関わりたくないんです
「ねぇ、コレ纏めたの誰ー?」
「あ、私です」
大会場にて開催されていた、展示会。
20時をもってようやくクローズし、只今スタッフ全員で〆作業中。
すると不意に甲高い声で何かを問う声が聞こえてきて、私は自分がしている作業を中断した。
ついでに振り返れば、声を発した人物の手には、さっき私がまとめた書類が。
「何か問題ありましたか?」
一応エリアが違うとはいえ、相手は数年先輩だ。
三十路を過ぎているとは思えない艶めかしい若さを持った、専ら男性社員に人気と噂の有村先輩。
まぁ、私は正直あんまり好きじゃないけど。
いくらセミフォーマル服が求められる会場だからって、そのがっぽり胸の開いたドレスワンピースは無いと思う。
女の私ですら、目のやり場に困るし……それで高額商品を男に売ったりしたら、後で「色仕掛けで買わされた」とか言って訴えられそうな気がするんですが。
「これさぁー、こっちの契約書とセットで纏めて欲しいんだよね。アナタ何年目?」
「あぁ、申し訳ありません。こっちのエリアでは、別々に纏めることになってるんですよ」
ネチネチと説教されそうだったから、早々に理由を話す。
っていうかエリアによって扱う商品がちょっと違うから、纏め方が変わってくるって結構みんな知ってるよね。
大会場なんだから、こっちのやり方に統一されるに決まってんじゃん。
むしろアンタが何年目なんだ。
「あー、コレもそうなんだー」
「ハイ」
「ふぅん……ならいいんだけど」
……ハァ?
人の作業中断させて、挙げ句の果てに的外れな説教仕掛けて、何その「しょうがないわね」的な顔。
どういうことだよ有村。だからいつまでたってもリーダーになれないんだよ。
「……じゃ、私は作業に戻――」
「あ、そういえばぁ」
まだ何かあるのか。
ていうかその間延びした話し方、今すぐやめて欲しい。
私セクシー系好きの男子じゃないから、もの凄い精神的苦痛なんですけど。
「アナタさー、圭介くんと付き合ってるって子だよねー?」
………ハァ?
先輩相手にすみません、だけど心の中なのでもう一度。
ハァ?!
「あの、〆作業を――」
「ふーん、圭介くんてこういうシュミなんだぁ」
……何かわからないけど、圭介ぶっ飛ばす。後で絶対ぶっ飛ばす。
何でこんな面倒な女と繋がりがあるんだよ!
お陰様で、私に大迷惑が掛かってるんだけど?!
「すみません、まだ終わってないので失礼します」
「え? ちょっと」
埒が明かないとペコリと頭を下げれば、不満そうな声を背中に掛けられる。
「感じ悪ーい」とか思いっきり言われてるのは、きっと気のせいだ。そうに違いない。
無表情でカツカツカツカツとヒールを響かせて歩いていると、正面から同期の恵子がやってきた。
私の表情を見て首を傾げると、妙に目を輝かせる。
「なになになに、亜希何怒ってんの?」
「何でそんなに楽しそうなんですか」
「亜希が怒ってるところに、面白いネタ有り」
「恵子、アンタ他人の不幸を……!」
ニヤニヤ笑う恵子も、私と同じ事務所へ用事があるらしい。
二人連れ立って歩きながら、私はさっきあった出来事を簡潔に話した。
「あっははは! 有村先輩かー! いかにも亜希と馬が合わなさそうだね」
「恵子はどうなの? あの人美人には特にキツイでしょ」
「まぁね。でも敵に回すと面倒じゃん? 嘘臭いぐらい褒めちぎってご機嫌取っておけばいいのよ」
「……ホント恵子って、性格に難有りだよね」
「いやーん褒めないで」
「褒めてないし」
事務所で私は返すべき備品を返し、恵子は今日の売上を本社にFAXする。
数年目ともなれば、かなり慣れた作業だ。
二人でテキパキと用事を済ませると、5分もしないうちにその場を後にした。
