていて、姿がなかった。ミッチーは律儀に待ってくれていたようだ。

「何が?」

「さっきの話!人数が食い違っているなんて聞いてないし」

「ま、まぁ、悪かったわ」

「トータルは合っているんだから良いんだけどね……それよりもミッチー、食事こんなんでいいの?」

 乗務員の食事。見るからにお客様とはレヴェルが違う。今日は、ちょっとした冷凍お肉&野菜の鉄板焼きとご飯のみ。後は自由にカレーのルーをかけて食べることも出来るという物。施設によっては、お客様と同じ物を食べることも出来るけど、そんなのは今の時代では稀らしい。

「わ、私は、かなと食事がしたいの。内容なんかどうでも良いわ」

 言い切ったーっ!あのミッチーがここまでするとは驚きだ。よっぽど思い詰めていたんだろうなぁ。

「ごめんね。私、甘えっぱなしで。貴女がここまでするまで気がつかなかった……」

「そ、そうね。そう思うなら、このツアーで私を楽しませる事ね」

「そうは言うけど、さっきからこっちがサプライズばかり受けているんですが!?」

「ま、まだ終わらないんだからねっ」

 ぇえ~、もう勘弁してください。


 昼食も終わり、またバスに乗り込み午後の行程へ。妻籠&馬籠宿では、お客様を誘導しつつちゃっかりミッチーとデート気分。ただ、お客様とのバランスを注意しながらの逢瀬は、難しいものがある。頼まれて写真を撮ってあげていると、途端に彼女の機嫌が悪くなるし、二人でいるとお客様からお土産に関する質問を投げかけられるし……気が休まらない。妻籠宿バスPにある休憩室で、私はぐったりしていた。

「お客と彼女のお相手、お疲れ」

 そう言って、ドライバーさんがコーヒーを持ってきてくれた。

「あい、ど~も~」

「後は宿へ直行だから、頑張れ」

「ですね~。といっても気が抜けませんが」

「宴会ないから一息はつけるだろ」

 今宵の宿は、朝夕のバイキングビュッフェが売りの所だから、宴会に付き合わなくてもいいという点では助かる。バイキングが目的というお客様もいるくらいだから、このコースは割と人気がある。

「ところで、彼女は?」

「何か買いたいものがあるらしくて、宿場内を歩いてますよ」

 そう説明しているときに、休憩室のドアが開き彼女が戻ってきた。

「お、戻ってきたな。それじゃ、そろそろドアを開けるとするか」

 そう言ってドライバーが入れ替わりに休憩室を出て行った。……私達に気を遣ってる?

「何を買ってきたの?」

「うん、この辺りで売ってる製薬会社の目薬が、花粉症に良いって話を聞いてね、買ってみたの」

「あれ、ミッチーって花粉症?」

「まだ軽いんだけどね。去年に突然なったのよ」

 そういえば、去年家でくしゃんくしゃんとやっていた記憶があるなぁ。アレが花粉症だったのか。私は何ともないから、辛さが分からないんだよね。

「大丈夫?」

「今は薬で抑えているから平気。でも、目はどうしようもないから……」

 それで目薬なのね。

「差してみた?」

「うん。染みるけど良い感じよ」

 そうなんだ~と言いつつ、私はミッチーの瞳に顔を近づける。

「ち、ちょっと……顔近いってば」

「いいじゃない。誰もいないんだし♪」

 周りを確認して、唇を合わせる。

「んっ……」

 彼女も満更ではなく、私の行動に合わせてきた。ご機嫌取りではないけど、たまにこうしてあげないと拗ねるからねぇ、彼女は。

「……も、もう、いきなりなんだから」

 離れて開口一番、文句を言ってきたが怒っている様子はない。寧ろ待ち望んでいたみたいで、照れていた。この顔よ!これが見たかったのよ♪

「お~い、宮下。お客ちらほら戻ってきたぞ」

 その時、予告もなく休憩室のドアが開き、ドライバーさんが顔を覗かせた。

「!」

 慌てて距離を取る私達。大丈夫よね、バレていないよね?

