災難でしたね
「君を愛することはない」
俺、メインヒーロー・シュジンコーは先程、婚姻を結んだばかりのモブリット・アテウーマー、いやモブリット・シュジンコーとなったばかりの女性に宣言した。
「……あら、そっちの展開の物語でしたのね。どんな作品なのかとヤキモキしておりましたが、なるほど。承知いたしましたわ。でも、理由くらいはお聞かせくださってもいいでしょう?」
俺は眉を顰めた。妻となった女が、俺の言葉を聞いても驚きも嘆きもせずに上目遣いで俺を見上げてきたからだ。
この結婚は、お互いの家の、そのさらに上位の寄親が手配したもので、両親たちも逆らえず、本人たちがいかに不本意でも従わざるを得なかったのだ。だが。
「俺は君のような女性は嫌いだ」
苛立ちを隠さず、俺は吐き捨てた。俺はこの女がある日突然、常識はずれで規範を無視する行動をし始めたと聞いていた。不思議なことに、そんな女の行動を持て囃す一部の輩がいることも。俺は軽蔑しかなく、その気持ちをできる限り言葉にのせたつもりだった。
それなのに、なぜかモブリットはクスリと笑ったのだ。苛立ちが増す。
「メインヒーロー様は女嫌いと有名ですものね。かと言って男性が好みというわけでもなさそうですが」
男性が、好み?何を言っているのだろうか。もはや理解不能だ。俺が黙っていると、女は笑いをおさめて俺を真っ直ぐに見た。
「わかりました。私も、先ほどが初対面のあなた様を別にお慕いしてはおりません。念の為に伺いますが、将来を約束した方がおられたりは?」
モブリットは一気に捲し立てた。俺はため息をついた。
「そんな者はおらん」
「そうですか。では、こういったことは最初が肝心。契約を結んでおきましょう」
契約?俺が黙っていると、モブリットは少し考えていた。
「婚姻の期間は二年間としましょう。その後、円満に離婚ということでどうでしょう」
「離婚?なぜだ」
「……は?」
「そんなことができるくらいなら、最初から結婚などしない」
「……だって今、愛することはないって」
「お前がしくしく泣いて俺との婚姻がどんなに不本意か、取り巻きたちに愚痴ばかりこぼしていると聞いたのでね。こちらこそ、お前に愛を捧げるつもりはないことを知っておいてもらわねば」
モブリットは不満そうにこちらを睨んだ。
「……では、白い結婚で子がないことを理由に離婚することにします」
「白?とは?」
「……一切、その、触れ合わない関係の、形だけの結婚のことです」
「なにを言っているんだ、後継が必要だから渋々婚姻を結んだというのに、伽の義務を怠るつもりか」
モブリットは唖然とした顔をした。
「どれだけクズいことを言ってるか、わかってるの?サイテー」
「誰に口をきいている。貴族の婚姻は後継を得るためのものだ。伽の間、お前はただ数を数えていればいいんだろうが、俺はそうはいかないんだ。俺の負担の方がよほど大きい。男は繊細なんだよ」
モブリットは泣き出した。ここに至って、まだ覚悟ができていなかったらしい。あり得ない。だから俺はこの女が嫌いなのだ。
「こんなの、こんなの嫌だ……」
「俺だってものすごく嫌だ。だがこれが貴族の義務だと承知しているはずだ、民草の税で生きる者の一番重要な役割だ」
「……だったらせめて、もう少し心を通わせ合って……」
「今からか?隣の部屋ではすでに、伽の見届け人が俺らの到着を待っているのに?」
「……」
「お前の強い希望だから仕方なく、見届け人は俺らが共に寝台に入れば退去するように手配している。それだけでも前代未聞で、なにか隠し事でもあるのではと笑われているのを知らんのか?なんとも腹立たしい。
