きっとここが星宿る海
「それは、いつ」
「100年くらい前」
「日食があった年?」
「ああ、日食の記述もあった」
フォーの問いかけにラインハルトが答えます。東の島国で聞いた話に一致します。
「なんで処刑?」
「禁足地に入ったからと記録にあった。そこはいいんだ。それは史実として通り過ぎて」
「分かった」「はい」
「実は、一緒に行ったのに処刑されなかった者がいてさ。都で雇った荷物持ち。彼らは賃金を受け取って、女王に報告する前に分かれた。その1人の子孫が、君の友達が話してたご老人。以前から、その人のことは話に聞いてた。で、もう1人の子孫が、あの、目が不自由なご婦人なんだ。だからオレはそこへ星宿る海について聞きに行った。そっちについては、全く知らないって言われた」
エレーヌは食い下がります。
「星宿る海について、手記などは残っていないのですか?」
「ないよ。荷物持ちをする肉体労働者は文字を知らない。調査団の記録は、大河の中流下流だけがある。たぶん、上流の記録は当時の女王が消し去った。洪水を起こすのは中流下流。だから護岸工事には調査記録は十分」
人々は、遠くへ行くことはそれほどありません。特に庶民は、自分の生まれ育った町や村で一生を終える人がほとんどです。星宿る海について語った人は、調査団に同行した以外、都を出ていないかもしれません。だからこそ、ラインハルトは、もう1人の子孫である老婆のもとを訪れたのでした。
「禁足地がどこか、何か分かっていることはありませんか?」
ラインハルトなら知っているかもしれません。
「調査記録の1番上流は、ベトチってとこだった。だから、そこよりも上流ってことだけは確か」
「ベトチ。聞いたことないな」
「私も」
「山ん中なんだろな」
山の中でした。
「ヌーちゃん、オレ、離脱していい? この先、誰も来ねーよ。護衛なんていらねーし」
「ずりぃ。オレだって離脱したい。もう馬車使えん。ジジ、任せた」
「構いませんが、報酬は2人の分もいただきます」
「えー、それ無理。賭博でいっぱいスってっから」
「オレもなー。見栄張って女に貢いじゃったんだよなー」
大自然と言えば聞こえはいいのですが、辺鄙な場所。
そこから先に集落はないと言われたので、たくさんの食料を買いました。道が整備されていないので、馬車を預け、新たに馬も調達。
「なんだよ。結局馬かよ」
「ヌーちゃん、これじゃ東の島国と変わんねーじゃん」
「食料は多めに持ちましょう」
道案内は不要です。大河を辿ればいいのです。集落の人からは、道は途中までしかなく、草原と湖があるとのこと。
「禁足地の看板は何かありますか?」
うっかり入ってしまってはいけないと、エレーヌは思いました。
「禁足地? 聞いたことないな」
と返ってきました。
「行ったことがあるのでは?」
「いやぁ。そんなとこ行く用ないし」
「そこに星宿る海があると聞いたことはありますか?」
「あーなんだっけ。運命がどーたらこーたら。ここに住んで、ここで暮らして、ここで死ぬのに、運命なんかどーでもええ。何も変わらん」
「どこかへ行こうと思ったことはないのですか?」
「じじいもばばあもここにおる。あんまりとれんが畑もある。よそで暮らすと税が取られる、ここはほぼない。えーとこや。空も川もきれーや」
大きな犬がノーリードで走り回り、子供がヤギと遊んでいます。
「いいところですね」
エレーヌは、眩しいほど降り注ぐ陽光に目を細めました。
出発です。季節は夏。昼間は寒くありません。
馬で3日。やっと視界が開け、大きな湖がありました。水は透き通り、水面に風がさざなみを作っています。
「これが星宿る海じゃないか?」
フォーが歓喜の声を上げます。
「そーなのかな? なんか、確認できないのかな」
エレーヌは半信半疑です。
湖の向こうの方のほとりに羊の群れが見えます。羊がいるなら羊飼いである遊牧民がいるでしょう。聞いてみることにしました。遊牧民はヤク(動物)に乗っています。
「お伺いしていいですか? こちらは、星宿る海ですか?」
「星宿る海?」
遊牧民の伝説は違います。
「筏で行くと天の川に繋がっていると言われているところを探しています」
「あ〜」
通じました!
「そっち」
エレーヌ達は指さされた方を見てみました。ですが、指さされた方が若干高い場所のせいか、草原が続いているだけに見えました。
「今は季節ではないのですか?」
落胆したエレーヌに、遊牧民は「ついて来い」とジェスチャー。
馬でほんの数歩近づいただけで見えてきました。一面に広がる無数の小さな池が。池は大小様々。池の水面には空が写り、きらきらと太陽の光を反射しています。湖水群です。
『きっとここ!』
そう思ったのは、景色の美しさだけではありません。
『船なんて浮かべられないよ。浅そうだもん。筏だよ』
エレーヌは、無言のままフォーを見つめました。
「よし。ここで星を見よう」