「どした?」

「いえいえ、何でもありませ~ん。では、お客様をお迎えしま~す」

 そそくさと休憩室を出ようとしたところで、ドライバーに耳打ちされた。

(もうちょっと場所考えろ?見たのが俺で良かったけど)

「えっ!?」

 そう言って、ドライバーはお手洗いの方へ向かっていった。

「ど、どうしたの?かな」

「う~む、どうもあの人にはバレてるっぽい。私達の関係」

「だ、大丈夫なの?」

「……多分ね。あの人、口が硬いことで有名だし」

「……」

「後で、さりげなく聞いてみるよ」

 取りあえず、今はお客様の誘導。出発時間も迫ってるし。

「ミッチーもバスに乗って。私、誘導してくるから」

「う、うん」

 今宵の宿まで、後1時間ってとこかな。

 頑張ろう!



「皆様、大変お疲れ様でした。今宵の宿、下呂温泉に到着でございます。ご夕食は事前にパンフレットでご案内の通り、バイキングビュッフェでございます。お時間は、申し訳ございませんが他の団体との兼ね合いで18時半からとさせていただきます。大浴場は……」

 ホテルの玄関到着に合わせて、宿に関する諸説明をしていく。この話術はガイド教習の賜。玄関に着くと同時に説明&挨拶を終わらせるというテクニックがあるのです。ただ説明しているんじゃないんですよ?終わると同時に、ドライバーがドアを開いてホテル側にお客様をお渡しする。この一連の動作が決まるとカ・イ・カ・ン……

「いつまでもステップにいないで、さっさと降りてもらえ!」

 ……いけない、久々に決まったので陶酔しきってしまった。

「では、どうぞ~」

 私の合図と同時に、三々五々お客様が降りてくる。おおっと、手荷物を預かっているトランクを開けに行かないと。

「トランクの手荷物は、ホテルの方が運んでくださいますので、そのままロビーに移動してください~」

 取りに来たお客様にそう伝え、荷物運びを手伝う。

「かな、お疲れ様」

 傍らには、いつの間にかミッチーが立っていた。

「あぁ、お疲れ。荷物はもうロビーに行ったよ?」

「そう。乗務員のチェックインしておいてあげるから、資料貸して。この後掃除でしょ?」

「……また何か企んでる?」

「さ、さぁてねぇ~」

 怪しいなぁ。でも、やっておいてくれるというなら、素直に甘えよう。後1時間位かかるからねぇ、洗車&清掃で。

「わかった。お願いするわ」

「キーを貰えるだけにしておくから」

 そう言い残して、彼女はフロントに消えた。

「何だって?彼女」

「私らのチェックインをしておいてくれるそうです」

「そうか。じゃ、駐車場に移動するぞ」

 そして、バスはホテルの敷地の更に上にある駐車場へ移動する。坂が急だからあまり好きじゃないのよねぇ、此処。

 駐車場について、掃除を始める。ドライバーは日報を締めている。

「あ、あのぉ……」

「ん、何だ?」

「先ほどのことですけど……」

 わたしは、掃除をしながら妻籠でのことをドライバーに聞いてみた。

「宮下と彼女がいちゃついていたことか?」

「はうっ!」

 やっぱりバレバレだよ。見られてたんだな。

「出来ましたら、他言無用でお願い出来ますか?」

「別に、俺は何も見ていないが?」

「え、だって……」

 しっかり忠告していたでしょ、私に!