婚姻は、式を挙げればいいわけではない。伽を終えなければ成立しないんだ。ここまで来てこの婚姻をなかったことにするのか?できるわけがない。黙ってさっさとその媚薬を飲むんだ。そうすれば少しは楽だし、できるだけ早く終わらせてやる。お前は自分だけが嫌な目にあっていると考えているようだが、そうじゃない。わかったな」
モブリットは反抗的な目を俺に向けたが、乱暴に杯を取り上げると一気に飲み干し、俺を睨んだ。
こうして俺らの婚姻は成立した。
モブリットとは伽の時以外、顔を合わせることも会話をすることもなかった。モブリットは昼間は大人しく蔵書室で本など読んでいたようだが、そのうち奇行に走り出した。数ヶ月経った頃だ。庭で土いじりを始めたのである。しかも、庭師のような格好をして。俺は彼女を呼び出した。
「……お話とは?」
相変わらず不遜な態度だ。俺はモブリットに黙って椅子を指差した。
「庭師が泣いていた。私はもうクビなのでしょうかと」
「……え?」
俺がそう切り出すと、モブリットは真に思いもしないことをいわれたような顔をした。クビにするつもりで奇行に走ったのならば性悪だし、そんなつもりもなく奇行に走ったのならば常識はずれだ。
「あの庭師は祖父の代からの腕利き庭師だ。それが、「奥方が自らお手を汚して庭を掘り返されるなど、私はどんな失敗をしでかしましたでしょうか」と言っている。この世の終わりのように震えていたぞ」
俺はモブリットを睨んだ。
「そ、そんなつもりでは」
「しかも、わざわざ植えたのは野菜だそうじゃないか。嫌がらせじゃないと言うなら、どういうつもりなんだ」
「え?い、嫌がらせ?」
「さらにその花を玄関広間に飾ったそうだな。客人がなかったからいいものの、もし誰かに見られていたら俺まで笑い者だ」
「……ただ、可愛い花だったので、みんなの癒しになればと」
「頭痛の種にしかならん。そもそも花は季節や気候や歴史的意味を考慮して飾るものだ。その意味は嫁ぐ前までに淑女教育で習うはずだな。一体なにをしていた。
「花言葉なんて……、知らなくてもいいかと思って」
「……花言葉?なんだそれは。花を選ぶのは女主人の仕事の一つだぞ。知らないとは恐れ入る。だがそれなら仕方ない、お前に期待はしないから、余計なことはせず花を選ぶのは侍女長に任せるんだ、そして庭師の仕事を取るんじゃない」
「で、でも、楽しくて」
「……では、なにをどのように植えるのか、庭師によく意見を聞くんだ。庭は季節ごとの景観や日当たり、土壌を計算しつくして配置されている。それを思いつきで潰して野菜を植えるなど、もっての外だ。野菜は畑に、庭には花を植えるんだ。使用人たちは女主人に逆らえないし意見もできないんだぞ」
「……ごめんなさい」
モブリットは本当に反省しているように見えたので、俺は追求をやめた。常識のない女だが、使用人いじめをするほど性根が腐っているわけではないようだ。
「話はそれだけだ。お前からはなにかあるか」
「……急に言われても……」
「特にないならいい。下がれ」
俺は手を振ってモブリットを退出させた。
それからさらに数ヶ月が経った頃だろうか。モブリットはすっかり庭への興味を失い、最近では厨房に出入りしているという。自ら菓子など作っているらしい。俺は再び彼女を呼び出した。
「最近は、ずいぶんな散財をしているそうだな」
そう言うと、なぜかモブリットは嬉しそうに身を乗り出してきた。
「散財など、一切しておりません!私、ドレスや宝石などは購入したりしませんもの。冤罪ですわ、一体誰が、私を陥れようとしているのでしょう?」
俺はため息をついた。
「ドレスや宝石は必要なものだ、削ることはできないから散財には入らん。そうではない。最近、貴重な甘味料や乳油や麦粉などを大量に仕入れさせているようだな」