「今日終礼無いんだよね」
「うん、リーダーに挨拶してオシマイ」
他愛の無い話をしながら館内の廊下を歩き、自分たちが展示会をやっていた会場へと戻る。
そしてチームリーダーへと報告しようと足を進めたところで、恵子が「あ」と声を漏らした。
「え、何?」
「アレ」
視線でチラッと合図され、私も示された先を見る。
と……
「あ」
「ぶっ、あはは!」
あからさまに顔をしかめた私を見て、吹き出した恵子。
ホントに良い性格してるよ……。
何と目線の先にいたのは、有村先輩と圭介。
っていうだけなら別に、仕事仲間だし何の不思議もないんだけど。
有村先輩はセクシー系のドレスとはアンバランスな(ように私は見える)ピンク色のネイルが光る手で、それはもうがっちりと圭介の腕を掴んでいた。
ここからじゃ、何を話しているのかまではわからないけど……どう考えても、多分仕事の話じゃない。
ベタベタと恋人持ちの若い男に媚を売る、三十路過ぎのイタイ女。
いや、三十路過ぎても素敵な先輩は沢山いるんだけどさ。
っていうかその歳になったら、その歳にしか出せない色気とか魅力とかあるじゃん。
あの人いつまで、合コンにいそしむ短大生みたいなアプローチの仕方してるんだ。
っていうか職場で堂々と略奪作戦?
もうほんと、同じエリアの人じゃなくて良かった。
私無理だ、ぶりっ子代表の伊崎より無理だ――いや良い勝負か。
「……もういいや、関わりたくない。恵子帰ろう」
「え、圭介くんと帰らないの?」
「その予定だったけど、出来れば彼女と接触したくないんですよ……胃潰瘍になる」
「あはははっ、どんだけ亜希受け付けないの?! もうやだ、涙出てくる!」
「……」
笑う恵子の腕を引っ張り、私は自分の所属しているチームのリーダーに就業報告をする。
そして退勤許可が出ると、さっさと会場を後にした。
せっかくだから一緒にご飯でも食べようと誘ったんだけど、恵子はどうやらこれからネイルの予約があるらしい。
まったく、相変わらず空き時間の少ない子だ。
「じゃ、また明日!」
「ん、明日ねー」
ひらひらと手を振る恵子に手を振り返し、駅に向かって歩き出した瞬間。
不意にバックの中に入っていた、携帯のバイブが震えた。
取り出してディスプレイを見れば、圭介の名前が。
「……ハイ、もしも――」
『オイ亜希! 先帰るってどういう事だよ!』
「え? だって有村先輩といたから……」
『見てたんなら尚更ちゃんと声掛けろよ、超面倒くさかっただろーが!』
「そうなの? 男性諸君は満場一致で、あーゆータイプは嫌いじゃないのかと……」
『ふっざけんな! つーか今どこだ』
「駅。先帰るね?」
『はぁ!? お前を迎えにわざわざ会場まで行って、あの人に捕まったんだぞ』
「捕まったとか……普通に圭介デレデレしてたじゃん」
『してねぇよ!』
「してた。それにさ、あの人男と話してる時に遮ると、超不機嫌になるわけ」
『んだよそれ……』
「口出し無用ってやつ? 有村先輩超苦手なんだよね。だから身を引いてみた」
『お前が引くなよ、彼女だろ!』
「ゴメンね、平和主義で。もう切るよー?」
『は? ちょっ――』
「あー、一応悪いとは思ってるから、あと3分だけここで待っててあげる」
『3分!?』
「じゃーね、圭介」
ピッと電話を切って、一人口元を緩める。
有村先輩が苦手だって感覚を共有してくれる男で、本当に良かった。
きっと仕事でヘトヘトな身体を鞭打って、圭介は4分後くらいにはここに到着するだろう。
私はちょっと妬かされたお返しに、隠れて到着の瞬間を見てやろうと、改札近くにあるコーヒーショップへと足を向けた。
『関わりたくないんです』
fin.