「見ていたことにしてほしいのか?」

「いや、それはそれで恥ずかしいんですが」

「だから、俺は見ていない。そういうことだ」

 あくまで知らない、ということにしてくれるみたいだ。

「……軽蔑しました?」

「いや、世の中にはそういう人もいる、ということだ。その程度の認識だ」

 意外だなぁ。ドライバーさんぐらいの歳だと、白い目で見られそうなものだけど。あくまで我関せず、というスタンスらしい。

「ありがとうございます!」

「礼を言われる覚えはないが。とっとと掃除して部屋入るぞ。俺は洗車してくるからな」

「はいっ!」

 安心した私は、掃除に戻った。なお、浮かれすぎて、窓の掃除をやり直しさせられる羽目になったのはご愛敬だ。


 掃除後、2人でフロントへ向かう。

「お疲れさまでございました。さくや観光様ですね。ドライバー様はこちらの鍵をお持ちください。ガイド様は、既にお連れ様がお部屋に入られておりますので、そのままお進みください。お部屋は○○○号室です」

「はあっ!?」

 私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

(そういうことだったのか……)

 おそらくミッチーはお昼同様、私と一緒の部屋を手配しているのだろう。それを悟られたくないために、自分で手続きすると言いだしたのだ。やり手の事務員とは知っていたけど、ここまで出来るとは……ミッチーの手腕の高さに、私は舌を巻いた。しかし、彼女の手腕は私の予想の斜め上を行っていたことが、部屋について判明した。

「よ、ようやく来たわね、かな」

 ドアを開けて迎えてくれたミッチーについて部屋に入った私は、驚きの声を上げずにはいられなかった。

「な……何じゃこりゃ~っ!!」

 乗務員が宿に泊まる際は、大概乗務員部屋と呼ばれる狭い部屋を与えられる。空いている時は、普通の客室が回ってくる場合もあるが。今回は、客室にしては広めのタイプで、しかも窓の向こうには露天風呂が設置されてる!?

「気に入ってくれたかしら?」

「ち、ちょ、乗務員が泊まる部屋じゃないよ!どういうこと!?」

「私の交渉術の賜♪かなのために、頑張ってみました」

 と、とんでもない部屋を押さえたものだ。そういえば此処のフロアって、各部屋に露天風呂が設置されているという処だよな、ということを今更ながら思い出していた。

「こ、これも、添乗員特権で?」

「ま、まさか。これは、正規にお客として交渉したわよ。こういう条件のお部屋ありますか?って」

「それにしたって、高いんじゃない?」

「多少は値引いてくれたみたいだけど、払えない金額じゃなかったわ。ちゃんと差額は払ったわよ、予約の時点で」

 恐るべし手腕の持ち主だ。

「取りあえず、制服脱いでくつろいで。ね?」

「う~ん、まだちょっと仕事あるしなぁ」

 くつろぎたいのは山々だが、夕食時お客様の入れ込み確認をしないといけないから……

「そっか……お風呂どうする?」

「ご飯食べてからでいいかな~。折角あんな良い内風呂があるんだしね」

「大浴場行かないの?」

「時間的に微妙だね。個人客なんかが時間ずらして入ってるだろうし。どうしても行きたければ夜中か、朝早くかな」

「でも、一度は行きたいね。大きなお風呂♪」

 たしかに、温泉宿の楽しみの一つは、大きな大浴場に入ることにある。家では絶対味わえない開放感があるからね。宿によっては、大きい露天風呂が併設されている所もあるし。

「大浴場の時間はまた考えるとして、取りあえずお疲れ様、ミッチー」

 そう言って、私は彼女に軽くキス。家でいつもやっているように。

「お、おつかれ……かな」

 真っ赤な顔、頂きました。

 離れようとしたら、ミッチーが更に抱きついてきて、再度のキス。あらま、積極的。2人っきりになれたからかな?

「ミッチー……大胆♪」

「ば、莫迦言わないでよね。こんな事し、したかったわけじゃないんだから」

「ツンデレ全開ご苦労様」

「だ、だから違うっ!!」

 そんなじゃれあいをしていたら、客室の電話がいきなり鳴り出した。仕方なく、ミッチーから離れて受話器をあげる。

「はい~」

『あ、フロントでございますが、確認したいことがございますので、ご足労ですがフロントまでお越し願いますでしょうか』

 ん、何かあったのかな?