「え?ああ。クッキーを作っていますの。最近ではずいぶん、上手にできるようになりましたのよ。旦那様もおひとついかが?」
「いらん。なぜ料理人に任せないんだ。お前が失敗するたびに、貴重な材料が無駄になるのだぞ」
「で、でも、私のクッキーは使用人にも評判が良くて」
「使用人が女主人に「まずい」などと言うわけなかろう」
「でも、でも、そう!孤児院の子たちだって、美味しいって!子供は正直でしょう?」
「孤児たちに配ったのか?あの子らにとって美味いのは当たり前だろう!お前、さては、最高級甘味料や乳油がどれだけ高価か知らないな。それを使った菓子など、あの子らはもう一生、口にできないのに、その味だけ覚えさせて。残酷なことをしたものだ」
「ま、また持っていけば……」
「あの甘味料など、同じ重さの金と取引されるんだぞ!それだけの金があれば、もっと安価で栄養価の高いものを継続的に支援することも、あの子らが自立するための訓練をさせることだってできる。孤児院に差し入れをしたいなら、福祉計画に則ってするんだ。それと、そのクッキーとやらを作るのは禁止だ。道楽にしては金がかかりすぎる。破産させる気か。いい加減、貴族夫人としての常識を身につけてくれ」
「……ごめんなさい……」
「話は以上だ、なにか言っておきたいことはあるか」
「ありません……」
俺は扉を指差した。彼女はトボトボと退出した。
「頭の痛い女だ。しかも半年経つのにちっとも孕まん」
背中を見送った後、俺は家令に愚痴をこぼした。
「その、旦那様。このようなことを申し上げるべきかわからないのですが……」
珍しく家令が言い出した。よほどのことだ。
「構わん。言ってみろ」
家令はためらった後、一歩歩み出た。
「奥様が夜のお勤めをお断りなさることがございますね」
その通りだった。腹痛を理由に、拒否をすることが何度かあった。だがその後はいつも通り受け入れるので、気にしていなかったのだが。
「そのお断りになる時が、その……。規則的であることに気付いた者がおりまして」
「……なに?」
「奥様は、月のものと月のもののちょうど中間の頃になると、お勤めをお断りされるのです」
俺は唖然とした。なにかの儀式か、体調の周期だろうか。
「なぜだ」
「わかりません、ですがこれだけはっきりと規則的ならば、なにか意味があるのかも」
しばらく考えたが、理由などわかるわけもなかった。家の者は、よく気がついたものだ。
「わかった。次回は断られても、伽を行うこととする」
家令はゆっくり頷いた。
伽を申しつけるとモブリットは慌てていた。
「今日は、腹痛があると……!」
「明日から俺はしばらく領地を離れる。今日しかないのだ。それに、さほど具合が悪いようには見えん。食事も通常通り取っていたようだしな」
「今日はダメなんです!ダメ!」
「なぜだ。理由は?」
「……」
モブリットはそっぽをむいた。
その夜の伽で、モブリットは妊娠した。
「出産の際は、実家のアテウーマー家に帰ろうと考えています」
珍しくモブリットの方から話があると訪ねてきたと思ったら、こんなことを言い出した。
「なに?」
俺は我が耳を疑った。
「意味がわからん。どういうことだ」
「里帰り出産したいのです。実家の母や家族、気心の知れた幼い頃からの乳母や使用人たちがいる方が、私も安心して出産できます。なんといっても、出産は命懸けですからね」
とんでもない話に俺は呆れて、モブリットを頭からつま先までジロジロと見た。
「里帰り出産とやらが何かは知らんが、つまりここでは安心して出産できないと言いたいのか」
「……それは、そうです。当然です。私は嫁いできて、まだ一年も経っていません。実家の方が慣れているし心強いのは当たり前です」
