疵だらけのギター
○三題噺
出されたお題で2000文字以上の短編を書きあげる。
お題①悲恋
お題②ギター
お題③三人
今日も、駅前の定位置で疵だらけのギターをかき鳴らしながら……ただ歌い続ける。
もう、この毎日を続けて……何日過ぎたかは……正直あんまり気にしてない。
少なくとも、ベースが下手だなって笑いながら頭をワシワシとなでるギター担当の彼もいないし、いつも隣でニコニコ笑いながらキーボードを担当する親友の彼女もいない。
「お姉さん、ギター上手いね」
顔を上げると男性が1人立っていた。
「ども……」
軽く頭を下げると男性は私の前に座りこむ。
「いつも聞かせてもらってるけど、どうしてバラードばっかなの?」
「え……?」
「だって、バラードばっかってのも変じゃない? あ、変ってことはないけど……」
……思い返してみると、ここ最近はバラードばっかりで……普通の明るい歌なんて1つも歌ってなかったかも……。
「そう……かもね……」
この1ヶ月半で私の周りは随分と変わってしまった。
大好きだった彼……。告白しようと思って話しかけようとしたところで、私から離れて行ってしまった。
「私が……負けたからかもしれません……」
私は見ず知らずの彼に語り始めていた。
* * *
あれは2ヶ月くらい前、ライブハウスでの公演が決まった時だった。
成功したら……胸を張ってベースを演奏し切ったと感じられたら、彼に告白しようと思った。
たまたまかも知れないけれど、バンドに誘ってくれた彼、私がまだ音楽をかじり始めた時に拾ってくれた彼、私に音楽を教えてくれた彼。ベースの弾き方を教えてくれたのも彼で……。
そんな彼を好きになるにはそんなに時間はかからなかった。
私も、何度か告白しようかと思ったんだけど……。
彼がいつも言う「早くお前も一人前のベーシストになれよ?」って言葉で踏ん切りつかなかった。
だってそうじゃない? けっきょく、その言葉って、私と彼は『対等じゃない』ってことを言ってるんだから。
私は彼に認めてもらえていないとしか思えなかった。
だから、彼に想いを告げるのは、せめて彼に一人前になったと認められた時だって、心に決めて……私は必死になって練習した。
確かに理由は不純かもしれないけれど、それでも上達して、それなりの形になったと思った。
彼からも「お前、かなり上達したな」って、褒めてくれて、とても嬉しかった。
だってそうじゃない? 褒められたってことは認められたってことと同じなんだから。
だから私さ、決めたんだ。
バンドの初めてのライブが無事終わったら……そしたら彼に告白するんだって。今までありがとうって、これからもよろしくって、そして……キミのことが好きですって。
* * *
バンドも、初めての公演とは言うものの、知り合いに頭下げてライブチケット売って、それでも来てくれたのも50人くらいだったけどさ、良い感じに盛り上がったよ。
私は張り切り過ぎてちょっとテンポ外したところはあったけどさ、熱狂で乗り切って、逆に盛り上がったくらいだったよ。
私はベース兼ボーカルで、彼はギター。キーボードは私が誘った親友。ドラムはまぁ……彼の友達かな?