「わかりました、すぐ伺います」

 そう言って受話器を下ろす。

「むぅ~、折角のスーパーいちゃいちゃ時間(タイム)が」

「な、何かあったの?」

「フロント来てくれ、だって。時間も微妙だし、そのままご飯会場に行こうかな。貴女も来る?手配担当者様♪」

「そ、その言い方って……。良いわ、付き合う」

 かたやガイド制服、かたや浴衣に半纏という変な取り合わせだが、温泉宿だし気にしない。まずは用事を済ませてしまおう。そう思い、2人で部屋を後にした。



 夕食会場。

 流石にバイキングを売りにしている宿だけあって、お客様の数が半端じゃない。席を確保するだけでも一苦労……かと思ったら、乗務員分は別スペースで確保してくれていたので、落ち着いて食事することが出来た。ちなみに、ドライバーは勝手に来て勝手に食べて行ったらしい。あの人は、お酒飲まないことで有名だからな~。

「って、ミッチー。何飲んでいるのっ!?」

「何って、ジュース?何か変な味だけど」

 彼女が持っているグラスを見ると、白い液体が入っている。一見、カル○スかな?と思って見たが、変な味という単語が気になって、彼女からグラスを奪い一口飲んでみた。

「あ……間接……」

「今更そんなこと気にする関係じゃないでしょ……って、これお酒じゃない!」

「え、そうなの?ミルクって書いてあったから……」

「あっちゃ~。これ、カルーアミルクって言うカクテルよ?」

「コーヒー牛乳のような味だったけど」

「ベースがそっち系だからね。でもこれ、度数結構高いのよ?」

「ふ~ん……」

 まずい。ミッチーがアルコールを摂取してしまった……って、なんで固い口調になっているのよ、私。あの時の再現が起こるの?(1巻参照)。

 表面上では酔っているようには見えない彼女。だから余計に油断してしまうのだけど。ただ、前回の様子からして、彼女はアルコールが入ると段々ハイになっていくようだ。今はまだその兆候が見えない。取りあえずホッとする。

「かな~、デザート食べる?」

 そう言われたので顔を上げると、お皿にこれでもか!というほどのデザートを載せて席に帰ってきたミッチーがいた。お皿を見ると……ミニケーキやら果物やら和菓子やらが所狭しと盛られていた。

「ちょ、取り過ぎでしょ!」

「2人分取ってきたんだよ。食べるよね?」

「そりゃ、食べるけど……」

 それにしては量が尋常じゃない。

「食べきる自信あるの?」

「2人ならラクショーだよ~」

「横方向に育っちゃいそうだ……」

「食べたら、その分運動するだけよ~」

 確かに、その発言は理に適ってるんだけど。

「運動って……温泉地で何するの」

「温泉と言ったら、卓球でしょ~♪」

 あながち間違いではないが。某映画のせいで。

「卓球台が空いてなかったらどうするの」

 そう私が言った数瞬後、彼女は途端に顔を赤らめた。その後、とんでもないことを宣った。

「そんなの……私の口から言わせる気ぃ?」

 ブホッ!

 飲んでいたお水を吹き出してしまった。

 おかしい。

 雰囲気がデレデレしてる。ま、まさか……

「……酔ってる?」

「わからないけど、良い気分なのは確かね♪」

 いや、酔ってます。貴女のその状態は酔っていますってば!いつものツンデレな雰囲気が、完全になくなっている。

 危険信号を感じた私は、仲居さんに頼んで先程のデザート皿をテイクアウト出来るように頼み(本来は出来ないけど)、ミッチーを連れて部屋へ戻った。これで、彼女の痴態を他人に見られる心配はない。

「ふぅ~」

 一息ついた私は、何気なくミッチーの方を振り向いてギョッとなった。

「あっつ~い……」

 そう言いながら、突然浴衣を脱ぎ始めたからだ。

「ななな……何しているの!?」

「暑いから脱いでるのよ~」

 私の制止も聞かず、彼女は浴衣を脱ぎ一糸纏わぬ姿に……って!

