墓碑銘はオザリン王女
「エレーヌ」
ぽふ
後ろからフォーに毛布で包まれました。
「寒いよ」
「ありがと」
「エレーヌ、消えそうに見えた」
「ここで消えたら星屑になれるね」
「それはダメ。許さない」
ぎゅ
毛布の上から抱きしめられ、こっそり後ろから髪にキスされます。
「綺麗だね」
「だな」
二人で遥か地平線の水面に生まれる星を見つめました。
「エレーヌ、何か考えてた?」
「うん」
「央の国のこと?」
「女系継承っていーのかもって」
そんな話をします。
フォーはかつて、央の国の女系継承について様々なことを調べました。
「争いがない」
昔々、まだ央の国が集落だったころ、血が濃くなることを避け、女性は外で子供を作り、集落で生み育てました。このことは、近隣の集落とこの上なく友好な関係を築きました。女性が残り、男性が集落から出るのです。男性は別の集落の女性と暮らします。
そうすると、央の国の集落の周りは、故郷を攻撃しない男性に守られた形になります。
時には、友好関係を築いた隣の集落と合併しました。人の行き来があるので、それは自然なこと。
そうやって、央の国は広がっていきました。
「自然発生的だったのかもしんないけど、なかなかいいシステムだよな」
「そーゆー面もあったんだね」
「何気に最強」
「だね。女系継承」
「女系継承には出産って、当時では命懸けのもんがついてくるじゃん。それに、昔、女性は子育てやらなんやらで忙しかった。だから、女王をやりたいって思われなかったんじゃないかな。王位継承戦みたいなの、歴史になかった」
「女王は貧乏くじってことね」
フォーが文献を調べているとき、女王の妹が姉を嘆き、自分が女王じゃなくてヨカッタという記述があったそうです。他の国では誰もが狙う王というポジションは、女性であることにより、避けたいものに変わっていました。
「子育てやらなんやらで、政治からはある程度離れてる」
「政治を冷静に見られるね」
「集落が大きくなって国ってくらいになるとさ、もう、血が濃くなるとか気にしなくても十分じゃん。それに、身近な人を好きになるって、自然なことじゃん?」
「……」
これにはエレーヌは、簡単に頷くことができません。たまたま近くにいたからエレーヌのことを好きになっただけと聞こえます。エレーヌは思わず下唇を突き出してフォーを睨んでしまいます。
ぷに
フォーはエレーヌの鼻を潰しました。
「こーら、そんな顔んなっちゃうよ」
「だって」
「同じ集落ん中で子供ができて、集落から追い出されるカップルがたくさんいた。で、従兄弟より離れてたらOKって法律ができてた」
「きっとすごい昔だね」
「すっげー昔」
2人で毛布に包まり、星の中を歩きました。
翌日、星宿る海から湖に向かいます。
湖水群から湖へ、ちろちろといく筋もの小川未満の水の流れ。それを辿ると、湖の岸辺に小石が何個も積み上げてあるところがありました。真ん中には大きな石。それには土が被っています。小石の塔が周りにあるので、エレーヌは気になりました。手で土を払います。
「エレーヌ様」
ざばーっ
ジジが水を汲んできて、上からかけてくれました。柔らかくなった土を取ると、文字が現れました。
ーーーオザリン王女 眠るーーー
「オザリン」
「ん?」
「南の国でオザリンって名前の人に会ったの」
「へー。南の国の名前なんだね」
日付もあります。7月14日。
「え、7月14日って昨日」
その日は、7月15日でした。
昨晩見た景色は、オザリン王女が導いてくれたのかもしれません。
大河の調査団は、この墓碑を見たのでしょう。それは、たった1人の後継であるオザリン王女が亡くなり、王家の女系が途絶えた証。墓碑だけでは何のことか分かりません。それでも当時の女王は、死による隠蔽を決断したのです。
皆で手を合わせました。
真夏の都へは、途中から大河を船で下りました。馬車も馬も船に乗せて。
「早っ」
「お嬢さん、雨の後で川がいい感じに増水してんだぜ」
行きの苦労がアホらしく思えるほどです。
都に到着。
船旅は疲れます。皆でお食事処へ入りました。エレーヌとフォー、護衛と御者とジジにテーブルは分かれます。
「ヌーちゃん、気をつけろ。恋人同士にしか見えん」
御者が耳打ちしてくれました。気をつけなければなりません。ここは王城のある都。SNSがないからといって、顔バレしないとは限りません。
エレーヌは、極力、目の前にいるフォーを、他の兄だと思うことにしました。ファウストだったら姿勢を正したまま。セカンドだったら、声が大きく、ときどき唾が飛ぶのでちょっと後ろへ深く腰掛けます。サードだったら、心の中を見透かされないように油断できません。
食事中、気になるワードが耳に入ってきます。
「議会」「女王」「幽閉」「ファウスト」
通路を隔てた隣にいるジジ達も、訝しげな顔をして辺りを見回しています。
とうとう後の席から「女王がお可哀想だ」と聞こえたとき、エレーヌは振り向きました。
「失礼。女王がお可哀想なのですか?」
尋ねてしまいました。
「あんたもそう思うだろ」
いきなり同意を求められてしまいました。後ろのテーブルでは3人のおっさん達がカレーのスプーンを置き、口々に様々なことを話します。
「若いころから惚れてもない男の子供産まされて」
「あれをエレーヌ様もと思うと」
「だからって幽閉」
「「「「「幽閉?!」」」」」