みんな今までで一番良い演奏やってさ、本当に気持ち良かったよ。
え? 話が逸れてるって? うん、まあそうでも無いのよ。これが一番の絶頂だったワケ。
それでね。いざ告白しようと思ったの。
彼を探してもどこにも居なくてさ、探しちゃったよ。散々探して……そしたらライブハウスの裏に居たの。うん、そこには私の親友と一緒にね。
みんな考えることが一緒なんだなあって思ったわ。
え? もちろん親友の告白シーンなんかに割り込むなんてできないわよ。だってさ、親友が真剣な顔してたんだもん。
いっつもニコニコしててマイペースな子でさ、明るい顔した子がさ、ガッチガチの泣きそうな顔して真剣に彼と向き合ってるんだよ? ……そんなの……ジャマできるワケないじゃん……。
イヤな予感しかしなかったわよ? いっそ飛び込んで行って掻き回してやりたかった。
親友の告白もさ、ぶち壊してやりたかったわよ。
でもさ、やっぱできなかったの。
けっきょくさ、私に無かったのは『対等な関係』とかじゃなくってさ、踏ん切るための『勇気』だったんだなって……思い知ってさ……。
すっごく惨めだった。初めて自分が惨めに思えた。私、負けたんだなって……。
けっきょくさ、彼と親友はめでたくゴールイン。
私もさ、「まあ仕方ないじゃん。2人なら祝福できるんじゃない?」ってムリヤリ自分を納得させてさ……諦めようとしたんだよ。
いやー、楽屋に戻ってさ、努めて明るく振る舞ってさ、彼と親友が仲良く手を絡ませながら帰ってきたのを笑顔で迎えてさ、祝福したのよ。「おめでとう」って。
空元気だったのかな? 空元気だったかもね。
でもさ、そうするしかないじゃん? こんな幸せそうな光景、私1人のためにぶち壊すことなんてできやしない。
だからさ、笑顔で祝福してさ、笑顔で帰ってさ、ベッドに潜り込んで一晩中独りで泣き明かして、次の日学校休んだのは覚えてるよ。
で、それで踏ん切ったと思ってたんだよ、私も。
でもそれって、けっきょく踏ん切れてなかったみたいでさ、周りにも薄々何かあったんだって気付かれちゃったのね。
最悪なのが彼にバレちゃったってこと。
ライブの半月後、セッションやってた時だったかな? 彼に楽屋に呼び出されてさ、言われたんだ。
「お前、最近タルんでるだろ? なに手抜いてるんだよ」
酷いと思わない? 私だって必死に隠してさ、それまで以上に頑張らなきゃって考えてさ……。
なのに、そんなこと言われたら、私にはガマンできなかったのよ……。
気付いたら全部ぶちまけてた。
全部あんたのせいだって、私だってあんたのこと好きだったんだぞって、それを必死に隠してたんだぞって、それがよりにもよってどうしてあんたはののしるの!? どうして気付いてくれなかったの!? って。
ムシの良い話しだよね。けっきょく私は本心隠したままなのに彼に気付けってさ、なに様だって思うよね。
彼もそれ聞いてさ、ポツリと口から漏らしたの。
「本当は迷ってたんだ……お前と彼女の間で。告白して来たのは彼女が先だったからさ、その場でOKしちまったんだよ」
私、その言葉を聞いてあ然としたの。
なに? けっきょく私が悪かったんじゃん……。私に勇気が無かったからじゃん……。そう思って、彼に当り散らしたことを謝った。
彼もさ、「気を引くようなことばっかりして、捨てるような真似してすまなかった」って言ってさ、ものっそい気まずかった。
その後のセッションもすっごいギクシャクしてさ……過去最低だったんじゃない? あんな酷いのは後にも先にもそれ一回だけだと思う。
みんな気まずそうでさ、形にもならないから解散になったの。
で、私1人で帰るつもりだったんだけどね……。
荷物まとめて帰ろうとしたら、有ろうことか親友が駆け寄って来てさ、「3人で、一緒に帰ろう?」って言って来たのよ。
親友もさ、私と彼の間に何かあったって気付いててさ。
ああ、当たり前だよね。あんな気まずそうにしてたら誰だって気付くし、心配もするよね。
で、あの子は私を強引に誘って帰ろうとしたのよ。
私も断れば良かったんだよね。
今思うと、本当に心底断れば良かったって後悔してる。
親友を挟んで気まずい2人が無言でさ……3人並んで歩くワケ。
さすがのマイペースな親友も困って「どうしたの?」って聞いて来た。
「私のことは放っといてよ。どうせしばらくしたら忘れるからさ」
そう返事を返したのが間違いだったのかな?