「何で下着つけてないのっ!?」

「それが普通でしょぉ~?」

「そうかもしれないけど!」

 そんな私の言うことに聞く耳持たずというか、上の空な感じな彼女は、フラフラと危ない足取りで部屋にある露天風呂へ向かっていった。

 そんな状態な彼女を放っておくわけにもいかず、私も慌てて制服やら何やらを脱ぎ捨て、彼女について行く。泥酔状態ではないけれど、この状態で1人でお風呂はかなりヤバい。お風呂場に入る寸前で彼女を捕まえた私は、鏡の前に座らせ頭から身体から洗っていく。その後、総檜風呂風な浴槽にミッチーを浸からせ一息つく。

「ふぅ~、間に合った」

 何とか安全にお風呂に入らせることに成功した私は、自分が洗うために踵を返そうとしたところでいきなり腕を捕まれた。

「捕まえた♪」

という声が聞こえたと思ったら、引っ張られてしまい私も浴槽へダイブ。

「っぷは~っ!いきなり何するのよ!!」

「何って……運動?」

「はあっ!?」

 此処で何の運動をするのよ!

「もぅ……わかってるく・せ・に♪」

 ということは、エッチな方向!?

「私またお風呂で襲われるのっ!?」

「んもぅ~、私をその気にさせたのにそういう事言うわけ?」

「いつ!?どこでっ!?」

「食べ過ぎたら運動云々……って、食事会場で」

 え、たったあれだけでスイッチ入ったの?

 思考回路が袋小路に陥った私の唇に、ミッチーのそれが重なった。しかもかなりディープに。

「んんっ……ん、ちゅ……」

 暫く唇をむさぼられた後に、ようやく彼女が離れた。風呂の熱なのか身体の熱なのかわからないが、ぽ~っと惚けてしまった私に彼女は宣言した。

「その気にさせた責任、取ってもらうからね♪」

 その後小声で、

「こ、これはお酒のせいなんだからね」

という呟きが聞こえた……ような気がした。

 かなり後で聞いた話だと、この時の彼女は酔っていなかったそうな。演技であそこまで私を騙すとは……ミッチー、あな恐ろしや。



 2日目の朝。

 また全裸で抱き合うように寝ていたようで、その状態にビックリしたミッチーの怒号にて起こされ、あーでもないこーでもないと説明し納得してもらった。その後、朝風呂しようということになり露天風呂に目を向けたところで気がついた。

「あ……雪降ってる」

 深々と降る雪。うっすらと積もっているその情景は、私達が雪国にいることを再認識させられた。

「雪かぁ……」

「雪ねぇ……」

 そうとなると、チェーン巻くのかな?とふと思い、慌てて支度を始めることにした。その辺はミッチーもわかってくれたようで、一緒に朝風呂して私の準備を手伝ってくれた。

「ドライバーの所へ行って、そのまま朝食バイキングへ行くから、後よろしく!」

「わかったわ。後は任せて」

 支度が調った後、ドライバーの部屋を訪ね雪のことを伝えると、支度をして部屋を出てきた。そのまま2人でバスの駐車場へ行き、状況を確認する。

「ふむ、これならまだチェーン無しで行けるな。そこの坂道も水を流してくれてあるから凍ってないし」

「じゃ、出発時間は予定通り?」

「それで行こう。さ、朝飯だ」


 朝ご飯終了後、ホテルの玄関先へバスを着け、お客様と荷物を載せて定刻通り午前9時に出発。大勢の見送りを受け、高速を目指す。目指すは河口湖畔。そこまで走って自由散策とお昼を取る予定。

 休憩を挟みながら、高速道路をひたすら走るバス。目的地が近づくにつれて、雪の降り方が酷くなってきた。直近のインターを降りたら、一般道が既にノロノロ運転状態。対向車線には除雪車も見える。紆余曲折あって、河口湖畔に辿り着いたのは予定より1時間遅れだった。