俺は怒りのあまり立ち上がった。
「なんとも侮辱されたものだ。我が家は頼りないとでもいうのか。医師だって乳母だって、最高級の人材を寄親が用意してくれるというのに。お前の家族に産婆の知識がある者でも?ここに手配された医師らは、千人も取り上げてきた経験者だぞ!」
「……妊娠期間中は、気持ちが不安定になるものです。動物でも母親は気が荒く攻撃的になるではないですか。私だっておそらくそうなります。その時、実家の母のそばにいたいのです。心の支えが必要なの」
「だったら尚更、そんな状態の者を外に出すわけにはいかん。しかも一体、どれだけの期間、実家にいるつもりだ?そんなに長く家を空けるなど、離縁したと世間から見られても文句は言えん。それを聞いたら、寄親や親らは、どう思うかな?」
モブリットは唇を噛んだ。
「アテウーマーのお義母上にはこちらに来てもらえるよう頼んでみる。だが、長期間は駄目だ。あちらにも迷惑だし、我らとてお前が自分の実母にばかり頼るのは耐え難いからな。お前はシュジンコー夫人なのだから」
「……ここまで話が通じないなんて。おかしいわ、こんなはずじゃ……。「愛することはない」なんて言う男、後に溺愛に変わるか、離縁してザマァされて、その後私にはスパダリが迎えに来るんじゃ……。いつまで我慢すればいいの?」
「……なんだ?なんのことだ」
「そろそろ我慢も限界だって言ってるの。少しは歩み寄ってくれたって……」
「全く同じ言葉を返そう。いい加減に常識を身につけろ。俺はできる限り譲歩したぞ、初夜の見届け人は帰したし、庭を改造する許可も、調理場を使わせる許可も出してやったし、義母上を呼んでいいと言った」
モブリットは奥歯を噛み締めていた。
俺の受難は続いた。腹の子はどうやら、双子らしいとの診断が出たのだ。
「なんということだ……」
「双子のどこがいけないんですの?おめでたさが倍ではないですか。確かに、出産時の危険は高いですが……」
モブリットはキョトンとしている。本当に、こいつの実家はこいつをどのように教育したのだろうか。
「あいかわらずの常識のなさだな!双子が本当に産まれたら、教会の塔に行き、頂上から大声でその事実を叫んだ後、先に生まれた子を始末せねばならないんだぞ」
「……は?」
「いくら常識がないといっても、そんなことも知らないとは」
モブリットは目に見えて青くなった。
「駄目です!そんなことは絶対に駄目!」
俺は深いため息をついた。いい加減にしてくれ。
「駄目と言っても逆らえない。俺とお前の結婚のようにな。それが規則だ。俺だって嫌に決まっている。赤子を手にかけねばならぬのが、一体誰だと思っているんだ」
モブリットは震えながら俯いていたが、やがて決然と顔を上げた。
「じ、実は、実は私!夢を見たのです!」
「……夢?」
「女神様が尊いお姿で現れ……、生まれるのは祝福を宿した子とその守護者だと……!」
「なにを言い出すか!不敬な!」
我が国で女神の名をみだりに持ち出すことは、本人どころか家族、子々孫々まで破門され、死後は奈落に落とされるのだ。いくらこの女でも、それくらいは知っているはずだ。モブリットは叫んだ。
「女神様の御名をみだりに口にしたりはいたしません、そんなことをすればなにが起きるか、わかっています!本当なんです、夢の中で、神々しい真っ白な鳥が現れ、女神様が私の腹を指差すと、その鳥は、すうっと私の腹へ入って行ったのです!双子はどちらかが祝福を宿し、どちらかがその守護者です!どちらも大切に育てなければなりません!」
沈黙が落ちた。周りの全員が息を呑んでいる。
「まさかそんな……」