彼女、珍しく怒ってた。
「どうして私には何も話してくれないの!? 私たち親友だよね? それなのにどうして!?」
私その言葉聞いてさ、再びキレちゃったんだよね。
「親友だから言えないんじゃない! どうして放っておいてくれないの!? あんたのそのマイペース過ぎるっていうか、ズケズケ踏み込んでくるところ大っキライ!」
辛辣な言葉を叫んで……私、駆け出してた。
無我夢中って言うの? 何も考えられなくなって……とにかく逃げ出したかった……。ここでは無い、彼と親友のいないどこか遠くに行きたい。そう思ってたのかな? 駆け出して、横断歩道渡った頃に後ろで急ブレーキの音が聞こえたの。
思わず振り向いたら……。
追い掛けて来たのかな? 赤信号に気付かずに、無視して慌ててこっちに駆け寄ってくるバカな親友と、ちょっと離れた所に急ブレーキ掛けながら近づく車が見えた。
すっごいスローモーションに見えて、慌てて引き返したんだけどさ……。
ガシャン、って音が響いてさ……親友と……彼が道路に倒れてるのが見えた。
親友を彼が庇ったんだよ。彼が親友を抱き締めるように倒れてた……。
私……その場でへたれこんでさ、気付いたら病院だった……彼のギター握りしめて。
事故の時、ギターバッグが破れて放り出されたみたいでさ。ガリッガリに路面を擦って疵だらけになってたよ。
* * *
「――そいつがコレ」
手に持った疵だらけのギターを擦る。
普通のギターならスベスベする手触りなんだろうけど、疵だらけになってるせいでザリザリとしてて、下手すると手を切るかもしれない。
「ふーん……お姉さんも大変だったんだねえ……」
男性が涙交じりに感心してギターケースにおひねりを入れた。
「どもです」
軽く頭を下げると、彼は頭を掻きながら口を開く。
「良かったらさ……俺たちとバンド……やらない? ちょうど今、メンバー探しててさ、声かけて回ってるんだ。良かったらだけどさ……」
彼は意外と真剣な顔をして勧誘してきた。気持ちは嬉しい。
だけど、私には受ける気は起きなかった。
「いえ……ごめんなさい」
「どうして? ソロでやるよりダンゼン面白いぜ? ……それとも……やっぱりその彼と親友のことが……」
「……ごめんなさい。私は――」
「いたいた……おい!」
不意に隣から声が掛かった。
「お前、いい加減、時間見ろよ? 遅刻、してんじゃねえか」
顔を上げると息を切らせて男性が1人立っていた。
新しく来た男性が険しい顔で私に詰め寄る。
「久しぶりなんだからさっさと来いよ!」
「おいおい、兄ちゃん。いきなりなんだよ? 俺はムシかよ?」
さっきまで話を聞いてた男性と、新しく来た男性が向かい合ってガン垂れ合う。
「俺はコイツのバンド仲間なんだよ! てめえはすっこんでろ!」
「ああん……? ってあんた……」
ぼう然とした男性に私が答える。
「あ、さっき話してた彼です」
「はあ!? そいつ事故で死んだんじゃねえの!? その疵だらけのギター、そいつの形見なんだろ!?」
「おいおい、俺を殺すんじゃねえよ! 確かに1ヶ月ちょっと入院したけどさ、この通り生きてるよ!」
「じゃあそのギターは何なんだよ!?」
「あ、疵だらけになり過ぎて見栄え悪いから買い換えるって言ったんで、私が譲り受けたんです。事故の賠償金がけっこう出るみたいで、買い換えるからって」
「…………」
目の前の男が絶句した。
「じゃあ、さっきのバラードの理由は?」
「ああ、けっきょく親友に負けちゃったから……彼が身を挺してあの子を守ったのを見て、負けたなって……だからバラード歌ってたんです。なかなか踏ん切りつかない私って……ダメですよね……」
「もう良いか? 俺たちこれから1ヶ月半ぶりのセッションなんで」
キャリーカートに積んだアンプのコードを手早くまとめて、疵だらけのギターをケースに入れて肩に担ぐ。
「あの……誘ってもらってなんですが、申し訳ありません」
未だに立ったままこっちを見ている男性に頭を下げて、ライブハウスに向かう。
確かに、まだ私は失恋から立ち直れてないけど……今はギターで彼を追い抜くって目標を持っている。
それでツインギターでライブするのが目標なのだ。
そして、絶対私を選ばなかったことを後悔させてやる。
隣を図々しく歩くこの男に、私は睨みながら決心するのだった。
―― “A guitar full of cracks” END.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
仲間内で三題噺企画なんて初めてなので、ちょっと粗が多いかもしれません。
存外、短編は少し苦手なので……。
あ、因みに『ココまで来てこの展開かよ!?』ってツッコんでいただけた読者さん。ありがとうございます。
それがこの作品の一番の賛辞です(苦笑)