「まぁまぁ、こんな雪の中来て下さってぇ~」

 そう店の人に迎えられて、お店の中へ。自由散策は、雪が深すぎるため急遽中止へ。ここで、お昼を食べながら今後の協議をミッチーも交えて行う。

「雪、酷くなってきたわね」

「次の立ち寄り行けるかしら?」

「道路状況も含めて、電話してみろ」

「わかりました」

 そういって、ミッチーが施設に電話をかける。

「チェーンどうします?」

「まだ高速が使えそうだから、巻かないで行く」

「わかりました。ミッチー、どう?」

 電話が終わったらしい彼女に、状況を聞いてみた。

「向こうも雪が深いらしく、午前中で営業を打ち切るそうです。このままでは埒があかないので、会社と相談してみます」

「ありゃ~、これじゃホテル直行かな?」

「かもしれんな。どっちにしろ、此処を早く出ないと俺達も雪にハマるぞ」

「じゃ、その辺含めてお客様に説明してきます」

「おぅ、頼むわ」

 そう言い残し、ドライバーはトイレへ。私は、状況を説明するためにお客様が食事しているところへ向かう。状況が状況なので、食事とお買い物が済んだら即出発する旨を、全員に説明する。“仕方ないね”と納得してもらい、会社と電話していたミッチーと合流。

「どうだって?」

「一件立ち寄りを受けてくれそうな施設があるけど、そこを目指しながら、ダメだったらそのまま宿直行で良いって」

「了解。ドライバーに伝えておくね」

 私はバスに戻り、ドアを開け出発の準備。直後に戻ってきたドライバーに、さっきのミッチーの話を伝える。その後、ぼつぼつとお客様も戻り、お昼場所を出発。取りあえず、直近のインターへ向かうが……

「げっ、通行止めになった!」

と、ドライバーが声を上げた。どうやら、付近の高速道路が全て通行止めになったようだ。電光表示板にもその旨が表示されていた。

「どうします?」

「取りあえず下道しかないか……」

 国道139号線から20号線へ向かい、大月から石和を目指すように行くらしい。しかし、ノロノロで何時間かかるかわからないのが今の現状。

「まずいなぁ……一旦戻って別ルート行くか」

 そう言って脇道に入り、元のお昼会場へ向かいだしたドライバー。その途中、軽トラックがスタックしていたり、トレーラーが横向いて道を塞いでいたりと色々あったが、取りあえずお昼会場の駐車場までどうにか戻ってこられた。ここまで約2時間かかっている。

「宮下、満水」

「ほいほい」

「はい」

「此処でチェーン巻いて山越えする。休憩がてらお手洗い済ませてもらえ。この先何があるかわからんからな」

『了解』

 そう言うや否や、ドライバーはチェーン巻きのために外へ出た。私とミッチーは二手に分かれて、お客様への状況説明とお手洗いへの案内をする。まさかこんな事になるなんて……

「宿の方も雪酷いらしいけど、お待ちしておりますって」

 いつの間に電話をかけたのか、ミッチーがそう報告してきた。バスを止めてから10分もしない内に、ドライバーが車内へ戻ってきた。

「もう巻いたのっ!?」

「一分一秒を争うときだ。悠長に巻いていられるかっての」

 凄いな~と感心しながら、予め用意してあったお湯につけて絞ったタオルをドライバーに渡す。そうこうしている内に、お手洗い案内役を買って出てくれたミッチーが、お客様と一緒に戻ってきた。

「全員戻った?」

「確認してくるね」

 人員確認して、全員いることを確認。

「それでは、お待たせ致しました。これより、山越えで宿を目指します。チェーンを巻いたので振動が凄いですが、雪道にはなくてはならないものですので、慣れて下さい」

 ちょっとしたジョークの挨拶に、ドッと笑う車内。それを見計らってドライバーもバスを発進させる。ドドドッとした初期振動から、次第にチェーン特有のシャンシャンという音に切り替わる。幾らスタッドレスタイヤを履いていても、チェーンに適うものはない。137号線の勾配を快調に走っていく。

