四話:願う平和と能力の行使。
やっちまったぜ!
やっちまったんだぜ!
まだこの作品が始まって早々だが、彼女を好きな人にはジャンピング土下座をします。
走っていた。
肺と心臓が泣き言をほざいていたが、それでも走っていた。僕は自分に厳しく他人には臨機応変に対応するナチュラルっ子であったからだ。
「静紅! なんとかしてくれ」
「だが断る!」
今にも泣き出しそうなフェリシアに見向きもせず、僕は全力で走りまくる。理由、というより原因と言った方が分かりやすいだろう。冷や汗の交差点を築き上げた全身に水臭い思いをさせながらも、走るを連呼する僕の背後には……。
〈イヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!〉
熊がいた。
黄ばんだ熊だ。馬さんもびっくりな四足歩行を巧みに行い迫る熊だ。赤いパンツの代わりに口元から唾液をこぼしては飛び散らかし、周囲の木々にいらん栄養を与えている熊だ。
表現がいちいち単純である。いかんせん寝起きなのである。この世界に来て初めての起床とは打って変わって、脳が微睡みから抜け出していない。
「一昨日来いやぁ!」
と、尻尾を巻いている場違い神は涙を浮かべて汗を流す。
木、木、木。森の中へと足を踏み入れたのはほんの十数分前のことであった……。走馬燈を見る前に記憶を遡ってやんよ!
目が覚めた。
お腹が空いた。
お金がない。
街に行けない。
そもそもパジャマは恥ずかしい。
そうだ木の実を食べよう!
しばらく経って、街と反対方向にある森にて木の実を見つけ川水を飲んでいたら、魚とファイトしてた熊と遭遇、追いかけられる。
そうだ木の実を食べよう!
「フェリのばっきゃろぉおおおがぁああああ!」
全て隣のバカの独断であった。畏れ多くも木の実を食べ始めたこのバカ。フェリシアを略してフェリであるとか、今んところマジでどうでもいい説明なので、カット。し遅れました。
〈イヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!〉
ちなみにこれ、後ろの唾生産獣の鳴き声である。下手な幽霊に追いかけられるよりも質が悪い。怖いとか飛び越えて恐い。違いが分からんが先立ちだと思われ……。
恐怖。
恐、前。怖、後。
死ぬほどどうでも良かとです。ほんとうにサーセン。ここカット……って懲りろや僕が! とりあえず自分の頭を殴る。速度が下がった。
「仕方ないだろ! お腹が減っていたんだから!」
「神なんだから我慢しろよ!」
「噛みなくして何が食だ!」
「何気にトンチを利かすな! だったら道草でも食えばよかったろうが!」
「道草食ってる暇はない!」
「噛み合わねぇよ僕等の会話!」
コイツ余裕じゃね? そう感じた僕の感性は著しくオールグリーンを示しているように考えさせられる。
そんなアホなやりとりの終点を、唾を垂らしてしまう空腹さんが待ちわびるわけもなく、丸太のような前足をバネのように弾いて跳躍した。
僕達は驚愕で息を飲む。
一瞬にしてヤツの射程圏内に認知され、その腕からつながる鋭く大きな爪が弧を描いて襲いかかってきたからだ。
空を切る音が鳴る。
「『鎌鼬現象』発現!」
だが同時に、スライムとの戦いがフラッシュバックした。
あの時と全く同じ技術を併用して、迫る凶器へと手をかざす。
コンマ一秒。
血肉が木漏れ日の中で輝いた。
短い断末魔が三半規管に振動を与えて、周囲の木々に真っ赤なペイントが施され、ベチャベチャと粘りけのある体液が木根の時点栄養にと宿される。
真横を通り過ぎていった体駆の欠片は、生々しさを提示していて気味が悪い。
全力で吐き気を抑えて身の安置へと委ねた。
おえっぷとスナックは全くの別物なの。余裕がない心を煮て焼いて絞り出した言葉で精神面の喚起を行う。