「でまかせではありません、こんな嘘をつくほど大胆ではありません!あまりに畏れ多く口にすることができずにいましたが、女神様が「大事に育てよ」とお告げになったからには、私は命を賭してお育てせねばならないのです!」
モブリットは必死の形相だ。だが……。
「確かに、普通の夫人がそのようにいえば受け入れられようが、お前は今までの行動が非常識すぎる。教会に判断を委ねよう」
俺は宣言した。モブリットは立ち尽くしていた。
「そんな夢の話など前代未聞ですが、鳥が腹の中に入っていくなどとは、嘘でも思いつくことなどできませんでしょう。ともかく、大切にして様子を見ましょう」
モブリットの夢の話を聞かせると、教会からやってきた神官は眉を寄せながら言った。
「はあ、偉人の逸話集を読んでてヨカッター」
モブリットは意味不明な言葉を呟いていた。俺は理解しようとする努力すら諦めてしまった。
やがてモブリットは産気付き、安産で双子を産み落とした。本人は、祝福のおかげだと言っていた。だが。
「男女の双子など不吉だ。しかもこの姿。白髪などとは……」
双子は男女である上、二人とも真っ白な髪だったのだ。だがモブリットは弱々しくもはっきりと叫んだ。
「不吉などではありません!夢のお告げをお忘れですか!神々しい白い鳥が私の腹に入っていったと!この子らは、女神の祝福を受けているのですよ!」
俺は衝撃を受けた。そうだ。モブリットは確かに、そう言っていた。
俺は改めて、寝かされる双子を見た。
「奇跡だ、奇跡が起きたんだ」
後ろに控えた者たちの誰かが呟いた。
奇跡、なのか?
そうとしか考えられない。女神の祝福は本当だったのだ。
俺は赤子をそっと抱き上げた。この子は先に生まれた女児だ。この美しい子を寄越してくれた女神に、俺は心から感謝した。
その後、モブリットは双子を教会に渡すことを拒み、自分がそばにいて教育しなけらばならないと言い張った。だが我が家では、奇跡の子らを守るだけの力がない。俺はほとほと呆れ、疲れてしまった。判断を教会と寄親に放り投げ、どんな決定にも従いますと言った。
結果、モブリットは双子と共に教会で保護されることになった。俺とは離縁し、俺には新しい縁談が用意されることになるらしい。
あの美しい子らを手放さなければならないのは残念だが、モブリットと別れることには何の感慨も湧かなかった。この常識はずれな変わり者に対しては結局、愛情も親愛も、家族の情すら持つことができなかった。努力が実らなかったのは何とも残念だが、別れることになって安堵している自分もいて、複雑な感情で彼女と子供たちに別れを告げた。もう会うこともないのだろう。婚姻期間は二年と少し。俺は不意に、モブリットが初対面の時「婚姻期間は二年としましょう」と言っていたのを思い出し、薄ら寒い気分になった。
********
私がなぜ、モブリット・アテウーマーとして生まれ変わったのかはさっぱりわからない。モブリットは十五の時、大病をして生死をさまよい、家族も医師らも諦めかけていたが、奇跡的に回復したらしい。だが、あまりよく覚えていない。前世の記憶もさほど覚えていないし、困ったことに、今世の記憶もあまりなく、思い出と共に経験や知識なども消えてしまった。
混乱してパニックになり大騒ぎしてしまったが、医師らは大病による記憶喪失だろうと診断した。これまでの教育が全て灰に帰したと両親は嘆き、別人のような私を腫れ物に触れるように扱った。
仕方ない、何も覚えていないんだもの。できる限りいろんなことを勉強しなおして、馴染めるように頑張ろう。
そんな私を一部の者は怖がり、一部の者は馬鹿にし、また一部の者は面白がった。私は少しずつ、この生活を受け入れ始めていたのだけれど。
両親から衝撃の宣告を受けた。私の結婚が決まったと。
……はぁ?
