飛んだ理由は、内緒です
合わせ技で、長文に纏めました。
ごゆっくりとお楽しみ下さいませ!
「……これ、絶版?」
ミレーリアは小さく呟いた。
王都の片隅にある、小さな本屋。
木の香りが残るその店内で、彼女は一冊の本を手にしていた。
「はい、それはもう入らないですねぇ」
奥から現れた店主が、ゆっくりと頷く。
「昔は人気だったんですが、今ではほとんど流通しておりません」
「そうなんだ……」
ページをめくる。
少し古びた紙の感触。
けれど、どこか落ち着く。
「じゃあ、これください!」
ぱっと顔を明るくするミレーリア。
その様子に、店主も思わず笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
本を抱え、会計へ向かおうとしたその時。
「……?」
ふと、何かが“光った”気がした。
「今の……?」
振り返る。
本棚の奥。
ほとんど誰も気に留めないような、影になった一角。
そこに、一冊。
他の本に紛れるようにして、ひっそりと置かれていた。
「……こんな本、あったっけ?」
思わず近づく。
店主は首をかしげた。
「いえ、その棚は古い在庫ばかりで……私も把握しきれていないものが多いのですが」
ミレーリアは、その本を手に取る。
装丁は質素。
四角く、目立たない。
けれど――
(なんだろう……)
不思議と、手放したくない感覚。
表紙をそっと開く。
中身は、普通の書物のように見えた。
魔力について書かれている。
「火、氷、水、土、風、雷……」
指でなぞりながら読む。
「……翼?」
思わず小さく声に出る。
「特殊な例……なのかな」
首をかしげる。
聞いたことのない分類だった。
けれど、それ以上は分からない。
特別なことが起きるわけでもない。
ただ――
「……これも、ください」
気づけばそう言っていた。
店主は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに頷いた。
「かしこまりました」
本を二冊、抱える。
胸の奥が、ほんの少しだけざわついている。
(なんだろう、この感じ……)
だが、その疑問は――
次の瞬間、完全に吹き飛んだ。
「……あっ!!」
思い出した。
「ホットサンド!!」
王都で密かに話題のパン屋。
この本屋から、歩いて四十分。
「新商品が出たって聞いたのに……!」
時計は、すでに昼を回りかけている。
「売り切れる……!」
次の瞬間。
ミレーリアは、ダッシュしていた。
「ありがとうございましたー!」
店主の声が背中に飛ぶ。
外へ飛び出し、人混みをすり抜ける。
本をしっかり抱えたまま、全力で走る。
「間に合って……!」
その様子を、遠巻きに見ていた影たち。
「……走ったぞ」
「目標、速度上昇」
「進行方向、東通り。例のパン屋か」
一斉に動く。
距離を保ちつつ、追従。
「……本を二冊購入した模様」
「内容は?」
「不明。ただし一冊は見慣れない」
一瞬だけ、空気が張り詰める。
「……警戒を上げろ」
その頃。
ミレーリアはというと――
「あとちょっと……!」
完全にパンのことで頭がいっぱいだった。
腕の中の本が、ほんのわずかに熱を帯びていることにも気づかずに。
そして――
その“光る本”が、
この先、何を引き寄せるのかも。
まだ、知らない。
「……あった!!」
ミレーリアの声が、弾けるように響いた。
王都の奥、噂のパン屋。
その店先に――
「これが、新商品のホットサンド……!」
最後の一つ。
まさに“ラスト”。
「それ、ちょうどラストの1個だよ。」
店主が少し驚いたように笑う。
「運がいいお嬢さんだ」
「ありがとうございます!」
両手で受け取る。
まだほんのり温かい。
「……いい匂い」
思わず顔がほころぶ。
その時、遠くから低く澄んだ音が響いた。
――ゴォン……
「……明星の鐘?」
はっと顔を上げる。
王宮へ戻る時間を知らせる合図。
「……やばい」
一瞬、固まってから。
「やばいやばいやばい!!」
全力で走り出した。
「間に合わないと怒られる……!」
本とホットサンドをしっかり抱えながら、人混みを縫う。
その様子を追う影たち。
「殿下、帰投開始」
「速度、上昇」
「……間に合うか?」
だが。
人通りが、ふっと途切れる。
少し開けた路地。
その瞬間。
「……え?」
ふわり、と身体が軽くなる。
次の瞬間――
“何か”が、背中から広がった。
「え、ちょ……!?」
ばさり、と。
音はなかった。
けれど確かに、そこに“翼”があった。
地面が、離れる。
「う、うそ……!?」
浮いている。
いや、飛んでいる。
風が頬を撫でる。
景色が、一気に遠ざかる。
「ちょっと待って待って待って!」
混乱する頭。
だが体は――
自然と、前へ進んでいた。
「……戻らないと!」
その一心だけで、ミレーリアの身体は王宮の方向へと滑るように進む。
一方。
地上ではー
「……今の、見たか」
「確認。殿下、飛翔」
「……あり得ない」
護衛たちが一斉に動く。
「上空警戒!進路予測しろ!」
「王宮へ直線だ!」
大騒ぎ――
には、ならなかった。
見えたのは一瞬。
人も少ない場所。
気づいたのは、ごく一部のみ。
だが、その“一部”が問題だった。
「……報告案件だな」
「間違いなくな」
王宮へ、緊張が走る。
その頃
「はあ、はあ……!」
ミレーリアは、王宮の裏手へと降り立っていた。
「な、なに今の……!?」
背中を触る。
何もない。
「夢……?」
違う。
手にはしっかり買ったチーズブレッドとホットサンドに本が。
「……まあ、いいや!」
考えるのをやめた。
「とりあえず戻らないと!!」
大急ぎで室内へ。
廊下を抜け、自室へ駆け込む。
「着替えて、何もなかった顔して……!」
慣れた手つきで衣装を整える。
髪も軽く整え、ついでに結い上げる。
「よし……!」
数分後ー
優雅な午後のひととき。
「……」
何事もなかったかのように、
ミレーリアは椅子に座っていた。
片手に本を持ち、もう片方にはホットサンド。
紅茶の香り。
静かな空間。
完璧な“王女の姿”。
「ミレーリア様は一体、どちらへ行ったので――……」
入ってきたメイドが、言葉を止める。
「……あら?」
そこには、
いつも通りの王女がいた。
「どうかした?」
ページをめくりながら、穏やかに微笑む。
「い、いえ……その……」
わずかな違和感。
だが、確証はない。
「本を読んでいただけよ?」
「……さようでございますか」
メイドは一礼し、部屋を後にする。
扉が閉まった瞬間。
「……セーフ」
小さく息を吐くミレーリア。
「びっくりした……」
ホットサンドを一口。
「……おいしい」
そしてまた、本へと視線を落とす。
その本のページが、ほんのわずかに――
光を帯びたことにも気づかずに。
そして、王宮の別室では。
「……飛んだ、だと?」
低い声が響く。
報告を受けた者たちの表情は、重い。
「“翼”の可能性が高いかと」
沈黙。
やがて――
「……リリーミアには伝えたのか」
「すでに」
静かに、事態は動き始めていた。
ただ一人、何も知らない王女を置いて。
次はいよいよ 優雅な誤魔化し を書きますね!
pixivにも載せてますので、そちらもどうぞお楽しみ下さい!




