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休日前夜


『もう今は興味無いんで。今後はこういう電話、してこなくていいです』

「え? あの――」


 ブチッ! ツー、ツー、ツー……と、本日何度目かの無機質な電子音を聞く。

 無情に切られた電話に、私は小さく溜息を吐いた。

 まぁ、慣れてるといえば慣れてるし。

 新人の頃とは違って、このくらいの事ではヘコんだりはしない。


「亜希、どうー?」

「ダメだわ。20件掛けて、ようやく確アポ一件って感じかな」

「やっぱり? これほとんど捨てリストだよね……」


 同期の恵子はツヤツヤのネイルで、束になった顧客リストをトントンと叩いた。

 時刻は、もうすぐ21時。

 私たちは過去にウチの展示会で作品を買ってくれた顧客リストを片手に、1時間程テレアポをしていた。

 とはいえしばらく来場歴の無い、数年ブランクのあるお客さんたちのリストだ。

 たまに大穴で、「久し振りに買いに行く」と言ってくれる羽振りの良いお客さんもいるけれど、大抵は通話が始まって30秒もしないうちに切られてしまう。

 理由はもう興味が無くなったから、不景気で嗜好品に回すお金が無くなったから、などなど人によって様々だけれど。

 普段は自分の顧客プラスその会場に初めて来た新規のお客さんで勝負をするんだけど、比較的規模の大きい展示会とか、作家本人の来場展がある時にはこうしてテレアポでも集客をする。

 地味な作業だけれど、後に意外と重要になってくるアクションだから仕方が無い。

 何しろ数年ぶりに呼べた顧客さんの場合は、購入してくれる率も高いのだから。


「次の束もらってこようかな……」

「まじで?」

「うん……って、あ。もう21時か。ダメだ」


 特に会社で決められた規定とかは無いけれど、常識の範囲内で、私的には21時以降のテレアポはしないことにしている。

 お勤めで遅い場合を想定して、20時台までは普通に掛けるんだけどね。

 手帳を確認すれば、今夜電話をした方が良さそうなお客さんもいないし。


「じゃあ今日はもう上がるわ。恵子は?」

「んー、あと自分の顧客1件掛ける。21時頃掛けてって言われてたんだよね」

「そっか」

「多分この人長電話になるから、先帰ってていいよ?」

「ありがと。じゃあお先に失礼するね」

「うん、お疲れー!」

「お疲れ」


 携帯を耳にあてる恵子に手を振り返しながら、私は自分の荷物をまとめて営業所を出た。

 明日はようやく休みだ。

 接客業だから元々不定休なんだけど、今週は重要な展示会が重なって6連勤だったんだよね……。

 あぁ、めっちゃ疲れた。

 今すぐウチのソファーに倒れ込んで、そのまま寝たい勢い……。


「……」


 腕時計をもう一度眺め、今頃圭介は何をしてるかなぁと思いを馳せる。

 今日圭介は休みなんだけど、21時ならまだ確実に起きているはず。

 とはいえとりあえず早くこのハイヒールから解放されたいから、電話を掛ける暇があるなら、一刻も早く電車に乗りたい。

 ということで私は特に連絡を入れる事も無く、そのまま駅のホームへと向かった。


「はぁぁ……」


 ホント、都心部の駅って何でいつもこんなに人で溢れてるんだろう。

 17時以降の退勤ラッシュ時はもちろん、それから深夜に向けてまでの時間帯も常にごった返している気がする。

 その駅始発の電車を15分前から並んで待機しない限り、座れるなんて奇跡な勢いだし。

 行きも帰りも混んでいる電車は、やっぱりどうしても好きにはなれない。


 私は電車に乗り込むと扉脇に立ち、音楽プレーヤーに繋いだイヤホンを装着した。

 ランダム再生にして聞こえてきた曲は、就活をしていた頃よく聞いていた洋楽だった。

 心地良いビートと外国人女性特有の伸びのある声が、色んな雑念を波のように押しやっていく。

 思考も視線もぼんやりとさせれば、やっと肩の力も抜けていくような気がした。


 あと少しで自分の降りる駅というところで、ふと思い出して私はメールを作成した。

 「今駅着くところだよ。疲れたー」という何とも色気の無い、シンプルな文面を圭介に送る。

 とはいえこんなつまらない報告をしている時点で充分、恋人らしいと言えるのかもしれないけれど。

 人を延々と吐き出す電車を降り、パスケースを取り出して改札へ近付いた辺りで、携帯のバイブが鳴った。

 私は片手で通話ボタンを押しながら、今では当たり前になったタッチ式の改札を通り抜けて行く。


「――ハイ、もしもし?」

『何お前、もう駅?』

「え? うん。そうだけど……」

『終わったらすぐ電話しろよ。普通に迎え行くつもりだったんだけど』

「えっ、マジで?」

『お前明日休みだろ?』

「うん」

『俺も遅出だし、一緒にメシ食おうと思って待ってたっつーのに……』

「嘘でしょ? やだ、ゴメン!」

『お前の愛が冷めつつあるっつーのは、よくわかった』

「あはは!」

『オイ笑うとこじゃねぇよ!』

「いやいや、ゴメン。ていうかどうする?」

『どうするっつったって、もう帰っちゃったんだろ?』

「今ならギリ、駅に戻れなくもないけど……」

『……』

「……」

『……』

「ていうか、メール入れといてくれれば良かったのに」

『普通に、もう言わなくても伝わってるって思ってたし』

「わかんないよー!」

『バカ、付き合ってから何度目の休みなんだっつの』

「えー。そうだけどさぁ」

『察しろよ。空気読めねーなぁ』

「だから、前からずっと言ってんじゃん。私そういうの苦手なんだって」

『まぁ知ってるけど』


 そう言って笑った圭介は、『どうすっかなぁ……』と言った後に、やっぱり一緒に食事をしようと誘ってくれた。

 流石は、私の彼氏だと思う。

 普通こんな擦れ違いがあったら(しかも私反省が足りない気がするし)、怒って喧嘩でもしちゃいそうなものだけれど。


『せっかくだから一回家戻って、着替えとか持ってこいよ。泊まってけ』

「あ、それいーね」

『おう。んじゃ俺も迎えの準備するわ。今度こそ、家出る時メールしろよ』

「はーい」


 今ではありふれた、休日前夜の会話。

 調子良く返事をして電話を切れば、不思議と気分が軽くなっていた。



『休日前夜』

fin.

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