寄親(父親の遠い親戚で本家のようなものらしく、その命令は絶対なのだとか)が整えた縁談だった。顔も知らない男といきなり結婚しろなどと当然受け入れられず、私が反発すると、嫌だというのなら「病死」してもらうしかないと父親は言った。
「私としてはどちらでもいい。好きに選べ。私たちの可愛いモブリットは、あの先の大病の時に死んでしまったも同然だ。それなのに、モブリットの姿で、モブリットの声で、到底あの子とは思えない行動を繰り返すお前は何者だ。どうかもう、私たちの前から消えてくれ」
ショックだった。だが、父の気持ちも理解できる。モブリットとしての記憶がほとんどない私は、確かに別人といえるからだ。それに母だけは、どんな私でも可愛いモブリットには違いないから、いつまでも愛していると言ってくれた。二人のためにも自分の命のためにも、私は会ったこともない男との結婚を了承した。
しかしショックなことには変わりはない。そのあまりの衝撃からだろうか。私は、この世界は物語かゲームの中の世界なのではと思いついた。そう思いつくと、前世での様々な物語が思い出された。その中のどれかなのかもかもしれない。
でもさ。物語に転生させるならさ、もう少し、なんていうか、ねえ。もっと上手く生きていけるだけの能力とか、知識とか、いろいろあるでしょう。なのにこれほどなにもないなんて。あんまりだと思わない?それとも、これから物語らしい展開を迎えるのかな?そうだといいな。そうでもなければやっていられない。きっとそうなるという希望だけを頼りに、私は嫁いだ。
結婚生活は地獄だった。主に私のこちらでの常識のなさが原因なので文句も言えないが、夫はあれで彼のできる範囲で最大の譲歩をしているつもりらしかった。だが、私だって死に物狂いで努力していることを知らない。
一体なんでこんな目に。絶望の日々を送っていたのだが、その理由の一端を垣間見た気がしたのは、私が双子を妊娠したと判明した時だ。
いくらこちらの慣習だからといって、双子の片方の命を奪うなど、決して許さない。このために私の今世での常識は消されて、前世の記憶が蘇ったに違いない。今世の常識を持ったままだったら、泣く泣くでも受け入れていただろうから。
とは言ってもどうすればこの子達を守れるか。私は懸命に考えた。この子達は二人とも、大切に大事にしなければならない特別な存在だと主張してみようか。そうだ、神様からの祝福を受けているとか?この世界で女神様は絶対だ。いや、信じてもらえないかも。ここの人たちには到底、思い付かないような話でもなければ……。
そうだ、確か、前世の偉人の誕生の逸話に、母親が夢のお告げで白い象がお腹に入っていった、とかいうのがなかったっけ?脇だっけ?とにかくそれだ。象はこの世界にいるのかな?見たことないな。そういえば、女神の像の肩には鳥がとまっていたような。それしかない。
こうして双子は救われた。このために私は生かされて前世の記憶を与えられたのだと信じている。
夫とは結局、分かり合えないまま別れてしまったけれど、あの人、悪人じゃなかった。それに、私だって自分のこと、別に悪者じゃあないと思っている。ただ絶望的に考えが合わなかっただけだ。それでも、ゆっくり時間をかけて分かり合えるようになろうとは思えなかった。今更そう申し出られたとしても「真平ごめん」と思うだろう。あの人もだろうけど。
なんだか釈然としないし消化不良の思いもあるけど、この子達が無事でいられるためと思えば飲み込める。
この子達の立場は、今でだって盤石じゃない。祝福を受けた存在は危ういものだ。例えば自然災害とか戦争とかが起きたら、「祝福を受けた者たちは何をしていたんだ?」などといわれるだろう。そんなことは許さない。そんな時に責任を負わせる者を用意しておかなければ。腐敗した神官とか役人とか。あの者たちのせいで災害が起きたのだ、女神様はお怒りだ!とかね。
奇跡の子たちを手放したあの人が、安堵することになるのか悔しがることになるのか。全てはここからだ。
見ときなさいよ、開き直った転生者はしぶといんだからね!
異文化交流って難しいですねって話を書いてみました。
特に相手に対する知識が全然なければ、そりゃもう大変です。
この歳になって、勉強って大切だったんだなあとしみじみ思う作者でありました(遅すぎる笑)。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