二度目の死は受け入れられない。スライムと違って、人体に近い部位を持ち合わせている生物なのだ。ハチミツを食べたかったであろう熊さんには合掌してやったが、正当防衛と肉片が多すぎたためどこに手を合わせるかに至れずに中途半端に終わった。
僕はーー私は、戦いに身を置いたものだ。後戻りはできんさ。
一息吐いて意識をすり替える。代替品は戦士。役に成りきることで大分心身ともに疲れが払拭されていく。
もうちょっと、このままでいよう……。
「お前なぁ!」
「ん?」
どうかしたのかフェリは? 座り込んだまま顔を俯かせる彼女の表情が見て取れず、私は歩み寄ってから腰を落とした。
「どうした、どこか怪我でもしたのか」
「……」
そう言って、彼女の肩に手をかける一歩手前で、視界が九十度反転する。胸には薄い生地を通して暖かみのある人肌の感触がした。
そして怒声が響きわたる。
「あんなもの使えるなら始めから使ってろボケナスぅ!」
「いや、しかし」
「って、なんでまた口調が変わってるんじゃー!」
両手を振り乱して怒りを露わにする黒髪の少女。すまない、まだ、このままでいさせてくれ。本当にきついんだ。
私の気持ちを見てとったのか、冷めるように彼女の熱が……怒りの熱が冷める。数秒黙り合った後に、ポンと私の胸に手が重ねられた。
「……無理はするなよ?」
その言葉に、本来の私が喜んだ。
◇◆◇◆◇◆
「ふはははは! 僕がいるからには、この森に食料は残らんと思え!」
「おい」
生臭い血の臭いがしない森の奥。僕は可愛らしい黒髪の少女の眼前で、片や食料危機問題である意気込みを叫んでいた。
なんか呼び掛けられたけど気にしない。呆れたようなトーンだったけど気にも止めない。いっつあ、びゅーてぃふぉー、わぁうるど!
「食い物はねぇがぁ、食い物はねぇがぁ」
「悪い子探せよ」
更に呆れた顔でLOVEフェリが言う。ちなみに僕の中で彼女に対する印象はただ上がりだ。初の顔合わせでエロイベントに移行できるくらい愛好ゲージがビンビン(エロい意味ではない)である。
「フェリもやってみなよ! 楽しいよ、これ」
何かに取り憑かれたかのように宣う僕を見つめて、しかしなぁ、と気乗りしない言葉を発するフェリ。だが、しばらくの間僕がナマゲーヌ(飯を求めるなまはげ行為。今考えた)をしていたせいか、しどろもどろに辿々しくも、少しずつ便乗してきた。
で、リンゴや栗のような木の実で袋代わりに使った布団のシーツが満たされる頃にはーー
「メシぃ、メシぃ、オラにたぁんと食わしてくんろぉ。お腹が空いたら生米食っぞぉ」
僕、ドン引きであった。
ピンクのパジャマを着込んだ黒髪の美少女が猫背で瞳を血走らせるその光景は、中学生男子にありがちな「女の子に夢を見る」を根底的に腐らせていた。
もう一度言う。
ドン引きである。
前方を歩く彼女に頬を引き吊らせる僕を後目に、百年の恋も冷まされたなまはげは執拗に頭を振る。髪が乱れようがなんだろうがメシを探す。頼む、あの頃のフェリに戻ってくれ!
願った瞬間。
僕の背後の木の影から、草同士が触れ合う音が聞こえた。
「めっすぅぃいいい!」
そこに飛び込むなまはげ。
振り返って目があった時、反射的に意識をすり替えるところだった。ものっすげぇ恐い。
「いやぁ!」
「悪い子はいねぇがぁ…………あっ」
おせぇよ。いろんな意味で。
フェリが向かった木の影。
そこには、腰を抜かした一人の少女がいた。
「た、食べない、で、下さい」
泣いていた。
戦闘描写は主人公の精神面がまだ弱いため書きませんでした。
代わりに残骸をピックアップ。なにこの尻拭き。
ナマゲーヌ。
食べ物に歯が立たないため、なまはげのはの字が抜けているセトリーヌ。……友人とよくやる作者のバカ行為でもある。
ぐへへぇ、読者はいねぇがぁ。
痛い! 殴らないで下さい! すいません読者様方! こんなことになったのも小説に歯が立たなかっーーグハァ!