「最初からこっち走れば良かったなぁ」

「仕方ないですよ。高速止まるとは思ってなかったし」

 ドライバーの愚痴に、結果論で返す。トンネルに入り、抜ければ後は下るだけ……と思ったところで、突如バスは止まってしまった。

「あらら、渋滞?」

「相当詰まってるなぁ……でもジワジワ動くからこのまま行くぞ」

「OK、ボス」

「だからボス言うな」

 このやり取りを、聞いていたらしい一番前の席にいるお客様に笑われてしまった。もう、ここからは我慢比べだ。どうか、途中でトイレ!とか言われませんように……

 その後、1時間近くかけてトンネルを通過。下り坂に入っていった私達に、反対車線の惨状が目に飛び込んできた。

「うわぁ~……」

「トラックの殆どがハマってるぞ」

 新雪のせいでスリップし、登れなくなったトラックがズラ~っと反対車線に並んでおり、道路が完全に麻痺していた。どうりで、トンネルでも反対車線から車が来ないわけだ……除雪も出来ない状況のようで、トンネルに一番近いところは既に雪の壁になっていた。それでも、下り坂を半分くらい下ったところで、ようやくペースを上げることが出来るようになり、雪をチェーンで掻きながら宿へ向かう。チェーンの振動よりも道路上の固まった雪が中途半端に削れていて、その凸凹の方が酷い状態だ。必死に凸凹を避け、ハンドルを操るドライバーも大変だ。そうこうしている内に、ようやく温泉街のネオンが見えてきた。

「もう一息ですよ、ボス」

「わかってるっての」

 私の軽口に、返答する余裕もない。やっとの思いで笛吹川沿いに辿り着き、桜並木沿いに入った所でホテルマンの誘導が見え、それに従い玄関へバスを滑り込ませる。

「大変お疲れ様でした、石和温泉へようこそ!」

 流石に、どのお客様も疲労困憊。そうだよね、お昼場所からトータル5時間だもの、此処まで。いつもの3倍くらい時間がかかってる。

「お疲れ様、ボス」

「なんとか辿り着いたな」

「お二人ともお疲れ様です。今日もチェックイン手続きしておきますから」

「悪いな」

 そう言って、ミッチーは昨日同様にフロントへ向かった。

「さっさと片付けて風呂入るか!」

 そう言って、私達は後片付けもそこそこに本日の業務を終了させた。


 その後、山梨県内は大雪に見舞われ、甲府市内で記録的積雪を観測したおかげで、次の日から3日間足止めを喰らう羽目になるとは誰も予想していなかった。



「散々なツアーだったねぇ」

 ようやく帰ってきた我が家。2泊3日の旅が1週間も滞在する羽目になったのだから、愚痴も出るわさ。

「ホント想定外だったわね」

 ミッチーもかなりお疲れの様子。会社とホテルのパイプ役として、色々奔走してくれた。彼女がいなかったら、私多分パニックになってたよ。

「いてくれて助かったわ、ミッチー」

「良かった……のかなぁ」

「私的には大助かりよ!」

「なら良かった……のかな?」

「ありがとう、ミッチー」

 お礼のキスをする。途端に赤くなる彼女。

「でも、サプライズはもうやめてよね?流石に心臓に悪いから」

「あ、貴女の態度次第よ、かな」

 ソ、ソウデスヨネ~肝に銘じておきます……

「……で?」

「『で?』とは?」

 彼女の質問に質問で返す。

「お、お礼はキスだけ……なの?」

 二人ともヘトヘトで帰ってきたのに、そう仰いますか。

「お望みとあらば!」

 そう言って、私はミッチーをお姫様抱っこしてみせた。

「わ、私より小さいのに……無理しないで」

「あんたが望んだんでしょーが!このままベッドへ直行するよ」

「え、し、シャワー浴びたい……」

「問答無用!ミッチーがその気にさせたんだからね!」

 恥ずかしがる彼女を無視して、寝室に突入する私。その後のことは野暮なので、以下割愛♪




終劇



あの時の山梨での雪は酷かった……

でも、そのおかげでこの作品が出来上がったのです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 要望お応えありがとうございます。 状況の説明がとても巧いですね。観光バスの裏方仕事が自然にイメージ出来ます。勉強させてもらいました。 [一言] 豪雪に遭遇した場面はリアルで臨場感あったんで…
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