表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ですもの清らかに恋したい  作者: summer_afternoon
旅へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/77

大河がもたらした抱擁

老婆は両手でエレーヌがどこにいるのかを探します。エレーヌは老婆の手を取りました。


「エレーヌ様、逃げてくだせぇ。少しずつ大きくなっとります」

「それは、不思議な力で分かるのですか?」

「いいえ。聞こえます。この城の南西の向こうの方と北西から聞こえます」


水や土からエレーヌが連想したのは川でした。央の国にはどこまでも続く大河があります。世界1長いと言われています。それは山々の間や平野部を延々と流れ、水路で人々の流通を支えると同時に、下流では向こう岸が見えないほどの川幅で陸路を分断し、ときに大暴れして甚大な被害をもたらします。

エレーヌは老婆の言葉を信じました。馬車に繋がれている馬達の様子がおかしいからです。


「大河が暴れようとしているのですね」


老婆はエレーヌの言葉に頷きました。


「見てこよう」


2番目の兄は衛兵数人と共に出かけようとします。老婆は真っ白な目で訴えました。


「北西はすぐ近くんとこです。南西は音が遠い」

「承知した」


残ったファウストは地図を広げました。

大河の本流は央の国の南の方を東西に流れ、東の海へ注いでいます。小さな支流の1つが、別荘の南東方向から別荘の方へ来て、北に進路を変え、別荘の北側を通ります。


ほどなくして2番目の兄が戻ってきました。


「北の川が増水しています。北西のカーブしている部分の土砂が削られていました。今なら橋を渡れますが、朝には水嵩が増して渡れなくなります。上流で何かあったのでしょう。今、南西にある上流の方も見に行っています」

「そうか。ありがとう。私達は北へ行かなければならない。橋を使う」


ファウストは急な出発を決めました。


「兄上、川は氾濫するかもしれません。こちらは任せてください。状況に応じて、客人へ配慮します。被害が拡大しないよう、この地の者達とも対策を考えます」

「頼んだ」


エレーヌも「お願いします」と2番目の兄に言い、再び老婆の手を握りました。


「貴方のおかげで難を逃れられそうです。ありがとうございます」


その後は、すぐさま旅立ちの支度です。


『会いたい』


着替えながらも、エレーヌの頭の中はフォーでいっぱいでした。もう一度だけ姿を目に焼きつけたいと思いました。


『フォー』


荷物と共に、廊下を走り馬車に向かいます。エレーヌと侍女が乗り込むと同時に馬車は動き出し、ファウストが身を乗り出して、走る馬車の外開きのドアを閉じました。

北を流れている川はごうごうと激しい音を立てています。ほぼ橋と水面が同じ高さ。想像以上の早さで増水しています。渡るとき、ばしゃばしゃと馬が水を跳ねる音がします。もう少し遅かったら、暗がりの中で橋が分からず、渡ることができなかったでしょう。


「エレーヌ!」


強く強く想っていると、相手に通じてしまうのでしょうか。橋を渡ってしばらく走ったところでした。御者が馬車を止めました。もう難関は過ぎたので、急がなくても問題ありません。

ファウストはドアを開けたままの馬車から顔を覗かせます。


「フォー、こんなところまで来て。危ないぞ」


フォーが馬で追いかけて来たのです。

ほんの数時間前のベッドでの温もりを思い出し、エレーヌはフォーを真っ直ぐ見られません。それでも少しでも近づきたかったのか、体は反射的に馬車から降りていました。


「最後にこれだけ」


言うや否や、フォーはエレーヌをぎゅっと抱きしめました。圧迫された心臓が潰れそうです。それはほんの1秒にも満たない間。

好きで、好きで、好きで。答え方も伝え方も分からず、エレーヌはただフォーの背中に回した指に力を込めました。

体を離したフォーは、いつもの爽やかさで別れを言葉にしました。


「兄上、エレーヌ、気をつけて」

「フォー、気をつけて橋を渡れ」

「はい」


車内に戻ったエレーヌは、夜に感謝しました。思い詰めた顔も目に湧いてしまった涙も隠してくれます。

ガタゴトと馬車が走り始めます。

エレーヌの頭の中には、「誰のものにもならないで」というフォーの激しい言葉が駆け巡っていました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